3-6 合格の余波

 その日、家に帰ると真智子はまどかに桐朋短大の合格を報告するために電話した。合格の報告をすると、すでに志望の薬大への進学が決まっていたまどかはまるで自分のことのように喜んだ。

「おめでとう!ほんとうによかったね」

「ありがとう。卒業式ももう終わったし、やっと受かったって感じだけどね」

「物凄く心配してたんだからね。真智子は卒業式の後も頑張ってほんと偉いよ。合格の報告でほっとした。ところでさ、修司から真智子に渡したいものがあるから伝えておいてって卒業式の時に言われたんだけど……」

「えっ、何かしら?渡したいものって……」

「卒業祝の色紙。サッカー部のみんなからのメッセージが書いてあるよ。私は卒業式の日にもらったんだけど、真智子は合格してからの方がいいかなって修司が。だから、連絡してあげてね」

「もちろん、修司にも合格の報告はするつもりでいたよ」

「真智子は真部君と上手くいってるから、修司も気兼ねしたりするところもあるんだと思うけど、真智子のことは心配してたよ」

「上手くいってるっていっても、大学は別々だから、今までのようにはいかないし、慎一はご実家のお父さまとのことで、何かとあるみたいで。春休み中は奈良のご実家に一度戻るって言ってた。今、住んでいる叔父さまの家からの引っ越しも考えてるみたいで……」

「……いろいろ大変そうだね」

「まあ、大変なのは慎一なんだけどね」

「とにかく、真智子も合格したんだし、少しぐらいは私のためにも時間を作ってよ」

「そうだね。春休み中はどこか遊びに行こう」


 真智子はまどかと春休み中にふたりで会う約束をして、電話を切り、続いて修司にも電話したが、繋がらなかったので、携帯にメッセージを入れた。


―桐朋短大、無事に合格しました!慎一やまどかが修司が心配してるって言ってたので、時間がある時にでも連絡ください―。


 家族が皆、出かけている誰もいない居間で、ふと気づけば、時計の針は午後の四時をまわったところだった―。久々にひとり取り残されたような気分を味わいながら、真智子は春のあたたかい陽射しに照らされた窓辺でぼんやりと部屋の中を見渡した。アップライト式のピアノがまるで真智子に話しかけてくるように黒々とした威光を放っている―。でもその日、真智子は、受験が終わった後の脱力感で一杯でいつものようにピアノに向かう気分にはなれなかった。ぼんやりと今までのことを思い巡らせているうちに真智子はそのままうとうとと居眠りをしていた―。


 ―携帯電話の着信音が鳴り響く音で真智子ははっと目が覚めた。画面には田村修司と表示されている―。真智子は急いで受信し、電話に出た。

「もしもし、修司?」

「おう、真智子、久しぶり。桐朋短大、合格したんだってな。おめでとう。よかったな」

「うん。なんとかね。やっと受験から解放されたよ」

「そうそう、それで、真智子に渡そうと思っていた物があって……」

「まどかから聞いた。卒業祝の色紙でしょ」

「そう、それで、今からそっちに届けに行ってもいい?それとも日を改めてもいいけど」

窓の外を見渡すと、遠くの空を夕陽が真っ赤に染めている。時計を見ると針は六時半を差したところだ。

「そうね……こっちは母がそろそろ帰ってくる頃だけど……」

真智子が考え込んでいると修司が言った。

「ちょっと急だし、今から行くと夕飯時になるから日を改めるか」

修司がそう言ったところで、玄関の呼び鈴が鳴った。窓越しで確認すると案の定、母だった。

「ごめん、母が帰ってきたみたいだから、後で電話、かけ直すね」

真智子は電話を切って玄関に行くと扉を開けた。


「真智子、合格、おめでとう。念願のところに合格できてよかったね。合格通知と手続き書類をお母さんにも見せてね。明日、手続きしておくからね」

「お母さん、ありがとう。お仏壇のところに置いてあるよ」

母、良子は台所で、買い物袋の食糧を冷蔵庫の中に入れると、仏間のお仏壇の前に座って拝んだ後、合格通知と手続き書類を確認した。

「今日は博も中学時代の友達と遊びに行って、遅くなるみたいだし、お父さんも遅いみたいだから、お祝いは改めてにするからね」

「あ、じゃあ、今日はこれから近くのファミレスで友達と夕飯、食べに行ってもいいかな?そんなに遅くならないように家に戻るから」

「いいわよ。真智子も受験は終わったんだし、春休み中は準備もあるかもしれないけど、のんびりしなさいね」

「じゃあ、そうする。ちょっと準備してくるね」

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