第17話「王女、元魔王の怒りを知る」

 ──数分前、森の入り口では──




「黒の矢が放たれただと……!?」


 空に向かって放たれた矢を見たカッヘル=ミーゲンは、呆然とつぶやいた。


「ゼロス……が、試験に落ちた!? 私にあれほどの手間をかけさせておきながら!? 私が……失敗しただと!?」

「失敗ではありませんよ。おそらく、棄権きけんしたのでしょう」


 アイリス=リースティア王女は言った。


「なんらかのトラブルがあったのかもしれません。再試験の可能性もあります。3人が戻って来たら、話を聞くことにいたしましょう」

「……私が……失敗した。わたしが……このわたしが! あれほど手をかけたのに!!」

「……カッヘル?」


 アイリス王女の声に、教師カッヘルは答えない。

 彼女が声が聞こえていないかのように、うずくまり、拳で地面を叩いている。


「やはり……間違っていたのだ。200年の時が過ぎても、人は序列を理解しない。尊い血と、劣った血の区別さえもわからない。のしあがってそれを理解させるのは無理なのだ……だから……『聖域教会』は──!?」

「なにをしている、カッヘル=ミーゲン! 王女殿下に対して失礼であろう!!」

「……だから『聖域教会』は──彼らの意思を継ぐのは『──────』」


 教師カッヘルが口にした言葉に、アイリス王女は青ざめる。

 あれは──『古代魔術』の詠唱だ。


「カッヘルから離れなさい!」

「『風精召喚』『火精召喚』──12体!!」


 次の瞬間、カッヘルの周囲に、風をまとった鳥と、炎のまとったトカゲが出現する。

 その数、12体。

 それがは一斉に、側にいた兵士に襲いかかる。


「──ぐ、ぐがあああああっ!?」


 兵士は手足を斬られ、顔を焼かれ、崩れ落ちた。


「…………第2の計画に移りましょう。最初から、田舎貴族の子どもなどをあてにするべきではなかった。教師としての出世など──くだらぬ!!」

「なにを考えているのですか、カッヘル=ミーゲン!!」


 アイリス王女は叫んだ。

 目の前のものが、信じられなかった。

 グロッサリア男爵家に仕える魔術教師が、『古代魔術』で兵士を攻撃するなど、あってはならないことだ。


「あなたは前大臣であるロンゲル=ミーゲンのご子息でしょう。それがどうして、こんなことを!!」

「『暗き──より──たれ』──『召喚』『黒色の獣』」

『────オオオオオオオオォ』


 風の鳥と、炎のトカゲが消え、代わりにカッヘルの前に魔法陣が発生する。

 そこから現れたのは、漆黒の身体の猟犬だ。

 頭は2つ。尻尾も2本。目だけが血のように赤い。


「アイリス殿下をお守りしろ!」

「盾を構えよ! 化け物を近づけるな!!」


 兵士たちは王女アイリスを中心に円陣を組んだ。


『グォアアアアアアア!!』


 3匹の獣は円陣に向かって、一斉に飛びかかる。

 兵士たちはそれぞれが槍を突き出し、獣を攻撃する。が──当たらない。

 反応速度が違いすぎた。

 兵士たちの槍をかわしながら、猟犬たちはその爪で鎧と盾を貫き、兵士たちに傷をつけていく。


「喰らいなさい! 『炎神連弾イフリート・ブロゥ』!!」


 王女アイリスの『古代魔術』が生み出す火炎が、猟犬めがけて飛んでいく。

 が、当たらない。敵の動きが速すぎる。


「おかしい……カッヘル=ミーゲンに、これほどの使い魔を操る魔力はないはず……」

「カッヘルはただの魔術教師。『魔術ギルド』の最低ランク。末端に引っかかるだけのザコ。そのようにお考えなのでしょう?」

「ザコとまでは思っていません!」

「大臣である父は私を後継者に選ばなかった。こともあろうに……庶子などに。そして王家はそれを認めた。認めたのですよ!!」


 教師カッヘルは叫んだ。


「私は王家に、真の力を示さなければならなかった。だからこんな田舎の男爵家で、つまらない時を過ごしたのだ!!」

『グォアアアアア!!』


 カッヘルに同意するように、3頭の猟犬が叫んだ。


「魔術教師など、本当につまらない仕事でしたよ。物覚えの悪い子どもに、分をわきまえない庶子のガキ。だが、もう終わりだ。試験にかこつけて王家を呼び寄せることには成功した。今こそ高らかに復活の狼煙のろしを上げることとしよう!!」

「……復活の狼煙……?」

「ええ。偉大なる『聖域教会』のね!!」


 カッヘルの言葉に、兵士たちは目を見開いた。


『聖域教会』

 それは世界で最初に『古代魔術文明エリュシオン』の遺産を発見した魔術師の組織だ。


 彼らは『古代魔術』『古代器物』を解析し、自分たちの力に変えた。

 強大な力をふるい、亜人や知恵ある魔物たちを追い立て、人間の領土を広げていった。

 そして、その領土を巡って各地の王が争い、戦争となった。


 それは小さな戦争で終わるはずだった。

 だが『聖域教会』が介入した。

 彼らは自分たちの勢力争いに王を利用し、そのために戦争は激化した。


 八人の王が互いの領土をめぐって争い会う最悪の戦争『八王戦争』に。


『聖域教会』が滅んだのは1人の賢者が立ち上がり、教会の暴走を止めたからだ。

『古代器物』は散逸さんいつし、多くの『古代魔術』も失われたけれど、戦争は終わった。


 戦後『聖域教会』は禁忌の組織となり、構成員は処刑された。

 今では歴史の影に消えてしまい、なにも残っていないはずだ。


「偉大なる『聖域教会』が滅ぶわけがないでしょう? 彼らの『古代器物』を受け継いだものが、ここにあるのです!! 生け贄の魔力を私にくれるためのものがね!!」


 カッヘル=ミーゲンは黒い石のついたアミュレットを掲げてみせた。


「あなた方は幸運に思うべきなのですよ。偉大なる『聖域教会』の復活の場に立ち会うことができたのですからね!」

『ギォアゥウウウウウウ!!』


 獣たちが兵士に飛びかかる。


「ぎぃあああああっ!!」


 獣の爪が盾を切り裂き、牙が兵士の腕を食いちぎった。

 その間に別の兵が、獣の身体に槍を突き立てる。が──効果はない。

 獣の傷口から血は流れない。膨大な魔力によって、あっという間に傷口が塞がれてしまう。


「本来なら『魔術ギルド』にゼロス=グロッサリアを送り込み、奴を『聖域教会』復活の道具とするつもりだったのだがね……まったく、あの役立たずのガキが!」


 カッヘルは笑った。


「子どもなど単純なもの。話術をもって、私しか信じないように仕向けたら、すぐにだませた。私に利用されるだけの道具とも知らずにね! だが、奴は充分に役目を果たしてくれた。ここにアイリス王女を呼び寄せてくれたのだからな。王女を使って、この男爵家を『聖域教会』の拠点に──」

「『炎神連弾イフリート・ブロゥ』」


 森の方から、声がした。

 アイリスが視線を向けると、森の中から走ってくる小さな影が見えた。


「ユウキ=グロッサリアさま!!」

「戻ってきたか! あのガキが。だが、あの距離からの火炎魔術など──」

『ギギィ』『キィキィ』『キキキィ!!』


 頭上で声がした。

 見上げると、空を黒い翼が舞っているのが見えた。コウモリの群れだ。

 それらが群れをなして、カッヘルの使い魔めがけて飛んでいく。


 アイリス王女は目を見開いた。

 コウモリの翼に、赤い紋章が描かれているように見えたからだ。


「文字? 記号? 違う! あれは『炎神連弾イフリート・ブロゥ』の!?」



 ふぉん。



 コウモリたちの翼に、赤い光が灯った。

 そして──




 ズドドドドドドドドドドドドドドッ!!




 コウモリの翼から発射された無数の炎弾が、カッヘルと黒い獣めがけて降り注いだ!


「ぎぃいいあああああああああ!!」

『ググォアアアアアアアアアア!!』


 カッヘルと獣たちが絶叫する。


「やはり『炎神連弾』!? なぜコウモリの翼から!?」


『炎神連弾』はアイリス王女がやっと身につけたばかりの『古代魔術』だ。

 それをコウモリが連射するなんて、ありえない。


「ぐぉおおお! やめろ。やめろおおおおおっ!!」

『ギイイイイイアアアアアアアアァ!!』




 ズドドドドドドドドドドドドドドッ!!




 火炎の連射は止まらない。

 カッヘルは魔術で障壁を作り、火炎をなんとか防いでいる。


 だが、獣たちは火炎の雨をまともに受けた。

 彼らは火炎弾に貫かれ、焼かれ、問答無用で消滅していく。


「今です! 皆の者。火炎弾が治まると同時に突撃! カッヘルを取り押さえなさい」


 アイリス王女が叫んだ。




「邪魔をするな」




 ユウキ=グロッサリアの声が、王女たちの動きを止めた。

 その声が聞こえた瞬間、アイリス王女の腕に鳥肌が立った。

 彼の声が恐ろしいほど怒りに満ち、冷たかったからだ。


「は、ははっ! 庶子しょしが!? 男爵家の庶子が『古代魔術』を使っただと!?」


 火炎弾が止まる。

 焼け焦げたローブで傷口を押さえ、カッヘル=ミーゲンが声を上げる。


「あり得ない! これはなにかの冗談だ。うすぎたない男爵家のうすぎたない庶子が──ギィアアアアアアア!!」

「黙れ」


 いつの間に抜いたのだろう。

 いつの間に、斬ったのだろうか。


 気がつくと少年は、短剣を手に、カッヘルの横を駆け抜けていた。

 カッヘルの左腕から、血が噴き出した。


「……見えましたか」


 アイリス王女は隣にいる兵士に視線を向ける。

 兵士は首を横に振った。


「見えませんでした。あの少年の、動きが」

「速すぎます。彼は一体……」


 アイリス王女も兵士も動けない。

 この場は完全に、あの少年ユウキ=グロッサリアに支配されていた。


「あんたは殺す」


 ユウキ=グロッサリアは言った。


「あんたは俺の家族を道具だと言った。家族を、傷つけようとした。あんたは殺す」


 まるで、そうすることが既に確定しているかのように。

 ユウキ=グロッサリアは宣言したのだった。

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