第9話 中学最後の対峙

 会場を多くの観客が埋め尽くす。これは、中学生の都大会決勝レベルでは異例な程で、マスコミも結構来ている。


 その目的は…まぁ俺なんだろうけど、悔しいがイケメンの香田目当ての女性ファンもいるのがムカつく。


 更には、この決勝戦はテレビで生中継されるらしいし、凄い注目度だな。



『さあ、いよいよ全国大会三連覇を狙う、王者・東条学園の都大会決勝が始まります!

 ゲストには、セルヒオ越前さんにお越し頂いてます。セルヒオさん、宜しくお願いします!』


『ヨロシクお願いシマス』



 入場ゲート。一列に並んだ俺達東条と、その隣に並んだ世田谷三中。

 最前列は俺と香田。お互いエースでキャプテンだ。


「…高橋に聞いたぞ。舐めやがって…」


 相変わらず香田は俺を睨んで来る。コイツが案外面白い奴って…絶対嘘だろ?と、高橋を見ると、高橋は苦笑いをしていた。


「事実だろ?悔しかったらプレーで見返せよ」


 因みに、俺が香田を認めてる事は、香田には絶対に伝えるなと高橋には言っている。なんか恥ずかしいし、何より悔しいから。これはタイムスリップ前の感情が影響してるんだろうな。


「三年前の約束を今日果たす。覚悟しとけよ」


「約束?したっけ?…まぁ、お手並み拝見させてもらうよ」


 三年前…、全小の予選決勝で俺に負けた後、俺を倒すって言った事だろう。


 俺だってよーく覚えてるよ。でも、まるで気にして無い素振りを見せた。香田に対しては常に余裕を持って接しているのだ。お前なんか、眼中に無いんだって言わんばかりに。



『さあ、選手入場です!やはり注目は東条学園背番号10番の日向ですか?セルヒオさん』


『そうですネ~。彼は本当に凄いプレイヤーですヨ。日本サッカー界は、彼の様な選手はちゃんと育てないと駄目ですネ』


『そして対する世田谷第三中学校も、背番号10番の香田は、ここまで素晴らしいプレーでチームを引っ張って来ました』


『そうみたいですネ。でもまあ、ワンマンなプレイヤーが一人いるだけのチームは、本当に強いチームには勝てませんヨ。サッカーはチームプレーですかラ』



 両チーム全員がピッチに散る。


 さて…定石通りなら世田三は香田を起点にしてくるだろうが、今の世田三は決して香田のワンマンチームじゃない。


 右サイドハーフの高橋をはじめ、ディフェンスラインは下高井戸キッカーズで俺が鍛え上げた面子が並んでいて、東京都選抜が五人もいるんだ。間違いなく、東京ではウチに次ぐ強豪校だ。



 世田三のキックオフで試合が始まった。


 序盤、香田にパスが出されるものの、あくまで中継役で、ボールを広く回しながら出方を伺ってくる。


 そういえば全小の予選決勝では、香田がキックオフゴールを決めたっけ。実力が下のチームが奇襲を仕掛けるのは珍しい事じゃないし、それが上手く行く事があるのは分かるが、東条ウチはそんなにヤワじゃない。あらゆる奇策にも、瞬時に対応出来るだけの準備をしている。

 世田三がそれを分かってて、敢えて奇襲を仕掛けてこなかったのだとしたら、この試合は予想より難しい試合になるかもしれない。



 右サイド。高橋がボールを持つと、一気にサイドライン上をドリブルで突破しにきた。


 対してはウチのサイドバックは、最悪自陣まで食い込まれても良いが、振り切られず、そして高橋が充分な体制でパスを出させない間合いを取っている。


「流石東条、守備も固い…けど、俺もちょっとは成長したんだぜ!日向ぁ!」


 高橋は、センタリングを上げる…いや、フェイントだ!巧い!一瞬の隙をついてサイドバックを振り切った!…が、既にディフェンス陣はゴール前に揃ってる。

 香田をはじめ、世田三の前線は全てマーク済みだ。


「固い…けど、俺の狙いは…」


 香田がペナルティーエリアで激しくマークを振り払う動きをしている。やはり、香田に合わせるのか?だが、東条ディフェンス陣は香田を徹底マークしてる…


「何っ!?」


 サイドバックを振り切った高橋は、そのままドリブルで中に切り込むと、ペナルティーエリア付近からカーブを掛けた絶妙なシュートを放ったのだ。


 高橋の放ったシュートは、弧を描き、吸い込まれる様にファーサイドのゴールネットを揺らした。



『入ったぁ!ゴール!なんと、先制点は前半5分!世田谷三中!決めたのは6番高橋だ!』


『これは巧い!ドリブルのスピードも早かったケド、シュートも思い切りがあって良かったですネ~!』



 …クソッ、やられた!奇襲は無いと思わせといて、高橋で奇襲を仕掛けて来たか!チーム全体で、キーマンは香田だと云う意識が強すぎたな。


「いえーーい!どうだ!見たかぁー!」


 飛び上がって仲間と喜ぶ高橋。その輪には、笑顔の香田もいた。



「すまん、香田の動きでラインが乱れた」


 センターバックの権田が謝って来た。


「だな。もう一度、世田三の評価を改めよう。奴等は香田のワンマンチームじゃ無い。この都大会最強のチャレンジャーだ」


 全国でもトップクラスのディフェンスラインがいとも簡単には崩された事から、ディフェンス陣はショックを隠せないみたいだけど、まだ慌てる様な時間じゃ無い。



「よし、様子見は終わりだ!そろそろ王者の力を見せ付けてやるぞ!」


「待ってました!じゃあ俺をどんどん使って下さい。向こうのサイドハーフばかりに目立たせるのも癪なんで」


 内村か…。内村もまた、高橋同様右のサイドハーフ。高橋と違うのは、内村も俺と同じく年代別の日本代表に選ばれてると云う事だ。


「分かった。都選抜と日本代表の違いを見せてやれ」


「ラジャー。任せてくださいよ」



 さてと、反撃開始だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る