滅国の魔女 ~姫が王国を滅ぼした理由~ (ぼっち姫、外伝その壱)

monaka

第一話:終わりの始まり。

 ここは緑豊かな大地。清らかな水が流れ、多くの動植物が生き、そして次の世代へと命を繋いでいく。

 穏やかな風が吹き、争いも無い。


 国民の誰もが、この国に生まれて良かったと思う程幸福に溢れていた。


 その豊かさを支えるのが他国とは比べ物にならない魔法の技術である。

 いわば魔法国家、魔法先進国なのだ。


 しかし魔法という技術は国家の元きちんと管理されており、悪用などしようものならすぐにでも牢屋に放り込まれる事だろう。


 規則が厳しいというのは国民の自由が狭まるという事とイコールではない。

 この国は罪に厳しく、人に優しい。


 国王も素晴らしい人格者であり、美しい妻、病弱ながらも国一番の魔法使いである娘。

 そして、その妹である天真爛漫自由奔放を具現化したような、誰からも愛される少女。


 王家は国と民を愛し、民は王家と国を愛した。



 これはそんな美しく豊かで、平和で、幸福に包まれていたローゼリア王国が


 滅ぶまでの物語。



 全ては一人の少女から始まる。


「おっかしい♪ あの新しい衛兵ったら。新しいおもちゃを見つけたわ。後でお姉さまにも教えてあげなくっちゃ☆」


 少女の名はロザリア。

 幼いながら意思の強そうな瞳、シルバー寄りのブロンドを風になびかせて楽しそうに笑う。

 ローゼリア王国の第二王女である彼女は、先ほど新しく配属された衛兵のフリッタに絡んでひとしきり無理難題をふっかけ困らせてきたところである。


 勿論彼女に悪意など無く、本気で困らせようとも思っていないのでフリッタからしたら子供の可愛いワガママ程度でしかなかったのだが、ロザリアにとっては自分の言動に振り回されているであろうフリッタが愉快でたまらなかった。


「明日もまたあの衛兵をからかって遊ぼうかな……って、あぁ! もうこんな時間!? どうしよう……急がないとまたマナーのお勉強に遅れちゃう!」


 ロザリアは自由すぎる所があり、王族としてのマナーに関しては特にきちんと指導を受けるように言われていた。


 ロザリアは慌てて自室に戻ろうと、普段はまったく使わない近道を走る。


 城の敷地はかなり広く、少女の足では走っても間に合うかどうかギリギリだった。


 どうしよう。このまま今日はサボっちゃおうかな……。


 彼女がそんな事を考え始めた時、城の庭で不自然な通路を発見する。


「こんな所あったかしら……?」


 ロザリアはマナーのお勉強の事など一瞬にして頭から消し去り、その道の通路を通ってみたい衝動に駆られていた。


 勿論その通路を通る事に意味は無い。

 近道どころか完全な寄り道である。


 しかし、彼女の好奇心は止まらなかった。


 ここで、彼女がお勉強を優先したり、通路に入って行くのを誰かが見ていたら。


 この先に訪れる終焉は回避出来ていたのかもしれない。



「うんっしょ、うーん、段々壁と壁が近付いて来てるのね。これ以上は進めないわ……」


 城の壁と壁の僅かな隙間。

 そこにロザリアは入り込み、通り抜けようとしていたのだ。

 しかし、思ったよりも幅が狭くなってしまい、それ以上進む事ができなくなる。


 引き返せばいい物を、足元の方が幅が広い事に気付いた彼女は四つん這いになり、まるで赤子の前進のように身を屈めてその隙間を進む。


 襟元からポロっと赤く輝く宝石が垂れた。

 ペンダントになっており、地面スレスレの位置を低空飛行する形で先へ進む。


 すると、突然ペンダントの宝石が輝き出した。


「わぁっ、何? どうしたの??」


 ロザリアは慌てて自分のペンダントの宝石を握る。


 この宝石はロザリアストーン。

 ローゼリア王国の王家に伝わる家宝であり、王家の人間は十歳を迎えるとそれぞれにロザリアストーンが与えられる。

 数には限りがあるので自分のロザリアストーンは六十になる頃に返還し、それがまた次の世代に引き継がれていくのだ。


 家宝であるロザリアストーンと同じ名を与えられた少女がここを訪れてしまった事は、偶然ではなく、運命だったのかもしれない。


「ちょっと、眩しいわっ! どうしちゃったの??」


 ロザリアは必死にペンダントを掌で包み込む。

 なんとかある程度の光を遮断した所で、初めて地面の不自然さに気付いた。


 細い通路の地面が、同じような色でうっすら発光しているのだ。


「……地面が、光ってる……? もしかしてここにもロザリアストーンが埋まってるのかしら?」


 彼女は、近くに落ちていた小石を手に取り、少しずつ地面を削る。

 そして、五分ほど格闘した末、それがロザリアストーンなどでは無いと気付いた。


「……これ、何かしら? なんで穴が光ってるの?」


 そこには直径十センチ程度、深さは三センチ程度の穴があり、それ自体が発光していた。


 ロザリアはそれを丸ごと掘り出そうと試みたが、すぐに難しい事に気付き、項垂れる。


「なんなのよぉ……せっかく面白い物見つけたと思ったのにー!」


 がっくりと肩を落とし、その穴を覗き込むような姿勢でちょっとだけ休憩。


 その時だ。


 首から一直線に垂れ下がっていたロザリアストーンと、地面の穴が最も接近した。


 その瞬間、ロザリアを支える地面は消滅し、彼女はすぐ下に現れた階段に足を踏み出す事が出来ずそのままバランスを崩して階下まで転げ落ちる。


「きゃぁぁぁっ!!」


 なんなのよもう! と憤慨しながらも、自分の体に怪我が無い事に安堵する。


 そして、自分の体への心配など目の前の光景に比べたらどうでも良くなってしまった。


 そこは、言うなれば地下遺跡。

 目の前には通路が伸びており、迷う事なく少女はその薄暗い通路を進む。

 向こうに明かりが見えていたので怖くなど無かった。


 そして、その明かりの元へたどり着くと、かなり広い空間になっており、壁には魔法による物なのか明かりが取り付けられていて、その空間を程よく照らしてくれる。


 そして浮かび上がった物は……。


「すっごーい♪ お宝よお宝っ☆」


 まさに読んで字のごとく、金銀財宝である。

 彼女は、ここはきっと王国の隠し宝物庫なんだと思った。


 しかし、喜んだのは最初だけで、少女はすぐに飽きてしまう。

 彼女にとって金品などどうでもよかったのだ。


「もっと面白い物ないのかしら? ……あれ、これなにかしら?」


 少女が見つけたのは自分の頭と同じくらいのサイズの卵。


 正確には、卵型の何かだ。


 灰色で、周りはゴツゴツザラザラ。

 まるで石を固めて卵の形にしたようだった。


 しかし、持ってみると少女の力でも運べる程度の重量しかない。


 ロザリアは、これは何かの卵だと信じ、ウキウキしながら通路を戻り、階段を上った。


「この卵からは一体何が生まれるのかしら♪ あ、そうだ。お姉さまにも教えてあげないとだわ。お姉さまならきっと喜んでくれるもの」


 少女は満面の笑みで、その得体のしれない卵を抱え歩く。


 これが全ての終わりの始まり。

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