リズムゲームクロスレッドダイバー

アーカーシャチャンネル

第1話:レッドダイバー

 目の前の光景に、彼女の腕が震えていた。そのレベルで目の前の人物が実行したテクニックの数々が常識を疑う物だったのである。草加駅の一階に配置された五〇インチの薄型モニターに映し出されている映像、それが彼女の驚いたものの正体だった。


 映像は別の場所からの中継のようにも見えるが、画面の右上にはライブ中継である事を示す表示もあるので――PVの類ではないのが分かるだろう。


「あれがARゲームなのか? 普通のパルクールに見えるようだが」


「しかし、あれは明らかにARゲームだ。その証拠に、使用されているスーツはARスーツだろう?」


「体感型のゲームで、あそこまで安全を強調しないと駄目なのか? スーツなしでもアトラクション系のバラエティー番組は大丈夫のはずだ」


「あくまでもARゲームはプロアスリートがプレイするものではない」


 様々な人物がモニターの前に集まり、流れている映像に釘づけになっているようだ。


 それも周囲の話からゲームと言うのは分かるのだが、詳細に関しては様々な話が乱れ飛んでいて真相は不明だろう。


「これが普通にゲームだと? 見た目からは信じられない」


 様々な意見が飛ぶのも一理ある。そして、そう言った声に彼女は耳を傾ける事もなかった。


 中にはゲームと言う事で冷めたような反応もあるのだが、そうした意見に耳を貸す事もない。


(これが、ゲーム? 本当に――)


 彼女の視線はモニターの映像に釘づけなのに加え、ノイズに等しい意見が聞こえないほどに集中しているのだろう。



 平成の時代が終わり令和となって間もない頃、SNS上では相変わらずの炎上商法が続く中で、一つの事件が起こる。


 それは新たなARゲームの発表であった。そのタイトルはSNS上で様々な予測がされていたようだが――。


(まさか、こうなるとは――)


 草加駅近くのコンビニ前で足を止め、タブレット端末を見ている人物――それは不審者に見えなくもないのだが、市内ではあまり言及されない。


 警察に職務質問されるのは、振り込め詐欺とか客引き行為等の不審者だろう。それ位に、この人物の服装に指摘をする気配はなかった。


 この人物は男性なのだが、それさえも突っ込む気力がないかのように一般市民はスルーしている。


 彼らがスルーしているのには、下手なトラブルに発展したら大変だという事でスルーしている可能性が高いだろう。


(何としても、悪しき連中を駆逐しなくては)


 その言葉に怒りがこもっている訳ではなく、適当に思いついた訳でもない。タブレット端末のニュース記事を見て、彼の感情は動いているのだろうか?


(しかし、この技術はどう考えても何か引っかかるものがある)


 彼がタブレット端末で見ているニュース、それは最新ARゲームに関する話題だった。その内容は明らかに自分が開発したゲームに類似しており、パクリとも言及されて炎上しかねない。


 しかし、それでも炎上していないのには理由があった。それは、ジャンルの違いだったのである。


 自分が開発した物はサバイバルアクションといった色付けがされているのに対し、ニュース記事に掲載されているゲームの方は――。


【最新AR技術を使用したリズムゲーム、近日サービス開始か?】


 SNS上でもこのゲームを見てパクリと炎上させる人間は存在しなかったのは、もしかすると情報操作があったのではないか、と言う説もある。


 それ位に単純であれば――と考える人物がいたのは間違いない。その一方で、炎上させると一部勢力が炎上勢力を徹底的に潰してくるのは間違いなかった。


 そうした事情を知らない彼ではなく、別の手段で対抗せざるを得なくなったのは言うまでもない。



 ARゲームは海外へ輸出が検討されるほどに産業レベルとして発展していた。西暦二〇二〇年の事である。


 バーチャルアイドルやAR技術のノウハウをコンテンツ産業の切り札にしようという政府の動きもあったが、下手に政治の介入があると炎上しかねないという有識者の意見もあって、介入は見送られる。


 それでも、ARゲームの技術が金の卵であると考えた様々な企業が参入を試みていた。しかし、彼らにはノウハウが全くなかった為に、これも空振りに終わっていた。


 その中で草加市に本社を持つゲームメーカーが名乗りを上げ、ARゲームのベースを生み出した。


 後にリズムゲームクロスパルクールと呼ばれるゲーム――これこそが、様々な人物を巻き込むほどの一大ブームを巻き起こすとは予想もしていなかったのである。


「いずれ、このターミナルが全てを動かす中心となる」


 ターミナルの設置工事に立ちあっている人物、外見は周囲とは明らかに違っていた。一見すると、コスプレイヤーに見えなくもない。


 ブラックをベースとしたカラーリングのSFヒーローを連想するインナースーツ、装着しているメットもバイク用の物とは思えないデザインに加え、バイザー部分から素顔が見える事もなかった。


 素顔を隠したこの人物の名はギャラホルン、あくまでプレイヤーネームと言うべきか。声もボイスチェンジャーで男性声になっているが、周囲は違和感を持たないようである。



 そうした情勢を変えようとするSNS炎上勢力、彼らの野望を阻止しようとする人物がいた。


 そのスーツの姿からは想像できないような能力で現れるSNS炎上勢力の放つアンノウンと呼ばれる怪物を撃破していき、彼を支持するものは英雄とさえ呼ぶだろう。


 彼の名は、レッドダイバー。SNSを炎上させれば目立てるだろう――SNS暗黒時代になくてはならない存在でもあった。


 SNSを炎上させる事が何を意味するのか? 炎上問題から背を向ける事が本当に正しい事なのか? レッドダイバーは教えてくれたのである。


 最後には全ての元凶であるヤルダバオト、その人物にSNS炎上がもたらす現実を見せた。それにより、彼は自らの過ちを認め――全ての決着は付けられた。


『この世界で起こった出来事は、フィクションである。しかし、これらの事件が全てフィクションとして片づけられるかどうかは定かではない』


 本編終了後のテロップもフィクションとは言及しているが、その記述には何かを連想させるような物がある。


 この後もレッドダイバーシリーズは人気コンテンツとなり、続編やスピンオフ等も作成された。



 信じられるだろうか? この物語が既に一〇年近く前に存在していた事に。レッドダイバーは今もデザインを現代風にリメイクしたアニメが放送されている。その中で、今回の一件が起きたと言ってもいいだろうか。


(あのアバターはレッドダイバーで間違いない。それに――)


 彼女が大型モニターで目撃したアバター、その姿はデザイン事若干異なっていたがレッドダイバーである。


 それ以外にも、様々なヒーローやヒロインが姿を見せていたARフィールド、そこで行われていたのは普通のパルクールではない。


(このゲームは、明らかにリズムゲームと言うには何かが違う)


 彼女が今まで見てきたリズムゲームとは違う光景、それが大型モニターに映し出されていた。


 周囲のギャラリーはリズムゲームだという認識はないようだが、彼女には違和感があったのである。あれをリズムゲームと言うには、おかしい箇所があると。


 しかし、単純にリズムゲームを炎上させるような意図を持って作られた映像ではないのは分かってる。だからこそ、あのゲームの真実にたどり着く必要性を感じていた。


(何もかもが似ているかもしれない)


 こうしたきっかけも、もしかするとあの特撮番組と同じかもしれない。そうは思いつつも、自分の知っているコンテンツを炎上させようという悪意ある勢力、侵略者から守る事。


 新たなコンテンツを広めようとする草加市の取り組みを妨害する勢力は、彼女にとっては悪に等しいだろう。


(悪しき便乗勢力を――止めなくてはいけない)


 この世界は虚構なのか? 現実なのか? その境界線が曖昧になった日本で、全ては始まった。

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