第110話「オデット、ダンジョンの階段を調査する」

 ──オデット視点──





 ここは巨大迷宮『エリュシオン』の第4層。

 オデットは他の魔術師と共に、地下墓所の中央にある神殿に来ていた。


「これから我々は地下第5層へと通じる階段の調査を行う。今回、ギルドより調査部隊の指揮を命じられたデメテル=スプリンガルだ。よろしく頼む」


 C級魔術師デメテルは言った。


 彼女の前に並んでいるのは、オデットたち『魔術ギルド』の魔術師。

 今回の合同調査にスカウトされた者たちだった。


「知っていると思うが、地下第5層への階段は、溶けた金属や木材、瓦礫がれきなどでふさがれて、通ることができない状態だ。障害物を取り除く作業はのちほど行われるが、その前に、階段の先がどうなっているかを確認しておく必要があるのだ」

「カイン殿下と老ザメルから『王騎ロード』を出してもらうわけにはいかないんですか?」


 魔術師のひとりが手を挙げた。


「伝説の『王騎』なら、障害物くらい簡単に取り除けるのでは?」

「ギルドの『賢者会議』でもその案は出た。だが、却下された」


 デメテルは首を横に振った。


「理由は、安全が確保されていないからだ。通路にトラップがある可能性もある。第5層から、強力な魔物が上がってくることも考えられる。いくら『王騎ロード』が強力でも、狭い場所で、瓦礫がれきの撤去作業をしている状態では戦えない。意思を持つゴーストに機体を奪われる可能性もある。だから、『王騎ロード』を使うにしても、安全を確保してから、という話になったのだ」


 そう言って、デメテルは話をしめくくった。


(……ユウキが考えていた通りですわね)


 話を聞きながら、オデットはうなずいていた。

『賢者会議』が『王騎ロード』を使うのをしぶる理由も、予想通りだ。


 だが、他の魔術師たちは首をかしげている。

王騎ロード』のことをよく知らないからだろう。

 あれを無敵の『古代器物』だと思っているのかもしれない。


 オデットは『王騎』についてよく知っている。

 ユウキが詳しく教えてくれたからだ。

 というより、アイリスも交えて3人で『王騎ロード』の能力について語り合ったこともある。


 第5階層への階段が通行不能になっているとわかったあともそうだ。

 3人は、どうやってうまく通り抜けるか話し合っていた。

 だから、通路の開通に『王騎』を使うことの危険性もわかるのだ。


「だから君たちの使い魔が重要になってくる。ここにいるのは、狭いところに向いた使い魔を使役しえきしているものたちだ」


 C級魔術師デメテルは話を切り替えた。


「君たちにはこれから、第5層への階段へと使い魔を送り込んでもらう。通路の状態や、第5層になにがあるのかを探ってもらいたいのだ。情報は『魔術ギルド』全体に共有される。ギルドのため、なによりも王国のために力を貸して欲しい」

「「「了解りょうかいしました!」」」


 魔術師たちが一斉に配置につく。

 今回は数名ごとのグループに分かれ、順番に使い魔を送り込むことになる。

 オデットは最後のグループだ。


(……ユウキの使い魔なら、どんなふうに調査をしたでしょうか)


 準備をしながら、オデットはふと考えた。


 ユウキの使い魔は意思を持ち、自分たちの判断で行動している。

 離れた状態での調査にはうってつけだ。


(もっとも、コウモリとキツネさんでは、ここまで狭い場所だと動けませんわね)


 ユウキは蛇は使えない。相性があるんだそうだ。


 それと、ユウキは使い魔を危険な目にわせたがらない、というのもある。

 前に理由を聞いたら、「使い魔に情が移ってるから」と言っていたっけ。


 ユウキがコウモリを使い魔にしているのは、前世でも使ってて慣れてるから。

 だから、安全な使い方がわかるから、らしい。


 不老不死の彼は、使い魔が死ぬのを嫌がっている。

 ユウキが使い魔を増やさないのは、そういう理由もあるのだろう。


(ユウキたちは今ごろ、領地巡回りょうちじゅんかいに出発したころですわね……)


 本当は、オデットも行きたかった。

 けれど『魔術ギルド』の『賢者会議』から依頼を受けてはしょうがない。


(それにユウキの家族……ライル=カーマインの文章の件もあります。あの方は、第5層は危険。踏み込まない方がいい、と言っていたのですわ)


 第5階層は誰にとって・・・・・危険なのだろう。

 ユウキに? それとも、すべての人間に?


 だとしても、調査をしないわけにはいかない。

 帝国に『聖域教会』の残党がいる以上、対抗する手段は必要なのだから……。



「……だめです。私の使い魔では、これ以上進めません……」

「……階段を半分進んだろことで、金属の壁にはばまれています」

「……一部に隙間すきまがあるようですが、そこを通るには、ネズミやモグラではだめです。もっと細い生き物でないと……」



 しばらくして、最初のグループから報告が入った。


 階段は奥の方まで瓦礫がれきや金属、木材でふさがれているらしい。

 その先には金属製の──明らかに人工物とわかる金属の壁がある。

 隙間すきまはあるものの、狭すぎるようだ。


「ふむ。もっと細い生き物か……」


 魔術師デメテルが、オデットの方を見た。


「オデット=スレイ。君は蛇の使い魔を使役しているのだったな」

「はい。大きさも……あるていどなら自由にできます」


 オデットは地属性の魔術を得意とする。

闇蛇召喚スネイク・サモン』『地神乱舞フォース・オブ・アース』などがそれだ。


 使い魔として蛇を召喚しょうかんする『古代魔術』は家庭教師から教わった。

 やたらと干渉してくる父親に、部屋へと踏み込まれないようにするためだ。


 戦闘力はないが、持続時間は長い。今回のような調査にはちょうどいい。


「では、調査をお願いする」

「承知いたしました」

「壁の向こうにはなにがあるかわからない。危険を感じたらすぐに使い魔を引っ込めるのだ。いいな」

「はい。デメテルさま」


 オデットは『古代魔術』を発動する。

 地面に魔法陣が生まれ、小さな黒い蛇が現れる。

 蛇はオデットに向かってうなずくと、しゅるり、と、第5層に通じる階段へと入っていった。


 オデットは目を閉じ、蛇と感覚を同期させる。

 その瞬間、ぞわり、と、鳥肌が立った。


 周囲にあるのは、オデットの使い魔を押しつぶそうとする岩や金属の塊だった。

 かつてはここに階段があったのだろう。

 だが、蛇の身体に触れるのは、ささくれだった木片や、とがった金属類だけ。

 階段のステップは、ほとんど瓦礫がれきに埋もれている。


(……それに……すごい不快感がありますわ……)


 それは身体から、じわじわと力を抜き取られるような感覚だった。

 オデットはふと、ユウキから『魔力血ミステル・ブラッド』をもらったときのことを思い出す。


 文字通りに魔力にあふれた血液は、オデットの身体を魔力で満たしてくれた。

 全身に魔力がしみわたっていく感覚を覚えている。


 今オデットが感じているのは、それとは逆だった。

 使い魔を通して、身体の奥底から魔力を抜き出されていくような、そんな感じだ。


(……でも、行けるところまでは行かなければ)


 オデットの使い魔が、金属の壁にたどりつく。

 魔術師たちが言っていた通り、壁際に小さな隙間がある。

 オデットは蛇をすべりこませる。うろこが、金属片にこすれる。嫌な音がする。けれど、進める。


(あと少し……あと少し……)


 唐突とうとつに、蛇が金属の壁を抜けた。

 通路をふさいでいた瓦礫や金属片がなくなり、つるりとした階段が姿を現す。

 バリケードを抜けたのだ。


 けれど──


(なんですの……これは)


 その先にあったのは、青白い障壁バリアーだった。

 近づいた瞬間──オデットの身体から力が抜けた。


(……魔力を……吸われた?)


 やはり、ユウキとは逆だ。

 この通路には、触れた者の魔力を吸い取るトラップが仕掛けられている。


(でも……ユウキの『侵食ハッキング』なら……)


 オデットは慌てて首を横に振る。

 触れた瞬間に魔力を吸われるなら……ユウキの『侵食ハッキング』も通じないかもしれない。むしろ危険だ。どんな存在がこの障壁を生み出しているのか、わからないのだから。


 そう考えている間にも魔力が吸われていく。

 オデットは急いで戻るように、使い魔に指示を出す。

 そのまま自分の身体に感覚を戻し、彼女は、がくん、とひざをついた。


「大丈夫か!? オデット=スレイ!!」

「……デメテルさま……この階段の向こうには、魔力を喰らう障壁があります……」


 オデットは息を切らしながら報告する。


「あれを突破しなければ、第5階層には入れません。障害物を取り払うのはできましょうけれど……あの障壁は……わたくしたちの『古代魔術』では突破できないかもしれません。いいえ……そうではなく……」

「……深呼吸しろ。落ち着いて話してくれ」


 デメテルに言われて、オデットは深呼吸を繰り返す。

 なぜかユウキの顔が浮かんだ。


 自分はアイリスとユウキの、領地巡回についていくことはできなかった。

 だったら、この障壁をなんとかするのが役目だ。


 ライル=カーマイン──ユウキの前世の家族は、彼に第5階層に近づかないように警告した。

 それはおそらく、魔力を喰らうバリアがあるからだ。


 あの障壁には、『魔力血』によるハッキングは通じないだろう。

 もしかしたら『王騎』さえも稼働不能に追い込むかもしれない。


 ライル=カーマインは、マイロード・・・・・を危険にさらしたくなかったのだろう。

 だったら、その危険を取り払うのは、今世の親友である自分の役目だ。


「……ふふっ」


 オデットは不敵な笑みを浮かべた。


 やることは決まった。

 これから『魔術ギルド』は障害物の撤去てっきょをはじめるだろう。

 その間に自分は、あの障壁を無効化する方法を考えるのだ。


「あの人の……前世の家族に……負けてなるものですか」


 ユウキ……マイロードの前世の家族への挑戦……それはある意味、アイリス──アリス=カーマインの挑戦でもあるのだけど──今のオデットは気づかない。

 ただ、頭を占めているのは『ユウキの助けになりたい』──それだけだ。


「……デメテル先生。エリュシオンの第5階層では、なにかが・・・・生きています・・・・・・


 オデットはデメテルや他の魔術師を見回して、宣言した。


「地下第5層には魔力喰らいの障壁と、それを生み出しているなにかがあるはずですわ。おそらくは『魔術ギルド』で調査チームが作られるでしょう。ぜひ、わたくしを参加させてください」

「わ、わかった。カイン殿下と老ザメルに話をしておこう」

「魔力を喰らう障壁……それと似たものに心当たりがございます」


 魔力を喰らうものと、魔法を無効化するもの──それはどこか似ている。

 魔法を無効化するものを分析することで、魔力を喰らう障壁を消す方法もわかるはず。


 確か、魔術無効化能力を持つものは、『王騎ロード』の他にもあった。

 あれは『魔術ギルド』に運び込まれたはずだ。

『アームド・オーガ』が持っていた、あのたては。


王騎ロード』は無理だが、あれならば素材として使えるはず。

 カイン殿下と老ザメルに頼んで、研究チームを立ち上げることができれば──


(……見てなさいユウキ。あなたが戻るまでに、わたくしが第5階層に潜れるようにしてさしあげますわ。あなたの……前世の家族の心配を、取り除いてみせますから……)


 ここにはいないユウキに向けて、オデットは宣言するのだった。













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