第一話  流都くんがそこにいた

 水色できらきらした自転車に乗った流都くんがそこにいた。

 リュック背負ってて、ジャケット羽織ってて、ジーンズはいている。そう、そこには私服の流都くんがいたっ。

 自転車から降りて、歩いてこっちに近づいてくる。

「雪乃だよな?」

「うん。こんにちは」

「こんちはっ。もっとリアクションしてくれよ、違ったらどうしようかと思ったっ」

 そんなこと言いながら流都くんは笑っている。今日も元気で明るい流都くん。

「外で会うなんて珍しいな。買い物?」

「うん。お気に入りの消しゴムがなくなりそうだったから、文房具屋さんへ」

「へー、消しゴムにまでこだわりあるとか、雪乃しっかりしてんなぁー」

「そうかな?」

 私は……今日は、水色の長袖ブラウスに白色のロングスカート、いつもの白にピンクの線が入った靴に、白い靴下。白ばっかりだった。カバンはペールオレンジ。

「文化祭のときからずっと雪乃はしっかりしてる印象だ」

「私も流都くんは文化祭のときのリーダーシップある印象のままだよ」

「リーダーシップとか、そこまでのことしてたっけ?」

「うん。流都くんがいたから成功したようなものだと思う」

「言いすぎ言いすぎっ」

 左手を後頭部に当てて笑ってる流都くん。

 流都くんの乗っている自転車は、ママチャリな感じじゃなくて、なんかこう、スポーツしてるって感じのかな。

「流都くんの自転車、速そうだね」

「別にそんなかっ飛ばすようなことしねーよっ。でもマウンテンバイクだから速いのは速いかな。スタートダッシュとか特に速いぜ」

 右手でハンドルの真ん中を持って自転車を支えてる。やっぱりきらきらしてる。

「雪乃は自転車乗らないのか?」

「あんまり乗らないかなぁ。文房具屋さんは近いし」

「俺だったらどんなに近くても自転車で行っちまうなー」

 うん、流都くんにその自転車はお似合いだと思う。

「なぁ雪乃」

「なに?」

 私より身長が高い流都くんの視線が私に向けられている。

「この後……ひま?」

「えっ?」

「だってー……さ。俺、ひまだし」

 えーっとえっと…………

(つまり、初めて流都くんとお休みの日に遊ぶってこと……だよね?」

 ま、迷ってるんじゃないけど、なんていうか、考えたらはずかしくなっちゃうというか……。

「ど、どう?」

 ……でも、断る理由なんてないよね。楽しそうだし。

「うん、遊ぼう」

「ほんとか!? やった!」

 そんなに大げさに喜ばなくってもっ。

「昔は女子とも遊ぶことがあったけどさ、中学に入ったら全然なくなって。なんか、そういうの誘っていいのかちょっと考えてたんだ」

 優しいなぁ。

「私は……私もそういえば、男の子と休みの日に遊ぶことは減っちゃったけど……でも、その……」

 は、はずかしいけど、でも言わないとっ。

「……流都くんさえよかったら、お休みの日に遊ぶの……大丈夫だから……」

「ほんとか!? 無理してないか?」

「ううん、本当に大丈夫だから。他の女の子はどう思ってるか知らないけど、私は男の子と遊ぶの平気だから、気が向いたら誘ってね」

「まじかー! わかった、これからちょくちょく誘うから!」

 そ、そんなにもうれしいことなのかな。そんなに喜んでくれるんなら、勇気を出してもうちょっと早く言ってたらよかったかな。

「で、何して遊ぶ? 雪乃に合わせるよ」

「うーん……」

 合わせてくれるのはうれしいけど、でも男の子って普段どんなことして遊んでるのかな。

「流都くんは、普段友達とどんなことして遊んでるの?」

「俺か? そうだなー。今日はまさるでゲームしてたかな。テレビゲームにしろアナログゲームにしても、友達の家で遊ぶって言ったらだいたいそうなるかな」

「そうなんだー」

 新しい情報を手に入れました。

「でも気にしなくていいよ。雪乃に合わせる」

「ありがとう。うーん……」

 うちにもアナログなゲームはあるにはあるけど、テレビゲームはないなぁ。お父さんがそういうの好きだから、種類はいろいろある。

「じゃあ……私の家で遊ぶ?」

「な!?」

 あれ、流都くんはすごい表情をしている。

「お、おい雪乃。いいのかよっ」

「なにが?」

「なにがって……俺、男だし、その、さ……?」

 えーっと……

「……流都くんなら、いいです」

 なんとか頑張って言えた。

「……雪乃がいいんなら……じゃあ……」

 今の表情の流都くん、ちょっとかわいいかも。

「家どこなんだ?」

「ここ」

「へ?」

 私は自分の家を指差して、もう一度「ここ」って言いました。

「こ、ここかよ!?」

 だって家に入ろうとしたら流都くんがいたんだもんっ。

「よかったら、どうぞっ」

「あ、ああ」

 流都くんは私の家の前に自転車を止めて、私は流都くんを玄関まで迎えた。

 ドアの鍵を開けて、

「どうぞ」

「お、おじゃましま、す」

 私が入ると、流都くんも続けて入ってくれました。


 家の中に入ると、私はドアの鍵を閉め……るんだけど、

(ち、近いなぁ……)

 玄関で流都くんと近くなると、なんかちょっと……。

 流都くんは天井とか壁とか見てるみたい。

 気を取り直して靴を脱いで上がり、とりあえず……ジュースかな。

「上がって待っててね」

「ああ」

 そわそわしてる流都くんを見たのは初めてかもしれない。


 私はおぼんにりんごジュースの入った透明の容器と、うさぎさんコップとかめさんコップを乗せて、また流都くんのところへ。

「ついてきてね」


 そしてやってきました私のお部屋。ちゃんとお片付けしてます。

「流都くん、開けて」

「開けてって……こ、ここってもしかして」

「私のお部屋。おぼん持ってるから開けてっ」

「ほ、本当にいいのか?」

「開けてってばぁ」

「す、すまんっ」

 流都くんにドアを開けさせて、私はお部屋に入った。

 おぼんはいったん学習机に。

 小さめだけど折り畳みのテーブルを出して、ばちんばちん組み立ててからその上におぼんを置いて一息。クッションも向かい合わせに置きます。

「入ってください」

「おじゃましますっ」

 流都くんがドアのところで立ったままだったので、呼びかけてクッションのとこまで誘導。黄色いクッションのところに座ってくれました。私も向かいのピンククッションのところに座ります。

「ここが雪乃の部屋かー……」

 流都くんは私のお部屋を隅々まで眺めているようです。そんなにじっくり見られるとちょっとはずかしいかも。

「お父さんがアナログなゲーム好きでいくつかあるの。ゲームの話を聞いたから、家にもあるなぁって思って。近かったし」

「だからって、俺男だし……本当によかったのか?」

「……よかったから、いいんですっ」

「さ、さんきゅ」

 流都くんがそういうことばかり聞いてくるので、私もちょっぴり意識しちゃってる……かも。

「このお部屋にもいくつか置いてあるけど、もっと見たかったらお父さんの部屋まで見に行くから言ってね」

「わかった。じゃあ何かして遊ぶかっ」

「うん」

 私は立ち上がって、壁際に置いてあったピンク色の大きい箱をちょっとずりずり。流都くんを呼んで、箱を開けて中身を見せた。いくつか箱の外に出してみる。

「どれがいい?」

「結構入ってんな。お、ドミノまである。チェスに将棋に……ん? このケースって……げっ! バックギャモンあんのか!」

 カバンみたいなバックギャモンのケースを見つけるなり開けて広げた流都くん。

「あっ、そういえば流都くんって、バックギャモン部だったよね」

「ああ! まさか初めて女子の部屋に入って、いきなりバックギャモン見つけるなんて思ってもなかったぞ!」

 急に流都くんの目がきらきらと輝きだした。

「じゃあそれで遊ぶ?」

「いいけど、俺丸二年部活動してて強すぎるから、雪乃つまんないかもしれないぞ?」

「流都くんの強さを感じることができるのなら、楽しそうに思えるよ」

「雪乃……いいやつだなぁ……」

 私たちはバックギャモンで遊ぶことにした。


 私は動かし方を知っているくらいで、相手の流都くんはバリバリのバックギャモンプレイヤー。ぎったんぎったんのけっちょんけっちょんにされちゃいました。悲しい。でもいきいきとしている流都くんを見られたのは楽しかった。考えてる仕草も……ちょ、ちょっとかっこいい、かな。


「流都くん強すぎるねっ」

「手加減できないタイプでさっ」

 流都くんは笑っていた。

「流都くんと遊ぶのって、楽しいね」

「そうか! んじゃこれからもたくさん遊んでいこうぜ!」

 流都くんは親指を立てていた。



 ……あの日から、私たちはさらに仲良くなった気がする。

 といっても学校では流都くんは男の子友達、私は女の子友達としゃべることが多いけど。それでもたまにしゃべるときの流都くんの表情は、もっと明るくなった気がする。気がしてるだけかもしれないけど。


 梅雨の季節が終わり、一学期の期末テストが近づいてきていた。

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