第15話「元魔王、試験に参加する(2)」

 俺たちは馬車で、『キトラルの森』にやってきた。


 森の入り口にいるのは、俺とゼロス兄と教師カッヘル、王女殿下と兵士たち。

 斧持ちのバーンズさんは、すでに森の中に入っている。あの人は試験の監督かんとくをするそうだ。


「森の反対側がゴールです。あなた方には、そこまで走っていただきます」

「……あなた、がた・・ですか?」

「ゼロスさまと、ユウキさまのお2人です。これをお使いください」


 王女殿下は、2つの腕輪を取り出した。


「これは先の戦争の後、『魔術ギルド』が開発した『古代器物のレプリカ』です」

「おおおおおお! なんと光栄なことか!」


 教師カッヘルが叫んだ。


「『古代器物』は『古代魔術文明エリュシオン』の遺産にして、人の理解を超えたもの。複製品レプリカとはいえ、試験に使っていただけるとはなんたる名誉か。このカッヘル、感涙に耐えませぬ!!」

「こ、光栄です。王女殿下」

「……こうえいです」


 ゼロス兄さまに続いて、俺も頭を下げる。


「200年かけても、魔術師はこの程度のものでしか作れませんでした。本物の『古代器物』に比べると精度も低いですし、一回使えば魔力が切れるものでしかありません。けれど『魔術ギルド』の技術の粋を結集したものでもあります。それをお忘れなきよう」


 王女殿下の言葉に、俺とゼロス兄さまは一礼する。


 この腕輪が『古代器物』──その複製品レプリカか。

 俺の時代には聖剣とか、聖槍とか色々あって、聖域教会が使いまくってたけど。

 本物は散逸さんいつして、似たようなものを今の人間が作ったってことか。すげぇな。


「おふたりはこれを『身体強化』した状態で森を通ることになります。ただし、途中、バーンズが邪魔をしますので、それを切り抜けて、森の外まで走って下さい」

「質問をよろしいですか。王女殿下」

「どうぞ、ユウキさま」

「俺が一緒に走る理由がわかりません」

「『古代魔術』を使い慣れたゼロスさまと、一般の方の違いを見るため、と考えてください」

「違い、ですか?」

「『身体強化』の速度で森を走るのは、慣れていても恐ろしいものです。木の枝、木の根、滑りやすい地面や、濡れた草……そこがいつもより遙かに速く迫ってくるのですからね」


 王女殿下は不敵な笑みを浮かべていた。


「ゼロスさまお一人で走られたのでは、その優秀さがわかりません。『身体強化』に慣れていない方と比べてはじめて、その秀でたところがわかるものと考えます」

「わかりました」


 俺は、ゼロス兄さまと話したい。教師カッヘルがいないところで。

 兄さまが俺を嫌うなら、家を出たって構わない。

 だけど……俺が兄さまを追い落とそうと……って、意味がわからん。はっきりさせないと気持ち悪い。

 放置して、俺がいなくなったあとルーミアとマーサになにかあったら──



 俺は、ゼロス兄さまを憎まなきゃいけなくなる。



「貴重な機会をいただき、ありがとうございます。アイリス王女殿下」


 俺は王女殿下から、金色の腕輪を受け取った。

 手首にはめると、身体に力がわいてくる。

 自分で『身体強化』を使ったときと同じ感覚だ。


 俺と兄さまはスタート位置につく。

 教師カッヘルが離れた。やっと離れてくれた。

 森に入ったら、兄さまと話をしてみよう。


「よろしいですか。では、位置について。用意」


 王女殿下が腕を振り上げる。

 クララさん──いや、アイリス=リースティア殿下はやっぱり、アリスにそっくりだ。アリスは目元がライルに、髪の色と口元は母親のレミリアとよく似てた。アイリス王女殿下はその特長を受け継いでる。

 ただの他人のそら似か? それとも──


 ──いや、今は試験に集中しよう。

 ゼロス兄さまがクリアするのは当然として、俺は邪魔しない程度についていく。

 人間らしく話をしよう。兄さまが『魔術ギルド』に魔術を学びに行ったあとだと、もうその機会はないから。


「試験開始!!」

「──行きます」「はっ!」


 俺と兄さまは同時に走り出した。

 まっすぐ、森の中へ。





 ──試験開始後、森のそばで──




「王女殿下に申し上げます」


 不意に教師カッヘルがひざまずき、告げた。


「なにゆえ、庶子のユウキどのを試験に参加させたのでしょうか?」

「失礼ですよ。カッヘル=ミーゲンどの」

「兵士に指図されるいわれはない!!」


 声を挟んだ兵士を、カッヘルは一喝した。


「ゼロス=グロッサリアさまは、この私が才能を引き出したお方。あの方の魔力容量は、この私でさえ驚くほどです。そんな方を庶子などと比べられるなど、侮辱ぶじょくではありませんか」

「……カッヘル=ミーゲン」


 アイリス王女は穏やかな声で告げた。


「あなたはこの試験を、なんだと思っているのですか」

「我が教育の成果をアイリス殿下に見ていただくためのものだと思っております」

「成果を?」

「そう。私が教育したゼロス=グロッサリアは優秀で強い。たとえ強力な魔物が待っていたとしても、傷ついても突破するでしょう。それだけの者を育てたと、王女殿下に見ていただくための機会だと心得ておりますよ」

「そのために、危険な山を試験会場に推薦すいせんしたのですか?」

「……危険? 誰がそんなことを?」

「下見に行った者が申していました」

「それはその者が弱いだけ! 魔術師は力がすべてなのですからな! あの『聖域教会せいいききょうかい』のように!!」


 教師カッヘルは叫んだ。

 空気が凍り付いた。

 アイリス王女も、周囲にいる兵士たちも、こわばった表情で教師カッヘルを見つめている。


「おお。失言。『聖域教会』は禁忌きんきでしたな。ですが、言葉に出すくらいはかまいますまい」

「『聖域教会』は滅んだのですよ。カッヘル=ミーゲン」


 アイリス王女は数歩、カッヘルから離れた。

 高らかに語るこの男が、一瞬、別人のように見えたからだ。


「偉大なる『古代魔術文明エリュシオン』の遺産を使い潰し、『聖域教会』は滅びました。あの組織を教訓とし、力におぼれてはいけないとの理想を掲げて『リンドベル魔術ギルド』は設立されたのです。それを忘れたのですか? カッヘル=ミーゲン」

「理解しております。私の発言をご不快に思われたのでしたら、お詫びいたします」


 顔を伏せたまま、教師カッヘルは目を光らせる。


「ただ、考えていただけです。あれだけの力があったら、自分はなにをするだろうか……と」

「貴公は、ゼロス=グロッサリアさまの教師としてここにいるのですよね?」

「ええ、もちろん」


 教師カッヘルは肩をすくめた。


「ええ、もちろんですとも。私はゼロスさまを正しく教育することにすべてを捧げております。それこそが、カッヘル=ミーゲンの生きがいであればこそ」

「……さようですか」


 王女アイリスはうなずいた。

 そして、森の奥を見ながら、思う。


 なにごともなくこの試験が終わり、彼らが戻ってくることを。

 同じように森を見つめるカッヘル=ミーゲンの表情に、不気味なものを感じながら。

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