きおく泥棒はいいました [童話]


 【作】 荻原おぎわら ゆい

 【絵】 仲野なかの 沙耶さや



 きおく泥棒どろぼうという、どろぼうがいました。


 まだおさない男の子のような見ための泥棒で、ひざまである長いマントであちこちをび回り、ひとのきおくをぬすむことができます。


 かれはいつも一人でごしていましたが、たくさんのひとから盗んだ、たくさんの思い出にかこまれてしあわせでした。


 しかし、きおく泥棒はたいせつなきおくを盗んでしまうこともあるので、おとなたちはかれのことをきらっています。


 ある夜のこと。


 きおく泥棒はねむらずに泣いている子どもの部屋にやってきて、いつものように盗みをはたらこうとします。


「どうして眠れないの?」ときおく泥棒はたずねました。


 子どもは泣きはらした目をこすりながらいいます。


「わるい夢をみたから、寝るのがこわくなっちゃった」


 きおく泥棒は布団ふとんの横でくるりと長いマントをひるがえします。


「ぼくが来た。もうだいじょうぶ」といって子どもの髪をそっとなでました。「ぼくの言葉につづけて目をつむってごらん。だいじょうぶ」


 子どもは「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とくり返して目をつむります。それから、まぶたを閉じたまま、きおく泥棒にたずねます。


「あなたはほんとうに泥棒なの?」


「泥棒だよ。ひとのきおくをぬすんじゃう」


「盗まれると、きおくはどうなるの?」


わすれちゃう」


「忘れることはいいことなの?」


「わからない。いいことかもしれないし、わるいことかもしれない」


「わるいことをしたら、だめなんだよ」


「ぼくがわるいことをしているのか、それはじぶんで決めることだ」


「じぶんで決めること」と子どもはくちに出して考えましたが、きおく泥棒がわるいことをしているのか、いいことをしているのか、子どもにはわかりません。


「わからない」と正直にこたえると、きおく泥棒はくすくすとわらいます。


 ややあって、きおく泥棒はいいました。


「わるい夢はおわりだよ」


 こうしてわるい夢を盗まれた子どもは、わるい夢にうなされることはなくなりました。


 すこし時間がち、まちなかできおく泥棒をみかけた子どもは、かれに手をります。


「きおく泥棒さん! どうもありがとう!」

 

 すると、きおく泥棒はていねいにお辞儀じぎをします。


「きみが泣いていたら、きおくを盗みにいくよ」


「いつでも盗んでいいからね!」

 

 子どもはきおく泥棒のことがすきになっていました。その子どもには、おとなたちがかれをきらう理由がわかりませんでした。


 やがて子どもはおとなになり、たったひとりのあいした人と結婚します。ずっとそばにたいと思えるようなすてきな人でした。


 またすこし時間がって、すっかり年いた子どものところにきおく泥棒はやってきます。


「また会えたね」とうれしそうにきおく泥棒はいいました。


「どうして来たの?」と子どもだった老人は首をかしげます。


「きみが泣いていたからさ」


 きおく泥棒のちっとも変わらない見ためをふしぎそうにながめて、老人は気がつきます。


 今日は、愛した人の告別式こくべつしきがありました。


 重いやまいにかかって死んでしまい、そばにた時間と同じくらいたくさん泣いた日の夜に、かれはやってきたのです。


 きおく泥棒は、愛した人のきおくを盗みにやってきたようです。


「さぁ、もう泣かなくていいように、そのきおくを盗んであげるよ」


 そこでようやく、きおく泥棒がおとなたちからきらわれる理由がわかりました。


「このきおくはわたせない。とてもたいせつなものなんだ」


 老人はきっぱりと断ります。


「どうして? きおくがあるから、きみは泣いているのに」


なみだが出るのはそれが必要だからなんだよ。ほんとうに涙がいらないなら、ひとは涙をながしたりはしない」


「わかったよ。ぼくは泥棒だけど、ひとのものを勝手にはとらない」


 きおく泥棒は、地面にすわりこみました。


「おとなたちはみんなそういって、ぼくのことをきらいになる」


 どうやら、かれはねているようでした。


 昔とは反対はんたいに、こんどは老人がきおく泥棒の髪をなでて教えます。


「おとなになるとわかることだよ」


「おとな……でもぼくはずっと子どものままだ」


「きみは思い出を盗むばかりで、じぶんの思い出がないからおとなになれないんだ」


「じぶんの思い出があるとおとなになれるの?」かれは不安そうにつぶやきます。「ぼくはどうしたらいいんだろう」


「まずは盗んだきおくを返さないと」


「返したくないよ。だってきおくがあれば、ぼくはひとりでもしあわせだから」


「ひとりぼっちのしあわせより、ぼろぼろになってもふたりで手をつないでいるほうがずっといい」

 

 老人はしわだらけの手で、かれのみずみずしくやわらかい手をつつんであげます。


「わぁ、あったかい」


「だめだったら、また盗めばいいじゃないか。一回くらい、勇気を振りしぼってみなさい」


「そうだね。ちゃんと返すことにする」


 最後に、きおく泥棒はいいました。


「ぼくはきみのこと、きみが生きていたということを決して忘れないよ」


 なぜか泣きだしそうになったかれをみて、老人は安堵あんどの息をはいて目をつむります。 


 以来、きおく泥棒がひとのきおくを盗むことはなくなりました。



 

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