第6話 アイステーシスの歴史

 クヴァール殿下の生誕パーティーに向けて、あれからほぼ毎日グラースさんとのダンスのレッスンを続けている。

 一週間が経った頃には、流石に記憶が飛ぶ事は無くなってきた。それでもグラースさんはいつもキラキラしてるから、心臓に来るものがあるけどね。

 そうそう、花の聖水が無事に完成したのよ。

 タイミングを見てシャルマンさんに試してもらおうかと思っていたんだけど、どうやら魔術師団の方は仕事が立て込んでいるみたいで、急に会いに行くのも気が引けて……。

 落ち着いた頃合いを見計らって、どうにか聖水を受け取ってもらえると良いんだけどね。難しいわ。


「それにしても、もうすっかり夏になっちゃったなぁ」


 今日は私の仕事が休みなので、お城の書庫でゆっくり調べ物をしようと決めていた。

 今回は薬草やポーションについてじゃなくて、この国の歴史を勉強しようと思うんだ。

 私がこのアイステーシス王国に移り住んでから、それなりの月日が流れている。だけど私が知っている事と言えば、アイステーシスは昔カウザ王国と戦争をしていたという事実ぐらいだった。

 王国騎士団の専属治癒術師としては、仕える国の歴史はしっかり学んでおかなければいけないと思うのよ。

 そんな訳で、今日はお隣のお城へと向かう途中なんだけれど……日差しが眩しい。そして空気が暑い。

 流石にこの熱気の中で髪を下ろしているのは苦行すぎるから、すっかり愛用の品となっている雪のバレッタが活躍してくれている。

 ちょっと外に出ただけでも流れ出す汗を顔や首に感じながら、私は足早に書庫へと向かった。


「おはようございます、サーブルさん」

「あ、フラムさん! おはようございます!」


 書庫のカウンターには、朝から明るい笑顔を振りまく管理人のサーブルさんが居た。

 夏でも元気そうにしている彼なら、きっと夏バテなんてしなさそうだ。

 そんな事を心の内で考えながら、私は早速彼に話し掛けた。


「今日はアイステーシスの歴史が書かれた本を探しに来たんですが、こちらにありますか?」

「歴史の本ですね。それならその棚までご案内しますよ!」


 まだ朝だからか、今のところここに居るのは私達だけのようだ。

 研究熱心な魔術師団の方々は夜型が多いってティフォン団長も言っていたし、それで人気が無いのかもしれないわね。多少大声を出しても睨んで来る相手が居ないから、サーブルさんが生き生きとしているように見える。

 すぐに目当ての棚まで案内してもらえたので、いざ調べ物と意気込んでいると、


「ところでフラムさん、どうして歴史本を探しにいらしたんです? この前は癒し手さんだから薬草の本を探してたと思うんですけど、今日はどうしたのかなーって」


 と、興味津々といった様子で質問して来たのだ。

 確かにここには色々な本があるみたいだし、治癒術師が歴史本を求めてやって来るなんて不思議に見えるのかも。

 リスのようなくりっとした眼でこちらを見詰める彼に、私はありのままに答えた。


「私、実はカウザ王国の出身なんです。なので、せっかくこちらに移り住んだのにこの国の事を知らないというのは情けないような気がして……」

「あー、それで歴史を勉強しようと思ったんですね! 自分も両親がカウザの出なんですよね〜。何か親近感湧いちゃうなぁ!」

「えっ、そうなんですか? ちょっと嬉しいです!」

「そういう事ならこの本がオススメですよ〜! 分かりやすいうえに豆知識とかも満載の本でして、有名な学者さんが書かれた今年出版されたばかりのものなんです!」


 言いながら彼が本棚から抜き取った本を受け取り、その表紙を見る。

 タイトルは『新・アイステーシスの歴史 古代から近代、そして未来へ』と書かれていた。

 パラパラと中をめくっていくと、精巧に描かれた建物や肖像画が丁度良い配分で並んでいた。解説も丁寧に書かれているようで、お薦めされるに相応しいものだと言えるだろう。


「ありがとうございます。早速読んでみますね!」

「はい! また何かあったら読んで下さいね」


 前回の時と同じテーブルに着いて、まずは目次から読んでいく事にした。

 タイトルの通り、アイステーシスという国が誕生するよりも前から記された本のようだった。

 予定では何冊か読み比べていこうかと思っていたのだけれど、これだけボリュームのある内容だったらこの一冊で事足りそうだ。



 まずは古代。

 遥か昔、この大陸は神々が生み出したとされる獣が支配していた。

 獣達は様々な土地に適応した姿をしており、人々はいつしかそれらを神獣と呼ぶようになったという。

 しかしある時、とてつもない魔力を持つ悪しき魔女の手によって、神獣達の魂が穢された。それがこの世に初めて魔物が誕生した瞬間だったのだ。

 魔女は魂を蝕まれた神獣達を魔獣と呼び、それらを思うがままに操った。そうして全ての人類を大きな力によって支配しようと動き出す。

 だが人々は魔女の支配から逃れようと結束し、魔獣達と戦った。

 多くの犠牲を出す中、神々は新たな命を生み出した。それが大精霊と呼ばれる、自然を司る者達だった。

 大精霊達は人々の魂に力を分け与え、魔獣に対抗する力──魔法を操る術を人類にもたらしたのだ。

 これによって人類と大精霊は次々と魔獣を打ち倒し、魔女の封印に成功する。

 この時、最も優れた魔術師は大精霊からの祝福を受け、大精霊に愛されし者たる称号を授かったという。これが現代まで語り継がれる御子の始まりであったとされる。


「こんなに昔から御子が居たのね……」


 魔女が封印されし地を中心に、それぞれの御子が住むようになった土地はいつしか集落となり、やがてそれが国へと形を変えていった。

 我らのアイステーシス王国は、それらの国々の中心である。

 近年の研究によって明らかになった話であるが、魔女が封印されたとされる遺跡が王都アスピス近郊で発見されている。

 これは地震による落盤事故によって偶然発見されたもので、魔女の遺跡のほど近くにあった旧王国騎士団宿舎が閉鎖され、現在その近辺は立ち入り禁止区域として指定されている。

 どのような危険があるか不明な為、決して近付く事の無いように。


「旧王国騎士団宿舎……って、私達が住んでいるあの宿舎じゃないわよね」


 ここに来てすぐの頃、グラースさんが話してくれた事を思い出した。

 今の宿舎は五年前に建て直されたものだ。ここに書かれている旧宿舎は、どこか別の場所にある。彼らならその場所を知っているんだろう。

 だけど、そこに行かなければならない用事がある訳でもない。無いのだけれど……。


「落盤って事は、その遺跡は地下にあったって事よね」


 ここに記されている事が事実なら、魔獣を操った魔女が封印される遺跡の近くに旧宿舎があって、更なる落盤の危険がある為新しい宿舎がお城の隣に建てられた事になる。

 身の安全の為に宿舎が移されただけなら気にする事も無いはずなのに、何故だかこの一文を読んでから嫌な予感がしていた。

 私一人が悩んだところで仕方が無いと、その時はそれ以上考えないように割り切って本を読み進めていたのだけれど──まさかその予感が的中するなんて、思いもしなかった。

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