第70話 外伝『アーリーデイズ』(8)
段々空が黒く染まり始め、時刻は夜6時を回った。
あれからアヤメがチャーハンが食べたいというので、近くのスーパーで食材を買って3人分のチャーハンを作った。
男の手料理なので大味の味付けだが、美奈とアヤメは嬉しそうに食べてくれた。
出会ってまだ数時間だが……段々と対応の硬さはなくなってきている気がする。特にアヤメには何故か懐かれている……俺の父性が凄まじいのか?
「はぁ、ご馳走様。義孝君って料理上手いんだね。私はあまり得意じゃないから憧れちゃうなぁ」
「うんっ! とてもおいしかった!!!」
「…………ただ米と具材を炒めただけなんだけどな」
そんなに褒められると照れる。女の子に褒められた経験なんてあんまりないし……それに……美奈って……女の子を呼び捨てにしてるのも、名前で呼ばれてるのも……恥ずかしい。
い、いや決して嫌なわけではないんだが……馴れない。
「くすっ、また照れてる……可愛いなぁ、もう」
「うっせえ! 俺は純情なんだよ!」
「ええ~~、純情な人は嬉々としてソープに行ったりしないと思うけどなぁ」
「それはその通りだな……」
「くすっ、そこは素直に認めるんだ……面白いなぁ」
実際俺のソープへの情熱は純情とは真逆な気がするし。
「ふぁぁぁぁ、むにゃ……むにゃ」
そんな純情トークをしているとアヤメが可愛らしくあくびをした。
俺にとっても環境が大きく変化した日だが、それはアヤメにとっても同じらしく、よほど疲れたみたいだ。
眠そうに目をこすっている。
「あっ、アヤメちゃん、寝る前にお風呂入らなくちゃだめだよ? 今日暑かったんだから、あせもができちゃうよ」
「うん……お風呂入る……えへへ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、一緒に入るでござる」
アヤメが眠そうな顔で俺に抱きつきながら、そんなことを口走ってくる。
はああああ!? こいつなんてことを言うんだよっ!
「い、一緒にだと……! いや待て、そんな3人一緒に入れるほど家の風呂は広くない……て、てか、そもそも一緒に入るのは……」
「あっ、義孝君、もしかして恥ずかしいの?」
「そ、そんなことねぇよ。いいぜ。は、入るか……? だけど俺は水着着用でいいよな?」
「あ、あはは……それ私の台詞じゃないかな……」
呆れた口調で言うなや。
俺も男らしくないとは思うが、仕方がない。恥ずかしいものは恥ずかしい。
はぁ、でも……アヤメを風呂に入れる役は必要だよな……俺のがここの風呂に詳しいし仕方ない。
「俺がアヤメを風呂に入れてくるから、お前は休んでいてくれ」
「わーい、お兄ちゃんとおふろだああああ……むにゃむにゃ」
「アヤメの着替えを用意しなくちゃいけないな。バスタオルはっ――おい、美奈どうした? そんな顎が外れそうなほど口を開いて……」
俺が風呂の用意をしようとその場から立ち上がろうとした時、驚きまくっている美奈の顔が視界に入った。
(なんか……とてつもない勘違いをされてる気がする)
やがて美奈は怖い顔でキッと俺のことをにらみつける。
「義孝君って……もしかして、幼女にしか勃起しないロリコンなの?」
「女子高生が勃起とか口にしてるんじゃねぇ!!! あとすげぇ濡れ衣だ!!!」
「ん……? ぼっ……ってなあに?」
「見ろっ! 子供が変な言葉を覚えかねないだろ!」
美奈は今度は泣きそうな顔になる。
「だって! こんな美少女が同じ部屋にいるのに一向に襲われる気配がないんだもん!」
何の不満だよ!!! そもそもお前がエッチなことは最終日まではダメとか言ってなかったか……!?
はぁ、めんどくせえ……誤解を先に説いてしまおう。
「俺『歳の離れた妹』がいるんだよ……だからこの年代の子をお風呂に入れるのには慣れてるんだ」
「あ、ああ……そういうこと。私はてっきり……ごにょごにょ……ん? でも……」
誤解は解けたみたいだな……なんかまだ禍根が残っていそうだけど……。
「とにかく! 義孝君が休んでてて! 私がアヤメちゃんをお風呂に入れるから!」
何故か顔を赤くした美奈が慌てて自分の鞄から着替えを一式出すと、アヤメの手を引いてお風呂場に向かった。
(たくっ、騒がしいな……でも……俺の家の風呂を使うのか……美奈が。性格はともかくとして美少女だぞあいつ……そんな奴が……家の風呂を……やめよう。これ以上考えるとモンモンとしそうだ……)
気分転換にコンビニでも行こうかと考えていた時、美奈の鞄から透明な筆箱ぐらいのケース出ていることに気が付いた。
本来であれば女子の持ち物を見るなど、変態好意をジェントルマンである俺がやるはずがないが……どうも目についた物が気になった。
「……錠剤? 薬か……? でもそれにしては……」
ケースの中にはメモ書きあり、どうやら呑む薬が日ごと仕切られていた。
薬を持っていること自体はおかしくない。だが、気になるのはその『種類』だ。
1日分の量が異常に多い……10は軽く越えている……風邪薬にしては大げさだ。
「……あいつもしかし病気か何かなのか……?」
そう考えがよぎると同時に……今日美奈がと出会った時の言葉を思い出した。
『くすっ、それならこの夏に私と一緒に想い出を作らない……?』
今思えば……少し自暴自棄になっているような感じだったかもしれない……。
「まあ、いきなり男の家に上がり込むぐらいだから事情はいろいろあるか……」
なんとなく、この件には深く関わらない方がいい気がした。少なくとも……美奈が直接俺に言うまでは……。
俺はそう考えると静かに薬のケースを美奈の鞄にしまい込んだ。
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