第267話 頑張った結果

 由衣の相談を受けてから30分後――。

 俺は例のマダム教頭先生に呼び出された。それは別に嫌な意味ではなく、もうべた褒めだった。


 よほど今日の屋台と出前がお気に召したらしい。

はぁ、よかったな……これで文化祭の時はもっと大規模な屋台の企画書を出しても喜んで許可を出してくれそうだな……。

 由衣が頑張ろうとしてるんだ……俺も仕事を頑張ろう。


「…………それにしても教頭に大分長い時間捕まったな」


 時刻は19時過ぎ。もう辺りはすっかり暗くなり、校舎には生徒の姿は見えない。


 俺は誰もいない廊下を歩く。辺りは薄暗く、学校という普段にぎやかな場所が静けさに支配されている影響か、変な不気味さがあった。


「早く家に帰るか……」


 家では明菜主催で飲み会の用意をしてくれているらしい。その飲み会にうちの従業員はもちろん、娘たち、葵ちゃん、絆ちゃん、あと如月も来るらしい。


(…………あの家の狭い部屋に全員入るんだろうか? まあ、明菜の部屋を合わせれば何とかなるか)


 そんなことを考えながら早歩きで歩いていると――。


「早く義孝さんの家に行かないと……あら? 奇遇ね」


 教室から制服姿の如月が出てきた。なんか慌ててるような感じだったが、俺の顔を見るとふわっと笑う。


「あれ? お前、家に行くんじゃなかったのか?」


「ええ、ちょっと仕事関係で遅くなったの……ふふふっ、いいことがあったので気分はとてもいいわ。北条さんがあそこまで悔しがる姿を見れて満足よ」


 如月は本当に気分がいいのか、今にもスキップしそうだ。

 まあ、事情はよく分からんけど、目的地は同じなんだし一緒に行くか。


「ふーん、詳しい話は道中聞くわ。それじゃあ、行こうぜ」


「ええ、他の従業員の方は事務所にいらっしゃるのかしら?」


「いや、教頭との話し合いあが長くなりそうだから、先に家に行かせた。三沢と由衣は料理を手伝ってくれるって言うしな」


 新井は、葵ちゃんと共に絆ちゃんの遊び相手になっているだろう。絆ちゃんは新井を嫌っている節があるが……なんだかんだ言って、息があっている気がする。


「…………」


 とか、考えていると、如月が黙りこくっているのに気が付いた。

 あ……おっさんと2人の道中に危険を感じているとか……?


(いや……こいつの場合はないか。こいつ普通のJKじゃないし)


 俺の考え通り、如月は嬉しそうに微笑みを受かべる。


「ふふっ、少しだけの時間とはいえ、貴方と2人で居られるのは嬉しいわ。今日は北条さんの件以外はラッキーなことが多いわね」


「…………」


 ここまで好意を前面に出されるとそれはそれでめっちゃ困る。俺、女の扱いに馴れてる訳でもないんだから……。


「……早く行くぞ」


 俺が歩きはじめると、如月は楽しそうに俺の隣を歩く。


「あら? 照れちゃって可愛いわね」


「うっせえよ。お前は本当にJKか? よくわからない余裕があり過ぎだろ。おっさんと2人っきりなんだぞ? 身の危険を感じろや」


「ふふっ、貴方になら襲われてもいいわよ? 早いか遅いかの違いだもの」


「…………」


 駄目だ。言葉では勝てそうにない……。


「くすっ、この話題は変えた方がよさそうね」


「そうしてくれると助かる……」


 俺がそう言うと、如月は足を不意に足を止める。俺もつられるように足を止め、如月の方を見る。


「今日のリレーはお疲れ様、とてもかっこよかったわ」


「はぁ、俺はなんもしてねぇ。抜かれなかっただけだ。従業員が頑張った結果だ。それに最後は無様な姿をさらしたし――」


「そんなことない。貴方はフレアに抜かれなかった。それはすごいことよ。正直に言うとフレアにバトンが渡った時点で貴方に勝ち目はないと思ったわ。あの子、200メートルを21秒を切るタイムで走るもの」


 あ、あれ……それって200メートル女子世界記録と同じぐらいじゃないか……?

 テレビで見た記憶だと20秒95とかだった気が……。


 俺ってすごいかもしれない。


「だけど貴方は勝った。これで惚れ直すなっていう方が無理な話じゃないかしら?」


 如月は冗談をいっている感じは全くない。

 それはそれで……照れるんだけどな……ここまで正面から褒められた経験なんてあんまりないしな……。


「……言ってろ、ほら早く行くぞ」


「ええ、そうだ。ご褒美は楽しみにしていなさいな。大丈夫、貴方が嫌がるのは知ってるから、そこまでお金はかけないわ。ふふっ、面白い『企画』を考えたの」


「ああ……ありがとう。無理しなくていいからな」


 俺はまともに如月の顔が見れない。普通に恥ずかしい……だから、如月の返事を待たずに歩き始める。


 だけど……冗談抜きで死に物狂いで走ったリレーのことを褒められたのは、純粋に嬉しかった。

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