信頼ドミノ

恋するメンチカツ

第1話 双子ちゃん

 ジリリリリリリリリ。


 鼓膜を突き破る様な目覚まし時計の音で目が覚めた。重い瞼を指で擦りながら目覚まし時計のベルを止める。ぼやけた視点が徐々に定まり、目覚まし時計の時刻を映した。


 七時五十分……。


「やっばい」


 飛び上がる様に体を起こし、布団を勢い良く払い除けた。


「久留美! 起きてる?」


「ふにー」


 二段ベッドの下から久留美の寝ぼけた声が聞こえた。


 タッタッタッタッ。


 二段ベッドの梯子を駆け下り、久留美のベッドに目を見やる。久留美は毛布に包まり、幸せそうな顔で寝息を立てていた。


「朝だよ、久留美、起きなって! 遅刻するよ!」


 久留美の肩をユサユサと揺さぶるが一向に起きる気配が無い。


「ふにー」


「あー、もう、知らん」


 私は迫り来る尿意に股間を抑えながら、トイレへと向かった。


 ガチャガチャ。


「もう」


 トイレのドアノブを回すがドアが開かない。


 ドンドンドンドン。


 トイレのドアを力強く叩いた。


「ちょっと、またお父さんでしょ!」


「おお、伊久美おはよう」


 お父さんがドア越しに呑気な声で答える。

「もう、早くして!」


 トイレの前に立つと尿意がさらに強くなり、モジモジとその場で地団駄を踏んだ。


「あー、もーう、伊久美ー」


 遠くから私を呼ぶ久留美の大きな声が聞こえる。数秒後、久留美が地響きの様な足音を響かせながら私へと迫って来た。


「なんで、起こしてくれなかったの!」


 久留美は、寝癖で広がった髪をわしゃわしゃと掻き乱しながら強い口調で私に言った。


「起こしたけど、起きなかったんじゃん!」


「起きるまで起こしたとは言わないの!」


「じゃあ、自分で起きればいいじゃん!」


「はいはい、てか、私もトイレ」


 久留美も、私の真似をする様にモジモジと股間を抑えだした。


 ドンドンドンドン。


 久留美がトイレのドアを力強く叩く。


「お父さん、早くして!」


「おお、久留美おはよう」


「いいから、早くして!」


「あいよ」


 カラカラ、カラカラ。


 トイレットペーパーを軽快に巻き取る音がドア越しに聞こえた。


 ジャー、ガチャガチャ。


 紺色の作業着を見に纏ったお父さんがお腹をポンポンと叩きながら満足そうな顔でトイレから出てきた。


「おう、どうした、二人ともおんなじ顔で睨みつけやがって。生理か?」


 お父さんは黄色い歯を剥き出しにして、ニヤニヤとしながら言った。


「最低!」


 私は、そう言い放つとお父さんとすれ違う様にドアノブを握り、パタパタとドアを何度も開け閉めした。


「臭っ」


 苦言を言う私に向かってお父さんが口を開いた。


「臭いからうんこだ! うんこだから臭い! いや、臭いからうんこだ!」


 ポカンとする私を横目にお父さんは意味不明な鼻息を漏らしながらリビングへと向かって行った。私はポカンと口を開けたまま口呼吸でドアの開け閉めを黙々と続ける。


「やばっ! 今朝の特注じゃん!」


 隣にいた久留美はそう言い、鼻をギュッと摘んでそそくさとリビングの方へと逃げて行った。次第に臭いが気にならなくなったのを見計らい、急いで用を足す。


「ふー」


 一息ついてリビングへ向かうと、キッチンからお父さんと久留美の言い争う声が聞こえてきた。


「お父さんがお弁当作ればいいじゃん」


「男がキッチンに立つ時は、換気扇の下でタバコを吸う時だ」


「もう、意味わかんない、お昼ご飯どうするの!」


「千円やるから、これでなんか買え」


 私もキッチンに顔を覗かせ、


「お母さんどこ?」


「ふー、お母さんは調子悪いからまだ寝てる」


 お父さんが換気扇の下で呑気にタバコを吹かしながら答えた。


「あと、お弁当も無いからな」


「そういうのは、先に言ってくれたら私が作るのに」


 私はそう言い残し、お父さんとお母さんの寝室へと向かった。


「お母さん、大丈夫?」


「ゴホッゴホッ」


 毛布に包まったお母さんの背中は息苦しそうな咳に合わせて大きく揺れていた。


「伊久美? 今日お弁当作れなくてごめんね」


 お母さんは横になったまま、のっそりとこちらに振り向いた。その時、枕元に電源の付いたDVDプレイヤーがチラッと見える。


「お昼ご飯どうすればいい?」


 お母さんは、横になったまま机の上の財布へと手を伸ばした。


「はい、千円。二人分ね?」


「はーい、ありがと」


 ピーピー、ピーピー。


 壁掛け時計が落ち着いた電子音で八時を知らせる。


「うわー、遅刻する。お母さんお大事にね」


 お母さんに笑顔で手を振りながら自分の部屋へと戻る。脱ぎ散らかしたパジャマを足で部屋の片隅に払い除け、急いで制服へと着替えた。カバンを手に取ろうとした時、ハンガーに掛かったままの久留美の制服が目に留まる。


「久留美ー、早く行くよー」


 廊下に顔を出し、大きな声で叫んだ。


「はーい」


 バタバタと部屋に戻ってきた久留美を横目に二人分のカバンを携え、玄関へと向かう。


「カバン持ってっとくから早くおいでよ」


 私が玄関でローファーに足をねじ込んでいる最中、久留美も後を追って玄関へとやって来た。呑気に座り込んでローファーを履く久留美を急かす。


「はやく、はやく」


「分かってるって、うるさいなー」


 立ち上がった久留美の手を引っ張ると、玄関扉を勢い良く開けた。


 ガチャ。


「「行ってきまーす」」


 バタン。


「眩しー」


 目を細めながらそう言う久留美の視線をなぞる様に私も空を見上げた。雲一つ無い青空が燦々とした太陽を際立たせている。しかし、その見た目以上に暑くはなく、むしろ落ち葉を転がすそよ風が少し肌寒い位だ。


「あっ、今日何の日か覚えてる?」


 久留美が歩を進めながらそう切り出した。


「覚えてるけど……」


 顔を覗き込んでくる久留美の視線を逸らしながら答える。


「行こーよー」


「んー」


 期待に満ちた久留美の表情を横目に感じながら歩いていると、交差点の角からゴミ袋を携えた誠人のお母さんの姿が見えた。


「「おはようございます」」


 久留美と同じタイミングでペコリと会釈をする。


「あら、伊久美ちゃん久留美ちゃん、おはよう」


 手を振る誠人のお母さんに再度、会釈で応えるとクルリと交差点の角を曲がった。角を曲がった途端、久留美が顔を近づけ、詰め寄ってきた。


「で、どうするの?」


「もーう、わかった、わかった」


「それは、一緒に行ってくれるって返事でいいの?」


「うん、仕方なくだからね」


「やったー!」


 拳を突き上げて喜ぶ久留美を見ていると、私も自然と笑みが零れた。

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