最終話 約束の場所
____________ウワアアァァァァァ!!
『さあ、ロスタイムは4分!雷鳴響く豪雨の中の死闘となったワールドカップ・アジア最終予選最終戦、日本vs韓国のライバル対決は、1対1のまま!』
ピッチを叩きつける様な雨に打たれて目を覚ますと、俺の頭には包帯が巻かれていた…。あれ!?
「ここは!?」
慌てて起き上がると、チームスタッフが心配そうに俺を囲んでいる。
「う~ん、相手選手と
「出る!直ぐ出る!俺は大丈夫だから!」
スタッフの制止を無視し、俺はライン際まで移動して主審にアピールする。
『あっ!相手DFとの接触プレーで治療を行っていた日向大輔がピッチに戻ろうとしてます!』
____________ウオオォォォォォォォ!!
訳が分からない。戻ったのか?記憶が混濁している。…いや、記憶が戻ったんじゃない。ただ、
ピッチを見ると、終生のライバル・香田圭司が俺を見て親指を立てていた。
「頼むぜ、
右足から、再びピッチに入る。やる事は一つ、ただ、点を取るだけだ。
香田と向き合う。そして、俺は拳を突き出した。香田も、その拳に自分の拳を付き合わせる。
それは、
『投入直後の接触プレーで心配された日向大輔でしたが、なんとか大丈夫そうですね!そして今、学生時代からの盟友・香田と拳を突き合わせています!
日向は高校三年の選手権決勝で選手生命が断たれる程の怪我を負いましたが、長いリハビリの結果、奇跡的に復活しました。
しかし、その後の選手生活は決して楽な道ではありませんでした。J2モンテディオ山形に加入したものの、怪我の後遺症からレギュラーを確保する事が出来ず、これまでJ2・J3含め四つのチームを渡り歩いた苦労人です。
しかし、6年振りに復帰したモンテディオ山形でJ2得点王の活躍で山形のJ2優勝とJ1昇格に大きく貢献、その後もJ1で得点を量産し、異例の大抜擢で代表デビューを果しました!
終了間際や劣勢な時ほど存在感を示し、代表デビューとなったサウジアラビア戦でも劇的なゴールを決め、次戦のイラン戦でも途中出場からの決勝ゴール、そして30歳となったこの最終戦もスーパーサブとして投入され、接触プレーでの負傷が心配されましたが再びピッチに入ります!』
あれから…俺はこの日の為に生きて来たんだ。約束を果たす為に。…不思議な事に、タイムスリップ前の記憶も残っているが…。
なんか、改めて考えてみると、ハッキリ言ってプロとして辿って来た道は殆んど一緒だな。これが
リハビリには2年の月日を擁した。復帰後も怪我の後遺症が残り、高校時代まで築いて来た力は大幅に失われていたから、モンテディオと契約出来たのは21歳の時だ。
そして、それからの年月は、怪我をする前の力を取り戻しつつ、新たな成長の為に要した時間だ。そして、それを成せたのは、
去年のJ2リーグ戦から代表戦での活躍は、そんな俺の意地が生んだものだろう。
絶対に
絶対に諦めない気持ちでJ3に生き場を求め、そこで“点を取る”と云う原点に立ち返り、現在があるんだ。
『日向と香田の盟友同志がピッチで何やら話しています。
香田は中学高校とその才能は注目されていましたが、同年代にいた“天才”によって、常にNO2の座に甘んじて来ました。しかし、最後の高校選手権で長年のライバルに初勝利して優勝を果たすと、卒業後直ぐに海外へと挑戦の場を求めると一気に世界的プレイヤーへと登り詰め、今では世界有数の名門クラブ、レアル・マドリードの10番として活躍し、過去にアジア人唯一となる“
日本代表でも長きに渡り絶対エースとしてピッチに君臨する、正に“
そして日向は、小学生の頃から天才の名を欲しい侭にし、その未来を誰もが夢見る逸材でした。しかし、その彼を悲劇が襲いました。選手権決勝で怪我をし、その後復活するまで2年の歳月を費やす事になったのです。
それでも諦めず、努力を積み重ね、苦労しながら漸く本当の意味で復活した日向を、人々は“蘇った
香田はかつて、バロンドール授賞式にて、こんな発言をしました。
「今回、この賞を受賞出来て大変光栄です。ですが、僕の中で世界最高の選手は、今も変わらず“日向大輔”です」と。
10年以上前、誰もが日本代表で並び立つ姿を夢見た二人が、遂に同じピッチに立っているのです!』
「あれから大分経っちまったな…。でも、漸く約束を果たせたぜ」
「何を今更…。ん?まさか…今の接触プレーって?…
「ああ。不思議な事に前の時間軸の記憶まで残ってるがな」
「フッ、それ、その“タイムスリップ前こそが夢だったんだろ”?」
そうだったのか?そう言われれば…感覚的にはそうとも思えるんだが……いや、違う。……でも、今はもう、どうでもいいさ。やるべき事は変わらないんだから。
「ったくぅ、またお前ら二人は喧嘩してんじゃないだろうなぁ?」
「日向、大丈夫か?無茶だけはするなよ!」
「先輩、見せ場っスよ~?日向大輔ここにアリって所、見せてやりましょうよ!」
高橋、権田、内村…そういや皆、日本代表の主力だったな。
「…兎に角、今は一旦休戦だ。日向、絶対に“俺達”で点を獲るぞ」
「ああ、任せとけ」
長年一方的に敵視し、またライバルとして認めあった香田との約束。
そう、今、俺は長年の約束を果たし、香田圭司とチームメートとして同じピッチに立っているんだ!
『さあ、止まない雨の中ロスタイムももう直ぐ4分を迎えようとしています。香田が中盤でボールをキープ!ここからどういう展開につなげていくか?』
香田が一瞬俺を見た!でも、俺の目の前にはスペースが無い。なら、アイツが取る行動は…。
香田がドリブルを開始する。すると、相手DFが少しだけ引っ張られ、俺の目の前に僅かな…ほんの僅かなスペースが出来た!
香田がボールを蹴る。やっぱり来た!
俺はスペースに走り込む。ボールは予想通りの軌道を描いている。敵も狙いに気付き、スペースに走り込んで来ていた。ならば…
…時間が止まった様な気がした。降り注ぐ雨も、鳴り響く歓声も聞こえない。
俺は、ただただ誰よりも早く走る事に、ボールに右足を合わせる事に集中した…………。
足に確かな感触が伝わる。そのままゴールに向かってボールを叩き込む。
ボールは、相手ゴールキーパーの脇の下を通り抜け……ゴールネットを揺らした…。
____________ウウウワアアァァァァァ!!
『ンンングオオオオオオオオオオオーーール!!日本やった!日向が決めた!!価千金!終了間際の千両役者!Mr.ドラマチック!蘇った王様が、大きな大きな勝ち越しゴールを上げました!!』
「どおだあっ!!決めてやったぞ!!!」
ピッチを叩きつける様な雨と共に、スタジアムを揺らす程の地鳴りの様な大歓声が、両手を天に向かって突き上げる
そして、チームメートが次々とやって来て俺に抱きついて来た。こんな事、怪我したばかりの時は考えもしなかった。
『……ここで、試合終了のホイッスル!!日本勝った!!やりました!苦しみながらもワールドカップ本大会出場を決めました!!
決めたのはやっぱりこの人、遅れて来たワンダーボーイ・蘇った王様、日向大輔だああああっ!!!』
仲間たちと喜び合う。
そして、俺は香田とガッチリと拳を突き合わせた。
「…流石だな、日向。正直、俺の本気のスルーパスには“クリロバ”だってたまに反応できないんだぜ?」
「サッカーは才能やフィジカルだけでするもんじゃねえからな。経験と計算とタイミングだ。そして何より…最高のパスが来るって分かってたからな!」
そして、俺は香田と喜びの抱擁を交わす。
約束は果たした。最高の形で。
でも…まだまだ俺達の戦いは終わらない。
「でも香田、今回もまた俺の勝ちだな」
「ああ?何言ってんだ?今回は休戦って言ったろ?」
「明日の新聞の一面は俺だ。お前の先制点なんて、みんなもう忘れてるだろうからな」
「なっ?今回の勝負はノーカンだろうが!?」
「い~や。俺の勝ちだ。お前はいつになったら俺を越えられるんだろうな~?」
ピッチを叩きつける様な雨は、いつの間にか上がっていた。
タイムスリップ…。今思えば、俺は本当にタイムスリップしていたのだろうか?…でも、確かに小学生の頃から以前の記憶があったからなぁ。
でも、この喜びをもたらしてくれたのがタイムスリップの恩恵だとしたら、それは俺にとってかけがえの無い体験だったのかもしれない。
この世界に”天才”なんていない。天才なんて言葉で片づけて自分を正当化するのは確かに楽だ。だが、それは只の言い訳だ。
どんな天才と呼ばれる人達も、人知れず努力をしている。凡人なのに天才と呼ばれた俺が言うんだから間違いない。そして諦めなければ、いつか凡人も天才と“呼ばれる”事が出来るんだ。
俺達の勝負はまだ続いて行く。この調子だと、引退した後も、死ぬまで何かしらで勝負して行きそうだが、まあそれも悪くない。
取り敢えず、ワールドカップ本大会でどちらが
タイムスリップしたストライカー
~能力そのままで過去に戻った俺は、ライバルに勝てるのか? ~
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます