第19話 策謀
「俺はあんたと、単にいい関係を築きたいだけなんですがね」
その言葉を発したのは垣淵健次。派手なシャツを着た少し軽薄な感じの、だが同時に眼光の鋭いフリーのジャーナリストである。
「お前の情報には助かっている」
「そりゃどうも。で、結局あんたたち、新人類? の最終的な狙い、目的は何なんですかね」
目の前のソファーに深くお腰を下ろし、くつろいでいるのはロイスと名乗る『特異種』。10代半ばを超えるかという年齢にもかかわらず、スーツを鮮やかに着こなしている。顔が幼いということはわかるのだが、その表情を細かく読み取る読み取ることは何故かできない。ブロンドの髪のみが印象に残る。
「それを聞いてどうする?」
「そんなことは、聞いてから考えますよ。こう見えても、俺はジャーナリストであって、聞くことが仕事ですからね」
ここは、池袋の駅から少し離れた場所にある古いビルの一室。山手線周辺では、汐留から品川、そして渋谷と続き、次は新宿。そんな中で取り残されている場所。
ここ以外の都心に建てられた、大規模な新築オフィスに顧客を奪われた悲しい場所。そして、周囲には数多くの幽霊会社の様な活動実態も妖しげな企業がオフィスを構えているところ。
「では問いかけを変えよう。なぜそれを聞きたい?」
「質問しているのは俺ですが、そうですね。俺も含めて、今の人類が将来的にどうなるのか。それが気になっている、と言ったところでしょうか」
「うむ、そうだな。私としては、特に何もするつもりはない。私と共に、新たな道を歩む者たちと共に生きていくだけだ」
「とは言え、現体制から言えばあんたたちは敵とも言える存在じゃないですか」
「君らからすれば、そうかもしれんな。だが逆に言えば、今の人類に私をどうにかすることなど、できんよ。私は自然の流れに従い事を成しているだけだな」
そう言うと、ロイス・グレーシアはまだ幼く見える顔を向けにやりと笑う。整った顔立ち。それがほんの少し笑いかけただけでも、その影響は垣淵の心を大きく揺さぶろうとする。
- 心酔
垣淵が知る、彼の周りに集まっている多くの日本人たちは、まさにそう呼ぶしかないような状況に見えていた。一度だけではあったが、群がる人たちと一緒に彼に会ったことがある。そこでは、あたかも新興宗教の教祖を祀り上げている信者の様な状況。だが、その中心にいる目の前にいる人物は、政府などから『特異種』と呼ばれる存在。
ただ、彼の存在感は間違いなく人間のレベルを超越していることは、その後のインタビューで嫌というほど実感させられていた。
最初から、このようにフレンドリーに接してくれてはいる。だが、その裏で実際のところは冷や汗をかきっぱなしなのだ。取材でなければ、逃げ出したい気持ちに追い込まれてしまう。これは大物ヤクザの組長から話を聞いた時ともレベルと次元が違う。我ながら自分を褒めたいと思っていた。
「では、今回のスカウトであんたが集めようとしているメンバー。それは、目標としていた数が集まったんですか?」
「ああ、まだ十分とは言えないが。何人かは良い人材も集まりつつある」
「そうですか。確か、昔ながらの閉鎖的な里にいる人たちでしたっけね」
「うむ。良い魂を持っておる。きっと生まれ変わることができるだろう」
「人を集め、集団をつくる。でも、現体制と争うつもりはない。でしたっけ?」
「ああ、私たちからそれをするつもりはない。無論、攻撃されれば反撃するがね。これは種を越えて人としての権利だろう?」
「人ではないと称するあんたたちだ。人の法律には囚われないと言ってもおかしくはないでしょうが。現時点では、随分と友好的だ」
「うむ。だがな、私たちが生み出されたということは、自然の摂理で人類が終わりを迎えようとしているからだとは思わないか?」
「その点については、私個人としては現時点ではノーコメントですね」
「まあいい。だが、私たちは新しい時代を生きるための基礎をこれから作ろうとしている。それは誰にも邪魔させない。邪魔さえなければ、大人しくしているさ」
「俺は、今何が起こっているかを正確に知りたいだけですがね」
「私と共に歩きたいのであれば、いつでも言うが良い」
「ありがとう、と言うべきなんでしょうか。まだ、それを判断するのが叶うほど情報を得ていませんがね」
「なに、気にすることはない。私は強制という言葉が嫌いでね」
「その点については、俺もこれまでのところ信用していますよ。前に一緒にお会いした杉村さんと近藤さんでしたっけ、元自衛官の。彼女らも元気にしていますか?」
「ああ、元気だ。同志を集めるのに素晴らしく活躍してくれている」
そう言うと、ロイスは蕩けるような顔で再び微笑んだ。身体の奥から心が溶解されそうな笑み。
「彼女らも、新人類への進化を求めてるってことですよね」
「そうだ。彼女たちはそれを自らの意思で求めている。でも、容易に叶うものではない。人類が進化するためには、変化を受け入れられる資質が必要なのだ」
「じゃあ、一つ聞いて良いですか?」
「うむ? 何だね」
「その進化に失敗したものが、『ビースト』と呼ばれる怪人なんですかね?」
その瞬間、ロイスの周囲が突然冷え込んだように音と動きを止める。空気すらも凍りついたような感覚。もちろん、実際に空気が凍りついた訳ではない。
「垣淵君だったかな? 君は人の進化とは何によって証明されると思うかね?」
言葉を間違えないように、垣淵は必死に頭を巡らせた。
「また、質問に返しますか。でも、いいでしょう。俺は、これまで言われている進化というものは、所詮環境に応じた特殊化であるって説を聞いたことがあるんですよ。もちろん、人間は哺乳理、しかも霊長類が徐々に変わってきて辿り着いたとされていますよね。でもね、それこそがその場その場で環境に適応してきた結果にすぎない。その解釈が、これまでしっくりきてました。ただ、もし本当の意味での進化があるとすれば、、、」
「あるとすれば?」
「どの様な環境であっても生き残れるような力をつけること。ただし、単細胞生物の様な生物的な退行をすることなしに」
「ほう、なかなかに面白い意見だな」
「それ以上は、専門家ではないのでなんと言えませんがね。私は在野のしがないライターなので」
「そう卑下する必要はない。下手な学者よりも核心に迫っている」
「まあ、あなたと出会ってその思いを強くしたのは間違いありませんがね」
周囲に漂っていた緊張感が一気に解消した。この古びたビルの一室は、ロイスと会うときに毎回用意される場所。流石にその背景を確認しているが、所有者は実体を持っていない怪しげな宗教組織。解消されて売買されたペーパー宗教法人である。
「だがね、垣淵君。最終的には生き残った者が進化という賞賛を受けるのだよ」
「生き残る? 何に対して?」
「神の試練に」
「神ですか?」
「そうだ。神の摂理、神の意思。我々とて、その頸城からは逃れられない」
「我々ですね?」
「ああ、我々は人類の進化という最終的な果実を得るためには、未だそれに応じた試練を乗り越えなければならない。『ビースト』、あれはその試練に耐えられなかったものだが、それでも一つの人類の進化形でもある。あるいは、君の想像する特殊化かもしれぬな」
「特殊化ですか。一体何に適合しようというのか。まあいいです。では、その試練とは具体的には?」
「それはそのうち君にも分かる。目に見える形でな」
「真の進化はまだ完遂していないということなんですね」
「察しが良いのはいいことだ」
「褒め言葉として、ありがたく受け取っておきます。では最後に、他の『王種』のことはどれだけご存知ですか?」
「それこそ、遠くない将来に目の当たりにするだろう。『王種』はそれぞれ異なる力を持つ。全てを統合するものが真の『王』となるだろう」
「異なる力ですか…」
「できるなら、君にはその事をなるべく客観的に報じてもらいたい」
そう言いながら、ロイスは再び不敵に笑うのであった。
◆
これが3回目のインタビューだった。正直、なぜ垣淵が運よくロイスに接触できたのかはわからない。『特異種』を探したのは事実だが、むしろ彼の方から垣淵に友好的に接触を図り、大変興味深く、そして本当か嘘かわからないことを次々と話してくれた。
肝心な部分ははぐらかされ、禅問答のような内容も多い。だが、それ以上踏み込んで聞くのは精神的に難しい。現時点でも、相当な労苦であるのは、部屋を出た後にも残る自分自身の震えにより明示されている。
無意識が『従順になれ』と警戒音を発し続けるが、それを許容できるほど垣淵の矜持は安くない。むしろ、追い込まれるほどに反骨精神が鎌首を掲げ始めるのである。
その上で、垣淵の直感はそれほどこの問題を甘くは見ていない。この問題を日本はともかく、アメリカや中国などの国々が放置するとはとても思えないのだ。きっかけさえあれば、全面戦争に突入してもおかしくないと考えている。
このように、現人類が考えることは、同じ人間である垣淵にはある程度予想できる。新しい種の、いや新しい支配層の登場を認めることはないし、しかし取り込めるのであればそれを利用しようともするだろう。
既に裏の情報では、アメリカだけでなく中国にも欧州にも、あるいはアフリカにも同じような『特異種』が現れた事を示す情報は飛び交っている。本格的な戦闘にまでは至ってないとされるが、それでも少なくない死傷者が出たとのレポートも読んだ。
「おそらく、人類の進化はまだ途中段階にある。そして、先を目指すとなるとすべての新人類が人間に敵対しないとは限らない、ってか?」
コインパーキングに止めた愛車であるスパイダーに乗りながら、煙草を咥えながら垣淵は呟く。
「だが、あの『特異種』迫力を見る限りでは、もう人間レベルは十分に凌駕していると思うがな」
少し前に垣淵に接触してきたのは、『御社』と呼ばれる秘密結社らしきところの若い女性だった。そこで『特異種』のことを知り、会いたいというので疑念半分で探し始めたところ、ロイスと出会ったのである。
その時のロイスは、既に数十人を従えていた。それがどのような人選によるものかは知らないが、この新興宗教的な何かが普通のものではないことには一瞬で気が付いた。そして、『ビースト』と裏では公式に名づけられた獣人の先にある秘密につながるのだと。
ロイスと自称する若い白人男性を見ると、オーラというか後光というべきか、それが強烈で姿を明確に視認できたような気がしない。写真撮影はしたのだが、それも謎の光によって姿がぼけている。
垣淵のインタビューに応じるときにはその力を抑えているらしいが、それでも存在の厚みがインタビュアーを精神的に圧迫していた。見た目が中学生程度に見えても、軽く接することなど考えもできない相手である。
- それだけ、やばい相手だということなんだがな
エンジンを始動させても、現状について地下駐車場で少し考え込む。まだまだ、全体像をつかむには至っていない。『特異種』へ直接の伝手ができたのはありがたいが、恐怖感から本質的な質問にまでなかなか入れないでいる。これは垣淵には珍しいことだ。
だが、直接が無理なら間接を使い倒してでも、本質に迫るのが彼のやり方。
- そういえば、田中が言っていたか
『この件からは、出来る限り手を引いた方が良い』と。そうかもしれない。こんなネタが安全なところに転がっているはずもない。だが、
- だからこそ面白い! 悪いな、田中!
自分に気合を入れなおすように強く意識して車を出そうと思った瞬間に、車の周囲を複数の人間に囲まれる。見た感じ、やくざというよりは軍人み見えた。
一人、スーツ姿の酷薄な男が近づき、ドアのガラスを手の甲で三度ノックする。強引に振り切ることもできなくはないが、国などの大きな組織を敵には回したくない。それに、新しい情報を手に入れられるかもしれないチャンスでもある。
「ライターの垣淵健二さんですね」
パワーウインドウを開くと、そう車の外から声がかかった。
「あんたたちは何者だ?」
「失礼しました。私はこういうものです」
そういいながら、男は慇懃無礼な感じで名刺を差し出してくる。そこには、『防衛省 堂垂雄一』とだけ書かれていた。連絡先すら記載されていない。
「で、自衛隊のあんたたちが俺にどんな用なんだ?」
彼らが制服組なのは間違いない。文官ではこれだけの身のこなしはできないだろう。咥えて、こんな形で接触してくるとすれば、情報セクションということになる。要するに、俺が『特異種』に接触してることもすでに知っているということだ。
「少々お話を聞きたいのですが」
「それは、ロイス・グレーシアについての話ということってか?」
「それも含めてとお考えください」
「これは、俺の仕事を邪魔することにはならないのか」
「一部には制限がかかると考えてください」
「おいおい、それじゃおまんまの食い上げじゃないか!?」
国が動いたのだからこう来るのは当然だと考えたが、少しでも情報を得ようとさらにカマをかける。
「もちろん、提供される内容によっては情報提供料が支払われます」
「そんなスズメの涙みたいな金額もらっても仕方がないだけどな!」
「スズメの涙? 何か誤解されているのでは?」
「NHKのギャラと、国から支払われる金額は安いと相場が決まっているだろうに!」
「いえ、あなたの調べた内容は記事にしても、出版いただいても構いませんよ。ただ、その方法と時期をご相談させていただきたいだけです」
「ほう。なかなかに寛大な…」
「今の時代に強制など、はやりもしません。ウィン-ウィンの関係を築くのも国民に愛される自衛隊の在り方でしてね」
「それはご立派な考え方だな」
「では、ご同行いただきたいので運転をうちの隊員に任せていただけますかな」
「丁寧に扱ってくれよ。かわいい愛車なんだからな!」
「その方面のエキスパートを揃えています。ご安心を」
- エキスパートね
◆
防衛省ということで、市谷に向かうと垣淵は考えていたが、どうやら行先は違うようだ。そして、運転する隊員は一言も話さない。いくら垣淵が挑発してもである。どうやら二十三区内から出ていく様子である。
垣淵を強引に拉致しなかったことから、今のところ手荒い扱いを受けるような気配はないが、この問題の深刻さを考えると、この後垣淵が依頼されるであろうことは容易に想像がつく。
- 要するに、スパイとして働かされるんだろうな
国が動くということは、『特異種』を人類の脅威と認識しているのであろうということ。そして、その駆除なのか討伐なのかに本格的に乗り出してきたって訳だ。問題は、垣淵の様なフリージャーナリストに接触してくるという意味。
確かに、垣淵は一人の『特異種』に接触している。ロイスがなぜ垣淵を選んだのかはわからないが、これは稀な事なのかもしれないとは考えていた。何せ、他の日本人たちは心酔するほどに彼のことを崇めている。第三者として接しているのは垣淵くらいなものだろう。
- 接触した上で、取り込まれていない人間が珍しいということかもな
外を見ると、数台の黒塗りの車が並走している。護衛のようにも見えるが、同時に逃がさないための布陣とも取れる。どちらにしても、自衛隊相手に無茶をするほどの力は垣淵にはない。
会話の無い車内で、手持ち無沙汰な垣淵は仕方なくそんなことを考え続けるのであった。
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