顔の見えない探偵・霜降(2)

秋雨千尋

プロローグ


「間違いありません、盗聴器です」


 若い女性からの依頼を受けた霜降しもふりは、助手の皐月さつきと共にマンションの一室を訪れた。

 トランシーバーが反応を示す。


「所長、こっちにもありました」


 震えて泣いている依頼人に代わって通報するも「分かる者がいない」と切られた。

 ケーサツ狩り【鮮血のカマイタチ】が退治されても、また次の犯罪者が現れる。

 警察組織は疲弊しきっていた。


「本当に人手不足ですよね、大丈夫なのでしょうか」


「私の事は落としたのにね」


「その話はまた後ほど。依頼人の安全確保が最優先です」


 電話を任せ、霜降は依頼人に向き合う。

 盗聴器を外された事に気付いたストーカーに襲われる可能性があると告げる。



「タクシーとホテルの手配が出来ました」


「護衛します。どうかご準備を」



 依頼人が首を振り、か細い声を出す。

 「あなた達では頼りない。もっと強そうな探偵に依頼し直したい」と。



「こう見えても所長は強いですよ」


「全然目が合わないじゃないですか!

 信用出来ません!」



 痛いところを突かれた霜降はしばらく息がしづらい心地がしたが

 仕方がない、と自分に言い聞かせる。



「所長は生まれつきの障害で、人の顔が見えないんです」


「皐月くん、いいから」


「ですが!」


「依頼人の望み通りに。武闘派の雪月花せつげつかさんに連絡して」



 犯罪集団が横行し、暗黒に支配された日々の中。

 人々は心の拠り所を求めた。

 キャラクターとして人気を確立した、兼業探偵の誕生である。


 アイドル・学生・武闘家など。

 元々あった探偵ランキングは、兼業のメンバーに塗り尽くされていく。



『女子高生探偵グループに連絡取りたい』


『よくテレビに出てるイケメン兄弟がいいわ』


『アイドル名探偵犬コリーちゃんのサイン貰ってきて』



 ずっと専業で頑張ってきた霜降だが

 他の仕事と両立している兼業探偵たちに太刀打ち出来ず、仕事は減る一方であった。



「皐月くん、お疲れ様。送るよ」


「気を落とさないでください。必ずチャンスは来ますから」



 一人になって、見上げる星空。

 鳴らない電話、埋まらないスケジュール、払えない家賃。

 そろそろ身の振り方を考える時だ。

 皐月の再就職先をどうしてやるべきか考えていた所に、甲高い声をかけられた。



「そこのきみ!」



 黒マントを着込んだ男がカラスの羽のようなサングラスをいじっている。


「牛柄シャツにチョーカーに鈴。牛マニアの酪農家だ!」


 こういう、素人そのものも歩けば当たる。

 軽く無視して行こうとした時、乱暴に腕を掴まれた。


「こんな夜中に一人で散歩。きみは誘っている!」


 口を押さえつけられ、壁に追いやられる。

 警察の人手不足をいい事に、こういう輩は後を絶たない。老若男女お構いなしだ。



(あなた達では頼りない)



 悪党どもの手によって、何人もの善良な市民が犠牲になっている。

 許してなるものか!

 湧き上がる怒り。うち震える拳。



 ( 舐めるなよ、私は探偵だ! )



 手に噛みつき、怯んだ所に頭突きをかまし、空いた胸ぐらを掴んで

 思い切りアスファルトに叩きつける。



 衝撃で弾け飛ばされた首元の鈴が、闇の中をリンリンと転がっていった。

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