トリプリ!

@ruri-zombi

第1話 小道の導くままに

「え?!応募忘れてた??」

「違うわよ、応募の期間が知らない間に過ぎてたのよー」

洞窟の中を匍匐前進するような受験勉強を乗り越えて、柊めいはずっと憧れていた高校に合格した。その名も虹色学園。その魅力は全寮制の高校であることと、制服がとても可愛いということ。歴史のある校舎に、専属の庭師が毎日手入れをすると噂の庭園。その中にある噴水の前に虹がかかるとき、愛を誓い合った二人は永遠に幸せになると言われている。私もいつか・・・とまでは思わないけれど、そんなジンクスが伝わる雰囲気が素敵だとめいは感じていた。そんな憧れの学園へ、今日はついに引っ越しをする日。

「ど、どういうこと??私学校に通えないの?!」

もう一度確認するけれど虹色学園は全寮制。いかなる場合も寮からの登校が義務付けられている。

「大丈夫よ、女子寮の桃寮の受け付けは終わっちゃってたんだけどね、ちょうど気づいた日に受付してた寮に応募しておいたから!」

そう答えたのはめいの叔母だ。

「ど、どういうこと?女子寮は桃寮しかないはずだけど・・・。」

「さぁ・・・よくわからない!」

語尾にハートか音符が浮いて見える。

「わ、分からないって・・・!」

「どこでもいいじゃないの!憧れてた学園に入学できるんだし。しかも今は“王子様”が4人もいるらしいじゃない!」

「そ、それはそうだけど・・・でも住むところはどこでもよくないよ!」

虹色学園には“王子様”または“王女様”が存在する。もともとお金持ち学校である虹色学園だが、その中でも飛びぬけて家柄がよく、容姿端麗眉目秀麗かつ一定の条件をクリアした人だけが、学校からの特例で一般の寮には住まずに、家からの通学が許可されているらしい。それが通称“王子様”。みんな政治家の息子とか誰でも知っている会社の時期社長候補とかだっていう噂だ。だから王子様と学園生活を過ごしながら将来は自分が結婚相手になりたい思う人たちも少なくない。家から通う特例は、そんな人たちから“王子様”のプライベートを守るためにできたといわれている。

・・・まぁ、一般から入学しためいにとってそれは遠い世界のお話だけれど。

「それに王子様たちは2年生だから1こ上でしょ?授業もかぶらないし寮にも住んでないんだから会うこともないよ。」

膨らませた頬で答えた私に、叔母さんはお腹の底から嬉しそうに笑った。

「あら、せっかく同じ学び舎にいるんだもの。出会いがないなんて言いきれないでしょ?」

「・・・それは、そうだけど・・・

って、話はぐらかしたでしょ!」

「まぁもうこんな時間!早くいかないと遅刻よ!!あ、これその寮への地図だから!さぁ行ってらっしゃい!」

「えぇぇぇえええーーーー?!」

かくして私、柊めいは、自分がこれから3年間どこに住むのかも分からないまま、家を追い出さ・・・もとい飛び出したのだった。



レンガ造りの大きな門を包むように続く桜並木。大きな荷物をもって、期待に胸を膨らませながらその並木道を歩いていく・・・・そんな同級生を横目に、私は手元にある地図を見つめていた。

「みんなまっすぐ行くのに、この地図・・・左に行けって言ってる・・・。

でも・・・左側・・・なんか森っぽいんだけど・・・

本当に合ってるのかな・・・。」

地図が示す通り、桜並木の横には確かに細い脇道があり、その先は新緑の青々とした木々が生い茂っていてよく見えない。

「・・・不安しかない・・・」

涙で目の前の桜がかすんできた。

・・・受験勉強は、同じところをぐるぐると回っているような感覚だった。足は棒のように疲れるのに、前にも上にも進んでいないような感覚。それでもこの学園に入ることを夢見て・・・。

それがいきなりこんなに不安になるなんて・・・。

「あなた、新入生?」

ふと声をかけられた気がして振り返ると、そこには目の見張る美人が立っていた。肌は陶器のように白く、めいを捉えた瞳は零れ落ちそうなほど美しかった。

「ね、新入生よね?寮に行きたいのかしら?」

見とれていた意識が戻される。

「あ、はい!そうなんです!」

「ふふ、そうだと思ったのよね。よかったら案内しますわ。桃寮はこちらよ。」

指されたしなやかな手に流されそうになるが、耳が捉えた情報がめいの足を止めさせた。

「あ、ま、待ってください!」

振り返った瞳はまた一段と大きい。思わず両手ですくいたくなるほどだ。純粋に向けられた優しさに水を差すようで少し憚れたが、めいは事情を話すことにした。

「私の叔母が手続を忘れたみたいで・・・私桃寮には入れなかったんです。」

「桃寮に入れなかった?!どういうこと??まさか男子寮の蒼寮(あおりょう)なわけないですし・・・かといって寮に入らないと入学できないわよね?」

あれ・・・?私が入る寮ってあんまり知られていないのかな??

「は、はい・・・。えっと、確か・・・」

めいは持っていた地図を広げて名前を確認した。

「(う・・・何この名前・・・。不吉なんだけど・・・)

く、黒寮っていうところみたいで・・・」

「?!」

その時めいの耳に、はっきりと彼女の息をのむ声が届いた。

「ぁの・・・?」

美少女をおそるおそるうかがうと、第一印象からはかけ離れた鋭い眼光がめいを貫いた。

「あなた・・・どこからそんな話を・・?」

それはもう驚いているだけの声ではかなった。

「え・・・?」

「新入生であるあなたがなぜそのことを・・・い、いえ、私は黒寮なんて存じません!」

めいですら分かるその動揺は、明らかに尋常ではなかった。しかし急に怒り出したような彼女に弁解したい気持ちが溢れ、めいは言葉をつづけた。

「え、え?でも・・・叔母の手違いで桃寮には入れなくて、たまたま応募していたこの黒寮に勝手に応募されていて・・・」

「いい加減になさい!」

冷たい声に、今度はめいが息をのまざるを得なかった。

美少女は眉間にしわを寄せて声をするどくする。周りを歩く生徒たちからの視線も痛い。

「どこでそんなお話耳に入れたのか存じませんけど、好奇心に任せてその話をするのは愚かですわ!ゆめゆめ注意なされることね!私はこれで失礼します!」

「あ、あの待ってくださ・・・!

い、行っちゃった・・・。」

どうして黒寮って聞いた途端、あんなふうに怒っちゃったんだろ・・・。黒寮って本当、いったい何なの・・・?

不安が心を支配する中、それでもめいは心に決めた。

「・・・悩んでても始まらない!とりあえず行ってみて、間違ってたら引き返そう!よし!」

地図をしっかりと握り直して、スーツケースをガラガラと引き始めた。レンガの小道が導くままに。



「うわぁ・・・っ」

その景色に思わず声を漏らした。小さな森を抜けた先には、洋風なレンガ造りのお屋敷が聳えていたのだ。

「すごい、すごい可愛い!煙突!白枠の窓!玄関までの階段も手すりも、玄関の取っ手も全部可愛い!!

なんの建物だろう?!」

さっきのことなど忘れるくらいに、めいはその屋敷の可愛らしい風貌に酔いしれていた。レンガの色や手すりの細かい彫刻に見とれながら階段を上がると、重厚な木彫りの扉が目の前に現れた。

どんな大きい人も通れそうな高い扉だ。

その横にはレンガに埋め込まれたテレビのようなモニターがある。呼び鈴だろうかと思考がよぎりながら、

そのモニターに触れようとすると

「ぁだっ!!!」

「え?」

額と鼻にはしった鈍い衝撃に、思わずのけぞる。もたれかかろうとした低い手すりにバランスを崩す。

「危ない!」

その時知らない男の人の声と逞しい腕が、めいを抱き留めた。

しかし重力の助けもあって、めいのお尻はどっちりレンガの床にこんにちはすることになった。


「大丈夫??君・・・」

お尻の痛みを確認していると、頭の上から声が降ってきた。

「え、・・・あ、は・・!!」

優しい声に目を開けると、鼻先から数センチの距離に知らない男の人の顔がある。

「ち、ちか!」

一気に顔の温度が2度くらい上がった気がした。

「帝?どうした?」

「うわ帝がまた女の子たらしこんでる!!」

「ばか人聞き悪いこと言うな。ドア開けたらこの子にぶつかっちゃっただけだよ。」

扉の奥からまた二人、男の人が出てきた。

「女の子?大丈夫??」

「は、はい・・・大丈夫です・・・」

抱き留めてくれた人がそっと立たせてくれた。そこで改めて男の人たちの顔を見る。

・・・・なんだろうこの場違い感。ここはアイドル事務所か。

「あれ?君が持ってるの・・入寮案内?」

ころころ表情の変わる人が、めいの手の中にある紙を指さして言った。

「あ、はい・・!あの、黒寮・・・っていう寮を探していて・・・」

こんなに男の人がわらわら居るから、もしかしてここは蒼寮なのかもしれない。とにもかくにも自分の住む場所ではないなと悟った。

返事のような沈黙が返ってくる。

その時、さっきの美少女の声がこだました。

『ゆめゆめ注意なされることね!!』

あんな視線を・・また・・・・・

「・・!」

うかつに黒寮の名前を言ったから・・・!どうしよう、また何か言われる・・!?

覚悟を決めかねていた時、思いもよらぬ響きがめいを包んだ。

「・・そうだよ。ここが黒寮だよ。」

「・・・え?」

ここが・・黒寮・・?じゃあこの人たちは・・・?

「じゃぁ君が今日から入るめいちゃんだね?待ってたよ、俺たちのプリンセス。」

帝はめいの手を恭しくとり、手の甲に唇を近づけた。

大脳を経由することなく手がこわばる。

「俺は東宮帝。よろしくね。」

帝は形のいい唇をめいの手にちゅっとあてた。

「!!!!!」

「おい、いきなり手出すなよ!」

「なにしてんだ帝!」

「先手必勝でしょ?」

「お前な・・・」

めいは声の代わりに顔で沸騰音を響かせた。

「おい、玄関で騒がしいぞお前ら。さっさと中に入れ。」

玄関の奥からさらに身長の高い人が現れる。もうとっくにキャパオーバーだ。

「そうだな。めいちゃん、入って。」

は、はい!と返事をしたくても口がはうはう言うだけで声にはならなかった。

追い討ちをかけるように帝が誘う。

「ようこそ、黒寮へ。」

この時めいは人生で初めて、『洗練された笑顔』というものを見た。

――――――――

「え、えっと、黒寮の方ですか・・・?」

なんだか言ってる方も恥ずかしくなるような質問だが、帝と名乗った高身長の男は柔らかく微笑んで見せた。

「そうだよ。これからよろしくね。」

ということは・・・この人たちが同じ寮生?!

この時のめいにはまだ、彼らと過ごす学園生活を想像できるはずもなかった。


建物の中は、外見から裏切らない景色が広がっていた。落ち着いた色の床は木目調を残し、かつ輝かしくワックスが塗られている。モノトーンのソファがL字に鎮座し、その奥にはカウンターキッチンも見えた。リビングとキッチンを囲うように壁とドアが並ぶが、その上部は麻のような白の漆喰が柔らかく見下ろしていた。左手奥にはめいにとってテレビの中でしか見たことのないらせん階段がそびえたっている。2階の廊下も見上げれば、濃い木目が迎えるでもなく拒むでもなくそこでただ息をしていた。

「じゃあまず自己紹介からな。さっき俺はしちゃったけど。」

悪びれずに帝はぺろっともらす。

「ぬけがけもな。」

小声でツッコミを披露したのは、帝にキスをされたときそのどだまに裏拳をかましてくれた人だ。

「何したんだよお前・・・」

「挨拶だよ、挨拶♪」

キ、キスがあいさつ?!

めいの思考はそこでまた止まる。

こわばった表情を見かねてか、少し日に焦げた髪の彼が体を前に出してきた。

「じゃあ俺いい?2年3組の北大路大翔(きたおおじ ひろと)。・・・サッカー部で・・。よろしくね。」

最後は少し照れくさそうに笑って見せたのが、めいには親近感を沸かせた。

「は、はい!よろしくお願いします!」

少し声のうわずっためいに、まるで舞台役者のようにくすっと笑って見せた人が続ける。

「可愛いねめいちゃん。俺は西ノ宮騎士(にしのみや ないと)よろしく。」

もはや聞き取れている自信がなかったが、あまりの顔面偏差値に言う言葉が見つからなかった。

「よろしくお願いします・・!」

手持無沙汰にスカートのひだを寄せたり離したりしていると、帝が隣にいる短髪の人の顔を覗き込んだ。

「海はしないの?自己紹介。」

その視線を見ることもなく、海は眉間をくっつけたままめいを見てつぶやいた。

「・・・南月 海(なづき かい)。」

「・・・あ、よ、よろしくお願いします。」

さっきといい・・・海先輩は私のこと、あんまり快く思ってないのかな・・・そりゃそうだよね、男の人の中に、私がいたんじゃ・・・。

あれ?・・私以外に、女の人っているのかな・・・

不安が押し寄せためいを見てか、帝が海に肘鉄を入れる。

「こら海!めいちゃん沈んじゃってんじゃん!」

「いて・・・」

「めいちゃん気にしないで。こいつこういうやつだから。」

努めて明るくふるまう帝に、めいは申し訳なさを感じていた。

海先輩は口数少ないんだな・・・怒ってるわけじゃ、ないのかな・・?

「あ!」

しまった、聞き入ってた!

考えるより先に立ち上がっていた。

「私、柊 めいっていいます!これからお世話になります、よろしくお願いします!」

その様子を見た帝はなぜか楽しそうだ。

「うん、よろしくね。」

のど乾かない?と大翔がお茶を出してくれた、全員分のお茶がそろうと、帝がおもむろに両手を組んで話し始める。

「ところでめいちゃん、この寮のこと、どれくらい知ってる?」

寮のこと・・・?どういうことだろう・・・?

「えと・・・名前は、黒寮・・・」

全員の顔を見る余裕などなく、まためいはスカートのひだを数え始めた。

「うん。」

「・・です・・・。」

「・・・え?それだけ?!」

組んでいた手を離した帝に、反射的に言葉が溢れる。

「は、はい・・すみません・・・。」

すると海がやっぱり・・・とソファに首を預けてもらした。

「そうじゃないかと思ったよ。」

お茶に手を伸ばしながら、大翔も続けた。その隣に座っていた騎士がふっと短いため息を漏らした。

「そこから説明しなきゃだね。めいちゃんには知る権利がある。」


窓からとどく優しい光が、テーブルのうえに桜の影をひらひら落とす。どこに置かれているか分からない、壁掛け時計の音がやけに響いて聞こえる。

めいを思いやったような穏やかな声で説明し始めたのは、騎士だった。

「この虹色学園に、いわゆる王子様がいるのは知ってる?」

デジャブな話に首をかしげる。

「・・・はい。お金持ちの方々が追いかけまわされないために特別に家から通える制度のことですよね?」

「なんかその言い方身もふたもないな。」

帝が苦笑いを浮かべる。

「すみません・・・」

「いや実際そんなもんだしね。でもそれはあくまで噂。虹色学園は全寮制の学校だし、こんな人里離れた場所にある。家から通うなんて現実的じゃないよね。」

思わずぱっと顔を上げる。左斜め前にいる騎士と目が合う。

「え?」

その目を待っていたかのように、騎士の瞳はめいをぱきっと捉えて離さない。

「学校側が考慮するに足る理由で、個人の平和な学園生活が保障されない場合に限り、つまり王子・王女様たちは、通常の桃寮・蒼寮から秘密の“黒寮”へと移動することができるんだ。」

「え・・・?黒寮・・・?」

めいの思考回路がプラスチック版で遮られそうになるが、耳からの情報は止まらない。

「でもせっかく寮を移動したのに場所がばれちゃったら、移動した意味がないでしょ?だから一般の生徒には黒寮の場所は秘密、学校以外の人には黒寮の存在自体を秘密にしてるんだよ。」

「なるほど・・・」

癖のように口から出た言葉だったが、騎士の説明は先程の美少女の反応をやっとめいに納得させた。

「ん・・・?」

「めいちゃん鈍いねー」

こらえきれないように口元がゆるゆるなのは帝だ。その様子を海は横目で一瞥した。

「混乱してるんだろ」

ちょっと待って・・・ということは・・・

「そうだね、自分たちで言うのもなんだけど・・・」

鼻の横をほんのり赤らめながら、騎士は喉につまったものを飲み込みながら続きをつぶやいた。

「俺たちがいわゆる“王子様”たちなんだ。」

その時、遮られていた思考回路がばちっと通電した。

こ、この人たちが王子様?!どうりでかっこいいわけだよ!

いや、そうじゃなくて・・!私・・・学校中の憧れと・・・同じ寮に・・・?!

「・・・でも、どうして私なんかが黒寮に・・・?」

その質問には帝が口を開ける。

「めいちゃん、桃寮の応募しなかったでしょ?」

「あ、えっと・・・」

 (叔母さんが応募忘れたからだけど、私も自分でやらなかったのがいけないし・・)

「はい・・・」

「あと俺たち今、婚約者を探してるんだよね。」

きゅっと結んでいた自分の両手を見る。コンマ3秒ほど考えてから、帝の方を見た。

「は・・・い?なんか急に話が飛んだ気がするんですけど・・・」

「繋がってるって。まぁ最後まで聞いて。」

「帝は説明が下手くそだからなー。」

立ち上がった帝を見ながら、大翔はソファに深く座り込んだ。

「下手くそじゃない」

「おい、今は説明をちゃんとしろよ」

まずこの人が王子様っていうところから理解したいんだけど・・・。

「親からそろそろ婚約者を決めろって言われてんの、俺たち。高校卒業までに決めないと、親に勝手に決められちゃうんだよね。」

「な・・・!そんな、ひどいです・・・」

いまどきそんな事あるんだ・・。お金持ちの人たちは本当住む世界が違うんだな・・・。これから一緒に住むのに、・・・やっていけるかな・・。

めいは沈みそうになった気持ちを抑えようと、テーブルの上にあったグラスの水に口をつけた。

「そこでね、めいちゃんに俺たちの婚約者になって欲しいんだ。」

「?!?!」

絶妙なタイミングで水が気管に入り込もうとする。めいはお腹の底からむせた。

「めいちゃん大丈夫?!」

「お前言うタイミング考えろよ」

「あちゃー悪い、そんなに驚くとは思わなくて・・・」

騎士先輩が優しく背中を撫でてくれる。その手の暖かさに、少しだけ気持ちが落ちついた。

「大丈夫?驚かせてごめんね、ゆっくり水飲んで。」

「ぁ、ありがとうございます・・・。」

冷たい水がのどを通り抜けて、早く脈打つ心臓の裏側をそっと撫でた気がした。深呼吸をして、ちらっと帝先輩を見上げる。

「あの・・・ど、どういうことですか・・?」

肩眉を傾けた帝が、屈託のない顔でしれっと述べる。

「んーっと、そのまんまなんだけど・・・。めいちゃんには俺たちが高校にいる間、俺たちの婚約者になって欲しいんだ。」

空気を読んで騎士が補足する。

「正確に言うと婚約者候補ってとこかな?俺たち全員がめいちゃんに惚れてることにする。」

また口が意志に反して重力に負ける。

「・・・は・・・」

ちょっと待って呼吸が出来ない。

「めいちゃん以外考えられない!ってくらいに。高校卒業までに、めいちゃんに誰か一人を選んでもらうってことにして、そしたらその間は俺たちに縁談が持ち込まれても断るのは簡単だし、高校卒業までに婚約者を決める必要もないでしょ?」

なにそれ・・・先輩たちが縁談を断るために、私に婚約者候補のふりをしろってこと?!

「・・・」

少ない脳みそでも、学校の生徒だけではなく、彼らの家やその関係者までもを騙すことになるのだろうと容易に想像できた。

「・・・もちろん断っていい。」

「え?」

「海!」

「当たり前だ。こんなの俺らの都合でしかない。」

開いた膝の上に両腕を乗せて、手を組む。海の目はさっきからめいを見ようとはしない。そんな海の様子をちらりと見たのは、大翔だけではなかった。

「・・・・そうだよ、当て馬になるかもしれないし・・・」

「でもめいちゃん、ここ以外に行くところないよ?」

帝はめいを黒寮に置きたいらしい。

確かに、ここを追い出されたら私・・・虹色学園に通えなくなる・・!

先輩たちの婚約者候補として学園生活を送るか、断って退学になるか・・・。

ぐっと目を閉じると、海はため息と共に話し出した。

「俺たちが口添えすれば桃寮への移動くらい出来るだろ。」

「!」

え、できるの?!

「ほ、本当ですか・・・?」

「そりゃ出来なくはないけどさー。本来なら取り消しだったんだよ?」

「でも俺たち全員が惚れてるって言ったら、学校中の見世物になる。」

「まぁねぇ。俺たちのアピールをなくすためにめいちゃんを婚約者候補にするわけだから、矛先はめいちゃんに行くよね、きっと。」

「それは何度も話し合っただろ?!」

「・・・やっぱり良くないよ、これ。今からでもめいちゃん桃寮に移そうぜ。」

「え・・・でも・・い、いいんですか・・?」

(本当なら、寮の手続忘れた私がいけないのに・・・。それに、一般人の私には分からないけど、先輩たちと家柄とか財産のために結婚したいって言ってくる人を断りながら、婚約者を在籍中に探すなんて・・・大変なんじゃ・・・。)

そう考えを巡らせながら、先輩たちを一人ひとり見ていると、それまで一人反対していた帝がどかっとソファに座り込んだ。

「・・・ま、仕方ないか。いくらなんでも身勝手すぎるもんな、この取引。」

そう言って自嘲気味に笑って見せる。

「社交界と一緒であたりさわりなく断ってれば、あと2年くらいすぐに過ぎるよ。」

ふわりと笑って見せたが、騎士の目はもうめいを捉えてはいなかった。

「せっかくこんな風に喋れためいちゃんと、もう学校では喋れなくなるのは寂しいけどなー。」

茶化すように笑った大翔を、海が表情を変えて怒った。

「おい、やめろそんな言い方。気にするなよ、お前は全部忘れて、楽しい学園生活を満喫しろ。・・・・憧れて、入ったんだろう?」

そうだ、私、この学園に憧れて・・・

「・・はい・・・。私・・・ずっとこの学園に憧れてました・・・。だって、この学園に通う人たちはみんな、幸せそうで、楽しそうで、青春してて・・・

 知らなかったんです、王子様たちが、こんな風に隠れるようにして生活をして、お家のこととか、結婚のこととか考えながら学園生活を送っていたなんて・・・」

なにか余計な事まで口走りそうになるが、言葉が止まらない。

「めいちゃん・・・」

「・・・こんな学校中の誰も知らないような秘密を知ってしまって、今更すべて忘れろなんて、無理です!!!私、この虹色学園に通う人にはみんな幸せであってほしいです!それは先輩たちも同じで、先輩たちにも学園生活を楽しんでほしいです!もし、・・・そのお役に私が立てるのであれば・・!」

苦しくなって息を吸う。その瞬間、4人全員と目が合った気がした。

「私を、黒寮においてください!!!」

スカートのすそをきゅっとつかんだ。その手を見つめるしかない。勝手なことを言っている。分かってる。この学園にいる以上は楽しんでほしいなんて、自分のわがままだ。今日来た人間が言うなんて生意気で思い上がりも甚だしい。でも、どうしても・・・忘れられるはずなんてなかった。

「・・・いいの?めいちゃん」

帝がすっと手を伸ばす。

「本当にいいの?」

覗き込む騎士に、めいは迷わず答えた。

「・・・はい。」

応えたか答えてないかの合間・・・

「ありがとう!めい!!!」

帝がめいの隣に座り思いっきり抱きしめた。

「きゃぁぁああ!!」

反射的に声が飛び出す。

「ありがとうめい!」

騎士が反対側に勢いよく座り、その上にかぶさるように抱きしめてくる。

「ぴぎゃぁあ?!!!」

体が勝手に縮こまる。

「よろしくね、めい!」

正面に回った大翔までがめいの手を握り、微笑んでくる。すべての筋肉が硬直する。

「た、助けてくださ・・・!」

頼みの綱・・!と視線を送った先にいた海は、呆れた顔で帝と騎士と大翔をめいから引き離した。

「海、なにすんだ・・よ・・」

そしてそのままめいの隣に腰を下ろす。

「あの、海せんぱ――」

海はめいの顎を優しくとり、前に向けると頬にキスをした。

「?!」

「あ・・・・」

そして時が止まるような美しい微笑みを浮かべた。

「よろしく、めい。」


こうして私の波乱に満ちた学園生活が、私の精神的疲労と共にやっと幕を開けたのだった。

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