第87話 外伝『アーリーデイズ』(25)

 それから俺たちは新島の一言――。


『実はダディーの友達にひまわり畑を経営している人がいるんだ! そこなら人が少ないし、ゆっくりと見れるよ! ダディーに頼んで車出してもらうよ!』


 それならくそ暑いのに山を越えてわざわざ人が多いひまわり畑に行く必要もない。

 クーラーのきいた車で行くことができる。

 素晴らしい。新島風に言えばマーベラスだ。まさに渡りに船とはまさにこのことだ。


「…………」


 そう思っていた時期が僕にもありました。


「よ、義孝君、あ、あとどのぐらいで着くの?」


「し、知らん、こっちが聞きたい」


 俺らは山の中を歩いていた。まさに獣道というのが正しいぐらいの道で、暑さも相まって歩くたびに体力が奪われていくようだ。

 しかも道は結構な斜面になっており、それも嫌だ……。


『ミーン、ミーンミーン』


「わああああ! お兄ちゃんセミさんがたくさんいるよおお!」


「セミの鳴き声がうざい……暑くて汗が垂れる……喉が渇いた。帰りたい」


「うん。今……私水分が足りない気がする……義孝君の汗飲んでもいい?」


「……やっぱりそういう関係なんだ。わんだほー」


 やめろ。新島がドン引きしてるじゃねぇか……。


「川島、美奈さん……さっきから文句ばっか言わないでよ。しょうがないでしょ? この道は車が通れないんだから」


 たくっ……おいしい話には裏があるってのは本当だな……。

 こう過酷だと美奈の薬のことが脳裏にちらちくし……一応確認はしておくか。


「おい、美奈大丈夫か……? 体調悪くないか?」


「へーき、へーき……ちょっと疲れてるだけだから」


 美奈は笑顔で答える。

 まあ……前感じた無理してる感は今はないな……。危なそうだったら最悪俺が担いですぐに引き返そう。


 ……死ぬ気で。


「わあああ! あっちに蛇さんがいるでござる!!」


 子供は元気だな……俺も昔ならこのぐらい暑さや山なんて関係なく駆け回っていた気がする。いつからこんなインドア野郎になったんだ。


 そもそも俺は……ん? 待て? アヤメのやつ蛇とか言わなかったか……?


 よく見るとアヤメの前には30センチほどの細長い緑色の蛇がいた。

 ちなみに先行してくれている新島はこのことに気が付いていないっぽい。


「…………美奈、なんかアヤメの前に蛇がいる気がするんだけど…………蜃気楼?」


「い、い、いやいや義孝君よ。蜃気楼はいろんな気象条件が必要だからね。具体的に言うと気温、日射、風向、風速とか。こんな森では蜃気楼が出るなんて過去の実例を考えるとありえないよ。ふぅ……義孝君の妄想が現実世界に影響を及ぼしたか」


「そんなわけないだろう。俺の妄想が現実になったら、お前は速攻で裸になっている。それに――」


『シャアアアアア!』


『きゃあああああああああああ!』


「え、えっ!? 川島! 美奈さん! どうしたの!? 人が死んだみたいな悲鳴だったけど!!!!」


 俺たちの生死の危機からくる悲鳴を聞いて新島が近寄ってくる。

 だが、それよりも可愛い妹が危ない!


「あ、アヤメ! すぐに離れろ! そいつは毒蛇キングコブラだ!」


「えええ。蛇さんかわいいのに……なでなでしちゃだめでござるか?」


 こ、子供はここまで恐れ知らずなのか……今アヤメの人生で一番のクライマックスだということをやつはわかっていない。


 正しく理解しているのは俺の肩を掴みながらガタガタ震えてる美奈だけだ。


「あ、アヤメちゃん。う、うん! 1ミリの毒で失神や頭痛、腹痛、花粉症、様々な作用を引き起こすという伝説のゴルゴンだよ!」


「……いや、ただの山蛇だから。毒なんかないから。大人しい種だからこっちから危害を加えない限りは攻撃してこないし」


 ジト目で言う新島さん。


「あははは、お兄ちゃんと美奈ちゃん、ビビりでござる!」


「…………」


「…………」


 うわ……俺らめっちゃ恥ずかしくないか。

 幼女に下に見られて何も言い返せない……はぁ、目的地を目指そう……。

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