頭上の天使と悪魔

黒井 猫左衛門

頭上の天使と悪魔

 01


 人には言えない悩み、というものが誰しもある。それは体のことだったり、勉強のことだったりと様々だろうが、私の場合は人に伝えても理解されないだろう。

 早朝。

「起きなさい美咲。今日は早起きして勉強をするのでしょう?」

「勉強なんて気にしなくていいんだゼ美咲。あと30分寝ても学校には遅刻しないだろうし、もっと寝てしまえ寝てしまえ」

「なにを言っているのですこのろくでなし悪魔! 美咲、このような軟弱な思想を持つ者に惑わされてはいけません」

「黙れ偽善者! どうせ気に入られたいがために媚を売っているんだろう? 俺様よりも十分悪魔だな!」

「なんですって! わたくしは立派な天使です。頭上の輪っかをしっかり見なさい!」

「ほいっ」

「ギャーー! わたくしの大事な天使の輪っかを返してくださいましー!」

 私の頭の上で、2人のちびっ子がわーきゃー喚いていた。もうほんと、朝っぱらから元気すぎるでしょ。

「ほら、貴様の甲高い声のせいで、美咲が起きちまっただろうが!」

「大声を出すことしか取り柄のないあなたに言われたくはありませんわ」

「あん?」

「はあ?」

 わたしは怒りを抑えつつ、2人の頭にチョップを入れた。

 ゴンッ! ゴンッ!

「「あだぁ!」」

 ちょっと力を入れすぎたかもしれないが、気にすることはないだろう。私は小さくため息をつき、2人に語りかけた。

「あのさぁ……。2人の仲がいいのはわかるけど、もう少し声のボリュームを下げられないの?」

「仲良くないですわ!」

「仲いいわけねーだろ!」

 ほんとにこの2人はお似合いだなぁ。

「まぁいいや。たしかに昨日、いつもより早めに起きて勉強するって自分で言ったからやるけど。邪魔しないでね?」

「もちろんですわ」

「ああ」

 起き上がって机に向かい、参考書を開いたが、あまり集中できなかった。上の2人のことについてしばし悩み始める。

 私の頭の上に、天使と悪魔が出てきたのは1週間前のこと。2人はなんの脈絡もなく突然現れ、自然と過ごしていた。

 漫画やアニメで見たことがある人もよくいるのではないだろうか。物事に葛藤していたり悩んでいたりしている時、正しいことを伝える天使と甘い言葉を囁く悪魔が、ふわんふわんと頭上に現れるシーンを。

 娯楽だからこそ面白いが、実際に出現するとなるとうっとしいことこの上ない。しかも、私の天使と悪魔に関してはいつまで経っても消えてくれない。唯一の救いは、2人の姿が私以外に見えていないということなのだが……。あぁ、早くどこかへ行ってくれ。

「そういえば」

 天使が思い出したように、私へと話しかけた。

「なに? できれば簡潔に言ってほしいかも」

「飛騨君とはうまくいっておりますか?」

「ぶはっ!」

 予想外の発言に吹き出した。私は天使にまくしたてる。

「う、うううううまくいってるってどういうことなのかな!? 友達としてって意味なら楽しくやってるとは思うけど……。その、あぁ変なこと考えるんじゃないよ!」

「おかしなことを想像しているのは美咲の方でしょう……」

 すると、その話を聞きつけた悪魔が不満をあらわにした。

「美咲、まだあの男と付き合ってないのか!? ヘタレな女だなお前は……。俺様の手にかかれば、そこらの男なんてイチコロだぞ?」

「うるさいな……」

「とりあえず胸とケツを意識させれば、全人類の男は落とせる」

「全人類の男に失礼だよ!」

「全人類の女性にも失礼ですわ!」

 これには天使も思うことがあったらしく、反論に入る。

「ケツではなく、お尻と丁寧に言うべきです!」

「今言うべきなのはそこじゃないよ!」

「お尻よりは、ヒップや臀部の方がもっと丁寧でしたね」

「もう突っ込む気も無くなったよ……」

「それはそうと美咲。悪魔の言うことを真に受ける必要は全くありませんが、ちゃんと自分からも攻めにいかなければ。飛騨君も振り向いてもらえませんよ?」

 言っていることが正論なのでなにも言い返せなかった。その通りなのだが、やっぱりいざ話すとなると恥ずかしいよ。

「はぁ。なら俺様達が手本を見せてやる」

「ちょっ、わたくしは手助けするなんて一言も」

「別にやらなくてもいいゼ? 貴様は恋愛なんてなにも知らない箱庭のお嬢様タイプだし、無理強いはしないさ」

 箱庭のお嬢様タイプってなんだろう。

「やりたいという気持ちは起きませんが、あなたにそのようなことを言われるのはなんだか癪ですわ。いいでしょう。そのかわり、あなたが負けたら、天使様ごめんなさいわたしは改心いたします、と言いながら土下座することね」

「はんっ! 片腹痛いわ! ならば俺様が勝った時、これからは悪魔様に忠誠を誓います、と靴を舐めながら言ってもらおう」

「なんか絶対やるみたいな雰囲気になってない? ねえ、やる必要はないんだよ?」

 皮肉なことに私の発言は通らず、さらに、飛騨君にデートの約束を取りつけろと強制されてしまった。なんてこったい。




 02


 いよいよデート当日。

 飛騨くんには、買い物に付き合ってほしいという口実でごまかしている。意味合いは違うけど、付き合ってと言えるなんて……。

「なに赤くなってんだ美咲?」

「あ、赤くなんてなってないよ!」

 私と悪魔の話し合いに、天使は呆れ果てていた。

「はぁ。ではルールの説明をいたしますわ。お昼ご飯までは、わたくしが美咲の体に乗り移って行動。それが終わった後、悪魔の出番ですわね。勝敗のジャッジは美咲に決めてもらいましょう。どちらがナイスガールか、決着をつけましょう」

「望むところだ」

 こっちは全然望んでないよ……。

「とりあえず、飛騨くんに変なことはしないでね?」

 これだけ言っておかないと、二人はとんでもないことをやらかしそうで不安だった。まぁ、参考にしないことには始まらないよね。

「それでは美咲、失礼いたしますわ」

 天使がそう言うと、私は自分の意識が少し離れたような感覚に襲われた。これが憑依というものなのだろう。

 わたしの体を操る天使は落ち着いた足取りで、目的地へと歩みだした。




 03


 特に成績が良いわけでも悪いわけでもなく、趣味はない。無個性で面白みのないぼくだが、ラッキーなことに竹中さんに遊びに誘われてしまった。もしかしてこれはデートなのか? デートなのか!?

 いやいや落ち着け飛騨和也。彼女はただ買い物がしたいと言っていただけじゃないか。焦って失敗してチクられていじめられたりでもしたら、学校生活生きていけなくなるぞ。自分で考えておいて言うのもおかしな話だけど、本当にそれだけは嫌だな……。

「お待たせしましたわ」

「うん、おおお!」

 思わず口に出してしまうぐらい、竹中さんは綺麗な格好をしていた。白を基調としたワンピースを見事に着こなし、紺のスニーカーを履いていた。よく見ると、両耳には鳩のイヤリングを付けている。

 ぼくはしばらく見とれてしまっていた。いつもより大人っぽい感じがする。

「どうかなされましたか?」

「いやその……。似合ってるね」

「ふふっ。当たり前ですわ」

「う、うん」

 なんだか物凄い自信に満ち溢れてるな。なにかいいことでもあったのかな。

「じゃあ、行こっか」

「はい。あと飛騨君。わたくしはあまりこのあたりの土地勘に疎い、というかお恥ずかしい話、方向音痴なようで。つまり、エスコートしてもらってもよろしいかしら?」

「もちろん! ぼくもすごく詳しいわけではないけど、楽しめそうな場所はそれなりに知っているから。安心して」

「助かりますわ」

 そう言って竹中さんは、さりげなく手を握ってきた。手を握られてる! ちょっとちょっと、今の時代こういうのって普通なの!?

 この後ぼくは緊張のあまり、少し早足で案内してしまった。反省しよう。




 04


 TOBOシネマズ新宿。

 ぼく達は映画館にやってきた。おいおい、誰だ今ありきたりって言ったの。映画館は2時間も安心して過ごせることができる貴重な施設なんだぞ。

 というわけで、映画館にやってきた。さっき言ったなこれ。

「なにか見たいものはある?」

 ぼくは知っている。ここで女子が高確率で言うセリフを。

 それはズバリ、「なんでもいいよ」だ!

「女子はなにか選択肢を迫られた時、大抵面倒臭さにより、相手に決定権を委ねるのだ!」

 と、友達が自慢げに語っていたので、女子が好みそうな映画を調査済みである。さぁ、言うが良い!

「わたくし、この『にゃんた丸の大冒険』を見てみたいですわ!」

 うわお、竹中さん即答だぁい。しかも猫好きってかわいいなおい。

「じゃあうん、それにしよっか」

「はい、飲み物やポップコーンの味はなんでもいいですわ」

「なんでもいいはそっちかよ!」

「はい?」

「いや、独り言だ」

 しかし困ったな、竹中さんはどういう系のジュースが好きかわからないからなぁ。メロンジュースあたりにしておくか。ポップコーンは定番のキャラメル味でいいだろう。塩? なにそれ?

 2人分のジュースとポップコーンを買って戻ると、竹中さんは申し訳なさそうな顔をしながらぼくに伝えた。

「ごめんなさい。わたくし、炭酸がどうも苦手でして」

 ……。ぼくが飲む用のカルピスがあってよかったぁあ!

「いや、竹中さんのはこっちだよ」

「あらそうなの。ありがとう」

 飲み物の問題も無事解決し、やっとぼくたちは映画を見始めた。子供向けな作品かと思いきや、意外とどの年齢層でも楽しめそうだな、とつまらない考えがわいてきた。横を振り向くと竹中さんは、飲み物にもポップコーンにも一切手をつけず、とても真剣な目つきで鑑賞していた。

「竹中さ」

「お静かに。今、とてもいいところなのです」

「そ、そうですか」

 竹中さんの、にゃんた丸への情熱を痛感し、ぼくも引き続き映画を見ることにした。

 映画が終わった瞬間、竹中さんは多くの情報量と光のような速さで語り始めた。

「とても面白い作品でしたね! 映画が始まって32分54秒後、仲間の為に自分から罠にかかりにいくにゃんた丸の勇姿、あのシーンは感動のあまり、思わず立ち上がってしまいましたわ。そして終盤。正確には、映画から1時間47分22秒後、悪の王わんこ丸を倒さず、和解によって解決させるシーン。にゃんた丸はなんてかしこいのでしょう! 是非弟子入りさせてほしいくらいですわ! さて、グッズのコーナーへ寄りましょうか」

「う、うん」

 今度、にゃんた丸の映画がまたやってたら教えてあげようかな。

 その後、2人でグッズを選んだ後、昼ご飯にすることにした。

「なにか食べたいものはある?」

「なんでもいいですわ」

 なんでもいい、やはりそうきたか。でもぼくは知っている。女子が喜びそうな食べ物といえば……!




 05

「なるほど。なかなか良さそうなパスタのお店ですわね」

 ぼくの想像通り、竹中さんは興味深い瞳でメニューを見つめていた。

「迷ったらパスタ! 無難なパスタ!」

 これも先ほど言っていた友達の教えである。竹中さんはぼくの向かい側に座った。

「なににしましょうか。悩みますわ……」

 個人的には野菜たっぷりペペロンチーノがオススメだが、ここは匂いを考慮して違うものを頼んだ。

「決めましたわ! わたくし、これがいいですわ」

 それに対して竹中さんは、イカスミパスタを希望のようだ。なかなか豪快だな。口の中が黒くなりそうでぼくは普段食べないけど。

 店員さんを呼び、ぼくたちは注文を伝えた。そしてドリンクを取りに行った後、しばし黙る。

「……」

「……」

 気まずい……!

 このまま沈黙が続けば、ぼくは竹中さんにつまらない男と飽きられてしまうだろう。だが一体どうすれば!

「そういえば飛騨君」

 よかった。どうやら竹中さんから話題を振ってくれたようだ。

「どうしたの?」

 ぼくは安心してコーラを口にする。

「ズバリ、飛騨君はどういう女性が好みなのかしら?」

「ゴホッ! ゲホッ!」

「どうされました!?」

 そんな質問されたらむせるよ普通!

 だがしかし、友達は前にこんなことを言っていた。この手の質問をする女は、相手に気があると!

「あ、勘違いしないでくださらないでね。別にわたくし、飛騨君のことが気になっているわけではありませんから」

 そう確信したのだが、見事に切り返されてしまった。好きじゃないのかよ!? 結構というか、かなりショックだな……。

「わたくしはにゃんた丸一筋です! 他の男達など興味ありません!」

 しかも、ぼくはにゃんた丸に負けているというのか……。追い打ちをかけられた気分だよ!

「それで、どういう女性が好きなのかしら?」

「いや、特にないかな……」

 たった今、好きな女性に振られちゃったからね……。

「そうですか、飛騨君もにゃんた丸のような女性が見つかるといいですわね」

 にゃんた丸、許すまじ……。家に帰ったら、このにゃんた丸キーホルダーをむにむにしてやる。

 その後、ぼくは竹中さんが語る、にゃんた丸にまつわる色々なエピソードを話半分に耳に入れていると、料理が運ばれてきた。

 おお、美味しそう!

「ん、そろそろ時間ですわ」

 竹中さんはなにやらよくわからない独り言を呟いたのち、ぼくに話しかけた。

「少々、お手洗いに行ってまいります。飛騨君はゆっくりしていてください」

「うん、わかったよ」

 言いたいことはわかったのだが、なぜ荷物を持ってトイレへ行くのだろう。もしかして帰るつもり!? 不安になっていたが5分後、ぼくの予想は違う形で裏切られた。

「おまたせ飛騨~。待った? 待った?」

「いや、別に待ってなあぁあ!?」

 ぼくはまたしても変な声をあげてしまった。竹中さんの服装が大きく変わっていたのだ。黒いTシャツに紺の短パンという、ラフというか動きやすいというか、そんな感じのものだった。ちなみに鳩のイヤリングは消え去り、代わりに、英語でロックと書かれたネックレスを付けていた。キレイ系というより、随分ボーイッシュな印象になったな。似合っているけど、人って服装だけでこうも変わるのかと、ぼくは半ば感心した。

「はぁ……。天使の奴め、よりによってイカスミを頼みやがって。こんなのデートで絶対やっちゃいけないだろうが」

「デート?」

「いや、こっちの話だ」

 そう言いながら竹中さんは、ぼくの向かい側ではなく隣側に座ってきた。近い近いそれになんかいい匂いする!

「それよりもぉ、飛騨はどういう女の子が好きなの~?」

 さっきと同じ質問をしながら、竹中さんはさらに距離を詰めてきた。

「お、落ち着いてる子かな……」

 お前が落ち着けと、ぼくは自身に怒りたい気分だった。

「ふーん、ひょっとして俺様が好きなのかと思ったが」

「ほえ?」

「じょーだんじょーだん!」

 あぁ、冗談ね。うっかり本気にしちゃうところだったよ。

 それからというもの、ぼくは緊張感のせいであまり食が進まなかった。竹中さんもそうなのかな? イカスミ、結構残ってるし。でも違うか。

「竹中さん、これからどうする?」

「そうだなぁ。あ! ゲーセンとかどうだ!?」

 ゲームセンターか。もちろん大歓迎だけど、女子もゲームセンターって行くものなんだなぁ。実際、音がうるさくて嫌いな人も少なからずいるくらいだし。

「いいよ。近くにSAGAがあるみたいだし、そこにしよっか」




 06


 ドドドドドドドドドドコドンッ!!

「フルコンボだドン!」

 ぼくたちはゲームセンターで、リズムに合わせて太鼓を叩くゲームをやっていたのだが、予想以上に竹中さんの腕が良すぎて、なんて声をかければいいかわからなかった。

 あれ、最高難易度だぞ……。譜面が重なっちゃってるんだぞ!? どうして全部叩けるんだよ!

 他にもシューティングやレースなど、全てジャンルは違うのに、ぼくの腕前をはるかに上回る順位を常に君臨していた。

「ハッハー! 俺様に勝とうなんて考えがアマちゃんなんだなぁ!」

 さすがにカチンときたぼくは、一つでいいから勝利してやる、と意気込んだ。

「なら、このダンスゲームならどうかな!?」

「いいだろう」

 ちくしょう、プロぶりやがってー。

 ぼくと竹中さんは100円を一枚ずつ入れ、2人用モードを選択した。竹中さんの方を見ると、いつの間にか裸足になっていた。

「え、なんで裸足?」

「愚問だな。むしろこのゲームを靴でやれというのが、苦痛ってもんさ!」

「お、うん」

 まさかダジャレが飛んでくるとは思わず、うまい切り返しができなかった。

「ん? 俺様は今、靴と苦痛をかけあわせて即興のダジャレを作るという天才的な技をやっていたぞ!?」

「そうだね……。面白いか否かははっきりしたよ」

 ダジャレの話のおかげで忘れていたが、竹中さんはこのゲームを経験済みだったのか。だとしても、反射神経には少々自信がある!

 10分後。

「参りました」

 ぼくはごく普通な運動靴を履いてプレイしていたのだが、竹中さんの言った通り、映像に合わせて同じポーズを決めていると足がかなり疲れてしまった。清潔感さえ気にしなければ、勝てたな……。

「なぁ飛騨! 今のやつ、もっかいやろうゼ!」

「ええと……。俺は遠慮しておくよ。というかちょっと休憩させて……」

 竹中さんって、あんなに運動神経抜群だったのか。

 そして竹中さんの一人ダンスゲームが終わった後、ぼくはある秘策を思いついた。

「次はなにで勝ってやろうかなぁ?」

 もはや勝つことが前提になっちゃってる彼女だが、ぼくは気にしなかった。

「竹中さん、あれとかどうかな?」

「げ」

 ぼくが指差した場所は、クイズゲームのコーナーだった。今までノリノリだった竹中さんも思わず後ずさりする。

「よし、クイズゲームにしよう!」

「待った!」

「待ったなし!」

 ぼくは半ば強制的に竹中さんを引きずっていった。後ろで、あたかも獣のような悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと空耳だろう。




 07


「学びクイズへようこそ! ボクが2人に色々な問題を出していくから、楽しんで答えてね!」

 画面に映っているかわいらしいキャラクターが簡単にルールを説明し、いよいよクイズが始まった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 隣にいる竹中さんから得体の知れないオーラが出てるんだけど……。今ならベテラン勇者と間違われても不思議ではないような気がした。

「では第1問! 次のことわざに当てはまる言葉を埋めてください!」


 猿も【     】


 どんな難しい問題が出るのかと思えば、ことわざか。答えは簡単。猿も木から落ちるだ。ぼくは難なくパネルに答えを書き込む。

「それでは、答え合わせへいってみよう! まず、和也の答えはこちら!

 猿も【木から落ちる】」

 字は間違えてないっぽいかな、よかった。

「続いて美咲の答えはこちら!

 猿も【毎日バナナは飽き飽きだ】」

 ……。竹中さんはなんでちょっと誇らしげなんだ。

「正解は~、

 猿も【木から落ちる】

 でした! お見事、和也!」

「あー、惜しかったか」

 一体彼女の「惜しい」についての基準はなんなんだろう……。まあ、問題は他にもあるだろうし、あえて突っ込むのはやめておこう。

「さて、第2問! 次の四字熟語に当てはまる言葉を埋めてください!」


 絶対【 】命


 連続で国語系の問題か。それはさておき、簡単な四字熟語だな。中に入る言葉は「絶」しかないだろう。一応隣を見ていると、竹中さんは口を開けっぱなしだった。大丈夫かな……。

「それでは、答え合わせへいってみよう! まず、和也の答えはこちら!

 絶対【絶】命

 続いて美咲の答えはこちら!

 絶対命【令】」

「女王様かよ! しかも文字入れるところ違う……」

 心なしか、パネルのキャラクターも気まずそうな顔をしているように見えた。

「正解は~、

 絶対【絶】命

 でしたー! 連続正解おめでとう和也!」

「なぜ違うんだ……」

 竹中さんは膝をついてうなだれていた。

 その後も竹中さんは、大喜利のような答えを連発しては間違え、結果はぼくの全問正解で終わった。




 08


「どっちも負け! というか2人とも、飛騨くんに変なことしすぎ!」

 ゲームセンター内の個室トイレにて、私は天使と悪魔にお説教を交わしていた。現在頭上にいる2人は、正座の姿勢で申し訳なさそうな顔をしていた。

「あの、美咲? 一応どういうところがダメだったか教えてもらってもいいですか?」

「天使ちゃんは私の体に入っている自覚がなさすぎ! これに関しては悪魔ちゃんもだけど……。1番よくなかったのは、飛騨くんに興味がないって言ったことかな。あれじゃあわたしが余計告白しにくいもん……」

「ごめんなさい……」

「じゃあ俺様は勝ってるというわけだな!」

「負けだから! 悪魔ちゃんは最初ベタベタしすぎだし、ゲームセンターでははしゃぎすぎ。あれじゃあ飛騨くんはついていけないよ」

「なんだと……」

「全く……。過ぎたことだからしょうがないけど、気をつけてね? 今からは、わたしだけの力でなんとかするから」

「「おお……」」

 わたしはトイレを出ると飛騨くんの手を握り、元気よく言った。

「まだ、わたしたちのデートは終わってないよ!」

「え?」




 09


 たどり着いた場所は、清潔感溢れる綺麗な神社だった。時刻は五時半。日も暮れかけているし、最後にちょっと寄る場所としては最適だった。

「うん、いい場所だね」

 飛騨くんが嬉しそうな顔をしていてほっとした。

 しかし私は、重大な問題に気がついた。神社ってなにすればいいんだろう!?

「来たのはいいんだけど、こういう場所って具体的にどんなことをすればいいんだろうね」

 どうやら飛騨くんも同じことを思っていたようだ。

「んー、おみくじとかお祈りとか?」

「まぁそんなもんだよね。とりあえず、おみくじでも引いてみよっか」

「うん」

 私は飛騨くんをおみくじの場所まで案内した。お金を払って、箱の中から1枚紙を取る。

「えーと、中吉か。微妙かなぁ」

「竹中さん、すごくいいね!」

 どうして中吉がそんなにいいんだろう。

「だってさ、中吉はまだ伸びる余地があるってことじゃん? そう考えたら大吉なんかよりも素晴らしいものだよ!」

「なるほど、そういう考え方もできるのか」

「ぼくはちなみに末吉だったよ。リアクションに困る運勢だなぁ」

 そう言いながら飛騨くんは楽しそうに笑っていた。

 続いて私たちは、お賽銭箱のところまでやってきた。

「じゃあ竹中さん、お願い事しよっか」

「うん……」

 5円玉を箱に入れて、2礼2拍手1礼の作法をしたのち、神様へと祈った。

 飛騨くんとまた楽しいデートができますように。

「竹中さんとまた楽しいデートができますように」

「え?」

 驚きのあまり、私は飛騨くんの方を向いていた。

「なんていうか、完全な思い込みかもしれないけど、ゆっくりしていたら先に言われちゃいそうだしね。それに、おみくじの恋愛の部分には、自分から行くべしと書いてあったからさ。あのね……」

 私たちは緊張のあまりゴクリと、唾を飲み込んでいた。

「もう気づいてるかもしれないけどぼく、竹中さんのことが好きだよ。にゃんた丸やゲーム、そういう好きなことに夢中になれるところが好き」

「ううん違うの、それは」

「でもね、なによりもぼくは、ちょっと真面目だけど明るくて元気な竹中さんが好き。一番好きなんだ」

「……」

 飛騨くんが好きなのは、さっき一緒に遊んでいた天使ちゃんや悪魔ちゃんの部分かと思っていた。だから私は、飛騨くんの告白を断ろうとした。

 でも。

 この人は、私の本当の部分をちゃんとわかっていた。本当の私と過ごしていた時間は30分にも満たないというのにそれでも。

 飛騨くんは「私」のことを好きと言ったんだ。

「ええと、やっぱりダメだよね。昼の時、ぼくには気がないって言ってたし」

「そんなことない!」

「……!」

「私も! 前から飛騨くんのこと。ずっと前から好きだったんだよ? 伝えようと思って、恥ずかしくて、戸惑って、悩んでたんだよ?」

 私は呼吸を整え、次の言葉を放つ。

「私も、飛騨くんが好き。今日みたいなデート、これから先もたくさん続けていきたい」

 飛騨くんはしっかり私の目を見て、話を聞いたのち、静かに頷いた。

「じゃあ、これからも」

「はい」

「「よろしくお願いします」」




 10

 デートが終わって飛騨くんとは解散し、私は今、家へ帰ろうとしていた。

「あのさ、今日はありがとう」

 天使と悪魔は黙っていた。

「そりゃあ、迷惑なことはたくさんあったけどね。やってくれたな! って時の方がむしろ多いな。でも、私の為にお手本を見せてくれたわけだし、嬉しかった」

 天使と悪魔は反応しない。

「もしかして、怒ってる? ちょっと言い過ぎたならごめん。でも、感謝しているのは本当なんだよ」

 ここで私は今更ながら、異変に気付いた。

 天使と悪魔がいない。

 おかしいと思い、開いていたケータイをポケットにしまおうとした時、覚えのない感触に当たった。中から出して見てみると、それは1枚の紙切れだった。よく見ると文字が書いてあり、私は黙読してみた。


 美咲がこれを読んでいる頃、わたくし達は既にいなくなっていることでしょう。といっても、死んだわけではありませんから安心してくださいまし。

 今回、俺様達が現れた理由ってのをぶっちゃけるとまぁ、美咲の恋煩いなんだよ。んで、それを手助けするために今回のデートがあったわけ。最終的には、美咲が自力でなんとかしたっぽい感じだけど。

 まぁその……。おめでとう。


「そういうことだったのね」

 わたしは少ししんみりした気持ちになった。あんなにやかましいコンビもいなくなると、寂しいと感じるものなんだな。

「でも、次のデートはどうすればいいか困ってるんだよなぁ」

 そんな軽口を叩いてみると、空から誰かのため息が聞こえたような気がした。

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