第67話 外伝『アーリーデイズ』(5)
「お嬢さん、私に何かご要望がありましたらお気軽にお申し付けください。この奴隷がこの世の全てを手に入れてご覧に入れましょう」
俺は熟練の老紳士のような優雅な仕草で45度の完璧なお辞儀を美少女の前でした。
今この場にはさっきまでブラジャーに興奮していた童貞は死んだ。目の前のお嬢様の命令にそれこそ命を懸けて応えるジェントルメンだ。
俺は心を入れ替えたんだ……まあ、金に魂を売ったとも言う。
「……いきなりどうしたの? 短い付き合いだけど、普通に気持ち悪いんだけど……ああ、お金ってこうも人を変えてしまうのね……美奈ショック」
ジト目で見てくる美少女が俺のことを見てくる。控えめに言ってゴミを見る目だ。
それで我に返る……人間は金に溺れたらおしまいなのではないか……?
「けっ、金で人が言うこと聞くと思うなよ。何がお嬢様だよ? 調子に乗ってるんじゃねぇーぞ。金なんかで俺は縛られねぇんだよ。ばーか。ばーか」
「見事な手のひらくるっくるだね……なんだか、これはこれで人間関係の縮図を見てるみたい。美奈ショック」
ちっぽけなプライドを振りかざした結果だ。
そんな蔑む視線も甘んじて受けよう。ちょっと……嬉しいい感じもするし。だって俺今美少女に蔑まされてるんだよ? ご褒美じゃん。
「なんか邪な気配を感じるけど、いっか……なんならそれも面白い気がするし」
お前どれだけ男のエロ心に理解があるんだよ……ちょっと、どのレベルか試してみるか。
ふんっ、所詮女に男のエロを理解できるはずがないんだ……こいつだって心の底では「ええー、こいつマジでキモイ、さっきからおっぱいばっかり見てるし。げええ」とか思ってるんだろ?
その化けの皮を俺がはいでやる。
「お前さ付き合ってる恋人が風俗行ってたらどうするん?」
「ん? いきなりの質問だね? 心理テストかなぁー。うーん、そうだねー。どの店のおススメが聞いて、彼氏の指名した子の系統を徹底的に調べる」
「……その心は?」
「えっ、だ、だって……彼氏がどんな子とエッチしたのか気になるじゃん?」
顔を赤らめて恥ずかしがる美少女。だけど……その感性はぶっ飛んでる気がする。だって、彼氏が他の女と寝て出てくる感想がそれだぞ?
普通少しは嫌悪感が出るもんじゃないのか? 今のこいつにはそれがない。好奇心が抑えきれないのが伝わってくる。
「はぁ、そんな目で見ないでよー。キミが聞いたんでしょ?」
「はぁ、だってなぁ……お前彼氏が他の女とセックスしても何も思わないの?」
「…………おほん」
なぜか真顔になる美少女。
「……真の夫婦は『今日どの店行ったの? 気持ちよかった? そのプレー夜やってみようよ』という会話がスルリと出てくると思います」
「狂気の沙汰だわ」
「えええ!! あっ! 安心してよ。私は一途だから、他の男とそういう関係になるぐらいなら舌噛み切って死ぬから!!」
「男に都合がよすぎて逆に怪しい……」
「もうっ! ひねくれてるんだからっ! そももそ――」
「ああ、わかった。わかった。うるさい女だな」
「むぅ……キミって性格悪いよね……」
よし。こいつの悔しがる顔が見れたからいいとしよう……こいつの言う通り性格が悪いが……。
ていうか……それよりも金の件だな……。
「この金なんだけど……」
「なあに……?」
まだ不機嫌でいじけている風だ……そんな表情も可愛い……。
「返すわ。なんか受けとったら人としてだめになりそう……」
恐らくここが人間としての境界線な気がする。まあ、この女を連れ込んでる時点で一線は消えてる気がしなくもないが……。
「えっ? そんなの気にしなくていいのに。まあ、でも強制することでもないかぁ……必要になったらすぐに言ってねっ」
「そんな魅力的なことを言わないでほしい」
……俺100万を断ってるってマジで鋼の精神じゃないか?
『ピンポーン』
その時、家のチャイムが鳴る。ん? 誰だ? 誰も来る予定はないけど……。
「ん? はーい。どちら様ですか~~!」
「はっ!? 待て! なんでお前が出ようとしてるんだよっ! もし友達とかだったら大騒ぎになるだろ!」
「いいじゃん! いいじゃん! くすっ、私、人の家で勝手にお客さんの対応するの夢だったんだぁ」
はた迷惑な夢だな!
『ピーポーン! ピーポーン』
「はーい! 今開けますよー」
「はぁ……」
まあ、いいか……どうせ宅配便か何かだろう……そう考えていると……。
ガチャ。
『こんにちは。あら思ってたよりも可愛い子ね』
美少女が扉を開けると、そこにはやたら胸元の露出度の高いドレスを着た金髪のお姉さんが立っていた。
胸が大きく目立ち、スカートはワカメちゃんよりも少し長いぐらいだ。
「少し……お話をしてもいいですか?」
歳は20代後半で日本人ではない……白人美人だ。なので流暢な日本語で喋ってるのが違和感がある。
うーん、化粧は濃いし……うん。服装のせいか控えめに言ってもその見た目は……まんま風俗嬢だ。
見覚えはない……あれ? 誰? この人……。
「えっと……キミ、デリヘル頼んだの? もうそういうの頼んだら事前に教えてよ。見学しててもいいかなぁー」
「…………」
(えっと……記憶にはありません。えっ? マジで誰だこの人……ん? 子供?)
お姉さんの後ろから小学校低学年ぐらいの『子供』が興味津々言った感じで顔だけをのぞかせているのに気がついた。
「ござる……」
「実はあなたたちにお願いがあってきました」
「えっ?」
お姉さんはいきなり申し訳なそうに頭を下げてきた。その表情には悲壮感がありありと浮かんでいて、事態の深刻さを物語っているようだ。
しかし俺としては心当たりが全くないので、戸惑ってしまう。
「お、お願い……?」
「えっちな?」
お姉さんはそんな美少女のボケを苦笑いでかわし口を開く。
後にーー俺と美少女、美奈の人生を左右することになる一言をーー。
「しばらく……この子を預かって欲しいのです」
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