第157話「ユウキとアイリス、墓参りにでかける」

 それからしばらくの間は、旅の準備でいそがしかった。

 俺も大変だったけど、アイリスはそれ以上だろう。


 アイリスは王女だ。旅をするには王家の許可が必要になる。

 まぁ、この場合に必要なのは口実なんだが。


 アイリスを旅に出すために、俺たちは頭をひねって適当な口実を考え出した。

 それは──



護衛騎士ごえいきしが『エリュシオン』の探索たんさくに大きな貢献こうけんをしたので、祖母に報告したい」



 ──だった。


 アイリスの祖母は、当時の侯爵こうしゃく見初みそめられた庶民しょみんだった。

 求められて侯爵家に嫁いだけれど、貴族の中では浮いていた。

 頭が良くて、としを取らず、しかも美人なんだから当然だ。

 うらやむ者もいたし、成り上がりとして見下す者もいただろう。


 そんな祖母の墓前ぼぜんに『孫のアイリスは、王女として立派に成長しました。護衛騎士ごえいきし功績こうせきを立てました』ということを報告する──それなら、王家の人たちも納得するじゃないかと思ったんだ。


 そうしてアイリスが申請を出した数日後、普通に許可が出た。


『エリュシオン』探索も一段落した。

 国境を侵したガイウル帝国の軍も撃退し、国内は落ち着いている。

 王女が旅をしても危険はないと判断したそうだ。

 それにカイン王子も『ユウキ=グロッサリアも一緒なら』と、口添くちぞえしてくれたらしい。いい人だ。


 旅行のメンバーは、アイリスと俺。

 メイドとして、マーサとレミー。

 その他に、王家の兵士が護衛ごえいとして同行することになった。


「許可が出たから、すぐに出発というわけにはいかないのが面倒だよな」

「王女殿下のご旅行ですから、仕方がございませんね」


 そう言ったのは、グレイル商会のローデリアだ。


 旅の前に、俺は彼女の元を訪ねていた。

『コウモリ通信』で旅行のことを伝えたら『その前にお目にかかりたい』という返事が来たんだ。


「俺を呼び出したということは、ローデリアも同行したいのか?」

「おふたりが行かれるのは、ミーアさまの消息を訪ねる旅とうかがっております」

「そのつもりだよ」

「私としては、ぜひ同行させていただきたいと思っています。ですが……」」


 ローデリアは困ったような表情で、


「残念ですが、私が王都を離れるわけにはまいりません。『グレイル商会』の総支配人として、仕事が山積さんせきしておりますので」

「だよなぁ」

「代わりに、護衛役のジゼルをお連れください。お役に立つと思います」

「わかった」

「それと、私どもがご用意する装束しょうぞくをお持ちくただけないでしょうか。マイロードはアリス……いえ、アイリス殿下の護衛騎士として旅をされるのです。それなりの服をお召しになるべきかと」

「……確かに、そうかもな」

「馬もご用意いたしましょう。マイロードが頑強がんきょう黒馬こくばにまたがるお姿を拝見したいのです。絵師も用意して、お姿を描き残すのはどうでしょうか。旅の間の寝具も、こちらで整えさせていただければ幸いです。それと、料理人を手配することはできますでしょうか。今回のご旅行はミーアさまのご子孫に、マイロードとアリスが再会したことを伝えるもの……いわば婚前旅行こんぜんりょこうなのですから、豪華ごうかに──」

「大事になってる。あと、婚前旅行じゃねぇから」


 そんな感じで、俺の旅の支度は『グレイル商会』がうことになった。

 というか、根負けした。


 ローデリアと打ち合わせをして帰った翌日、宿舎に服職人が採寸さいすんにやってきた。

 俺だけじゃなくて、マーサとレミーの採寸までしていった。

 どんなつてを使ったのか服飾人は、離宮にいるアイリスのところにも行ったらしい。


 ……ローデリア。どこまで旅の面倒を見るつもりなんだ。






「アイリス殿下は、母君のご実家とのお付き合いはあるのですか?」


 出発が近くなった日の午後、俺は『魔術ギルド』の一室で、アイリスと話をしていた。オデットも一緒だ。

 離宮だと立ち入るのが大変だし、人目もあるから、ギルドの部屋を使わせてもらうことにしたんだ。

 敬語で話しているのは、誰かが通りかかったときのためだ。

 俺も人間らしくなってきたからな。そのあたりの対処は慣れたものだ。


「母君のご実家は……確か、ジェイス侯爵家こうしゃくけでしたね」

「そうです。祖母が先々代せんせんだいのジェイス侯爵に見初められ、側室となりました。その祖母の、一人娘が私の母です」


 アイリスは記憶をたどるような表情で、


「ですが……現在のジェイス侯爵さまとは、あまり付き合いがないのです」


 アイリスの祖母は庶民。

 それが先々代のジェイス侯爵に見初められて、側室となった。

 彼女は、不老の体質を持っていた。


 その祖母から生まれたのが、アイリスの母。

 彼女は侯爵家の庶子しょしだったけれど、望まれて今の国王に嫁いだ。

 そうして生まれたのがアイリスだ。


 アイリスの祖母も母も、すでに故人だ。

 ふたりがアリスの妹──ミーアの子孫かどうかはわからない。

 だからジェイス侯爵家に行って、手がかりを探すことになるんだが……。


「現在のジェイス侯爵とはお付き合いがないのですね。ということは、以前は?」

「先代の侯爵さまとは親しくしておりました」


 アイリスは少し、さみしそうな表情で、


「私の叔父おじさまですからね。以前はよくお手紙をいただいたのですが」

「ジェイス侯爵は3年前に代替わりしたのですわ」


 アイリスの言葉を、オデットが引き継いだ。


「現在の侯爵は、アイリス殿下の従兄弟にあたる方になりますわ」

「侯爵家を訪ねるという連絡は入れてあります。訪問を受け入れてくださるというお返事もいただきました」

「ジェイス侯爵は身分制を大切にされている方ですもの。王女殿下の訪問を断るなどありえませんわ」


 オデットは肩をすくめて、


「逆に、途中まで出迎えに来る可能性もありますわ。心の準備をしておきなさいな。ユウキ」

「ありがとう。オデット」


 身分制を大切にしてる貴族か。

 俺にとっては苦手なタイプかもしれないな。

 まぁ、アイリスが一緒なら大丈夫か。


「先代侯爵と現在の侯爵は、アイリス殿下のお祖母さまと血のつながりは……?」

「ありません」


 アイリスは首を横に振った。


「お祖母さまの子は私の母だけです。侯爵家を継いでいらっしゃるのは、先々代の侯爵様と正室のご子息たちですね」


 なるほど。

 アイリスの祖母がミーアの子孫だとしても……その血を継いでいるのは、アイリスだけってことか。


「私は今のジェイス侯爵さまのことは、よく知らないのです」


 アイリスは考え込むような顔で、そう言った。


「ですが、今回の訪問は国王陛下の許可を得てのものになります。ですから侯爵さまも、調査に協力してもらえるはずです。お墓参りのついでに、祖母のことを調べるということにすれば、不自然はないでしょう」

「はい。王女殿下」

「祖母の血筋がマイロ……いえ、不老体質の秘密も、わかるかもしれません」

「アイリス殿下のご懸念が、晴れることを願っています」

「ありがとうございます。ユウキさま」

「…………むむ」

「あれ? どうしたのですか。オデット」

「なんだか難しい顔をしているけど、大丈夫か?」

「…………いえ、これはわたくしの問題なのですけど」


 オデットは声をひそめた。

 俺とアイリスは、彼女に顔を近づける。すると、オデットはさらに小声で、


「最近、ユウキがアイリスに敬語で話しているのを見ると、すごい違和感を感じるようになりましたの」

「…………えー」

「…………そうなのですか? オデット」

「ええ。とてもぎこちない演技を見ているような気分で」


 オデットは、俺とアイリスの正体を知ってる。

 だから3人のときは、俺とアイリスは敬語を使ってない。

 アイリスは俺を『フィーラ村』のディーン=ノスフェラトゥとしてあつかってる。


「オデットには、それが当たり前になってしまったことか」

「むしろわたくしは、いつでもそれを当たり前にできるようにしたいですわね」


 オデットは苦笑いした。


「わたくしは『オデット派』を、あなた方がありのままでいられる場にしたいのです。ですから、こちらはこちらで準備をしておきます」

「ありがとう。オデット」「ありがとうございます。オデット」

「……ですが、旅の間は気をつけてくださいな。アイリスは王女として、ユウキは護衛騎士としての立場を忘れないように」

「わかりました。ありがとう。オデット」

「大丈夫。俺も最近、貴族としての作法が身についてきたから」

「……ユウキ」

「うん?」

「旅行までの間、礼儀作法について指導して差し上げたいのですが」

「……ちゃんとできてると思うんだが」

「わたくしから見ると、まだまだですわ。旅の間は人目もあります。無意識に護衛騎士としてふるまえるように指導してさしあげます」

「……うん。わかった。お願いするよ」

「オデット。私もお付き合いしてもいいですか?」

「アイリス殿下はユウキに近づきすぎると『フィーラ村』のアリスさんに戻ってしまいますので、ひかえてくださいませ」

「えー」

「殿下。王女はほっぺたをふくらませたりはしませんわよ?」

「はい」


 そんな感じで、俺たちの打ち合わせは続いていき──

 出発までの間、俺はオデットから礼儀作法の指導を受けることになったのだった。






 出発までは、なにごともなく過ぎていった。


 毎日、宿舎でオデットから礼儀作法の指導を受けて──

 グロッサリア伯爵領に向かうイーゼッタと、コレットを見送って──

『魔術ギルド』でカイン王子と老ザメルに、出発前のあいさつをして──


 そのうちに『グレイル商会』から、俺とマーサとレミー用の礼服が送られてきて──

『こんな立派な服を着てお仕事はできません!』というマーサの意見を伝えたら、即座に普段用のものをローデリア自らが持って来て──

 なぜか俺が、オデットとマーサとローデリアの前で服装チェックを受けることになって──

 ローデリアが本当に名馬を用意していたから、交渉して俺の使い魔にして──


 そうしているうちに、出発する日がやってきたのだった。




「それでは、行ってまいります」


 離宮りきゅうの前で、アイリスは人々に頭を下げた。


 見送りに来てくれたのは、オデットと、カイン王子の代理でやってきたデメテル先生。老ザメルの代理のフローラ。アイリスのじぃやを自認するバーンズ将軍。

 離宮の使用人たちも、門の前に集まってる。


「20日ほどで戻ります。オデットは派閥はばつの立ち上げで大変だと思いますけれど、無理はしないでくださいね」

「ありがとうございます。アイリス殿下」

「皆さまも、お見送りありがとうございます。ただのお墓参りなのに、お集まりいただいて恐縮です」


 俺は黒馬の手綱たづなを握りながら、アイリスの挨拶あいさつを聞いていた。

 デメテル先生もフローラもバーンズ将軍も、厳粛げんしゅくな表情だ。

 オデットは俺やアイリスの方を交互に見て、満足そうな顔をしてる。

 離宮の使用人たちは、呆然ぼうぜんとしてるみたいだけど。


「──アイリス殿下は、あのようなドレスをお持ちでしたでしょうか?」

「──護衛騎士の方が連れている馬も立派なものです。グロッサリア伯爵家ともなると、あのような馬をお持ちなのですね」

「──メイドまでも、おろしたての服を着ております」

「──これは……お忍びの旅なのですよね?」


 ……ローデリア、張り切りすぎだ。

『殿下の馬車と馬もご用意させてください!』というのを、断ってよかった。

 あの様子だとコウモリの紋章をあしらった、超豪華な馬車とか用意しかねない。


 結局、ローデリアには服と馬、それと、質素な馬車を用意してもらった。


 アイリスが着ているのも、ローデリアが用意したドレスだ。

 レースをふんだんに使ったもので、『グレイル商会から王家への献上品けんじょうひん』ということになっている。だから他の王子王女にも似たような服を送っているのだけれど、アイリスのだけは超一級品、他の王子王女の分は普通の高級品にしたらしい。

 そのあたりのカムフラージュはしっかりしてる。さすがローデリアだ。


 俺の服には銀糸で装飾が入ってる。

 見栄え重視の儀礼用に見えるけれど、あちこちに杖やアイテムを隠すための場所がある。

 コウモリも二匹まで収められるんだから、たいしたものだ。


 マーサとレミーのメイド服は、王宮の上級メイドが着るような特注品。

 それを汚さないように、ふたりは馬車に乗っていくことになってる。

 メイドとしては本末転倒ほんまつてんとうだけど、たぶん、これはローデリアの気遣いだろう。


 そして、俺の隣にはローデリアが用意してくれた黒馬がいる。

『魔力血』を与えて一時的に使い魔にしてる。

 素直に言うことを聞いてくれるのはそのせいだ。

 でも……本人 (馬)の話を聞くと、かなり素性のいい名馬みたいなんだが。

 いいのか。もらっちゃって。


 で、ローデリア当人は通りを挟んだ向こうで、部下と一緒に頭を下げてる。

 すっごくいい顔をしてる。

 将来性のある方を支援するのは、商会にはよくあることっていうけど……色々とローデリアの趣味を入れすぎだじゃないかな……。


「それでは参りましょう。ユウキさま。皆さまも」


 やがて、アイリスが出発の合図をする。


「はい。アイリス殿下」

「「「出発いたします!」」」


 俺が答えると、護衛の兵士たちが唱和しょうわした。


 今回の旅は王家公認のものだから、王家の兵士が護衛についてくれてる。

 黒馬に乗った俺が先頭にいるのは、アイリスの護衛騎士という立場からだ。


 一応、皆を先導するような役目だけど、ポーズはこんな感じでいいかな。

 オデットは肩をすくめてうなずいてるけど。これは合格ってことでいいんだよな……?


「行ってらっしゃい。ユウキ。お気を付けて」

「行ってくるよ」


 オデットと視線を交わしてから、俺は馬をゆっくりと進めていく。


 その後を、護衛に囲まれたアイリスの馬車が。

 さらに荷物と、マーサとレミーを乗せた馬車が続く。

 最後尾にはローデリアに派遣されたジゼルが、護衛としてついてきてる。


 通りの向こうのローデリアは満足そうな顔だ。

 そんな彼女にこっそりと手を振って、俺とアイリスは王都を出発したのだった。





 そして、初日に到着した町で──



「アイリス殿下にお目通りを願います。自分はジェイス侯爵家からの使者でございます」



 ──俺たちは、侯爵領からやってきた人物と顔を合わせることになったのだった。





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