第3話 どうやら現実らしい

 次の日、目を覚ますと……俺は小学生のままだった。


 どーいう事だよ?本当にタイムスリップ!?



 懐かしい子供の頃の自分部屋。身体も子供の頃のまま。ちょっと待て…。現実なのか?


 ほっぺをつねる。…痛い。


 なんで?なんでだよ?タイムスリップって…夢じゃ無いの!?



 台所に移動すると、母さんが朝食の用意をし、公務員だった父さんがスーツに着替えて新聞を読んでいる。これもまた、懐かしい風景だ。


「おう、おはよう、大輔。昨日お前が寝た後、東条学園の新間さんって人から電話が来たぞ?中学なのにスカウトされるなんて、お前いつの間にそんなにサッカー上手くなったんだ?」


 父さんが驚いた様に話し掛けて来た。


 ウチの両親は、良い意味で放任主義だった為、俺のサッカーにもあまり口出ししなかった。だから、高校卒業後サッカーでプロになるって言った時も、好きにしろと言ってくれたのだ。



「それにしても、お前が来てくれるのなら、学費は勿論、部活の活動費も全て免除してくれるらしいじゃないか。凄い待遇だな。」


 確かに凄い待遇だな。…って、んな事より問題はタイムスリップだ!




 朝食を早めに済ませ、俺は学校の図書館へ来ていた。


 タイムスリップの本…タイムスリップの本…あった。これだな?



《タイムスリップ…。タイムスリップは、タイムトラベルとも呼ばれ、SF文学や映画などのフィクション作品の題材として用いられる表現であり、通常の時間の流れから独立して過去や未来へ移動すること。日本語で時間旅行じかんりょこうとも呼称する他、移動の様態によって「タイムスリップ」「タイムワープ」「タイムリープ」「タイムトリップ」など多様な表現がなされる。》


《タイムトラベルという概念は、科学的な立場からみると様々な問題点が指摘され、実際には今の科学力では実現できないとされている。》



 ……色々小難しい事が書かれているが、結局は現実では起こり得ない現象って事か。いや、現実に俺の身に起こってんだけど!?



 ますます分からない。なんでこんな事になったのか?


 あの日、ワールドカップアジア最終予選最終節、俺はピッチに立っていた。


 そして、コーナーキックのチャンスで……その後、どうなったんだ?そこからの記憶が無い…つーか、その瞬間から後、小学生の頃にタイムスリップしたんだ。



 ちょっと待ってくれ。俺は、苦労して漸く日本代表にまで選ばれたんだぞ!

 まぐれかもしれないけど、代表でも活躍して、そして、漸く長年のライバル(自称)香田と同じピッチに立ったんだ。


 映画なんかだと、主人公は冴えない自分の人生をやり直す為にタイムスリップを有効利用するんだろうが、俺は俺の人生に満足してたんだ。タイムスリップなんか必要としてない位には!




 授業が始まる。正直、サッカー漬けの毎日だったが、一応高校を卒業してるから、流石に授業に着いていけないって事は無かった。


 でもそんな事より、タイムスリップしてしまった事実を受け入れられなくて、頭の中が真っ白になっていた。




 放課後。現実なのか夢なのか、未だに状況を直視出来ない俺に、高橋が声を掛けて来た。


「大輔、今日も直ぐクラブに行くんだろぉ?」


 クラブ?ああ、サッカークラブ・下高井戸キッカーズか。正直、今はそんな気分じゃ無い。


「今日は…休むよ。わりぃ。」


「嘘っ!?サッカー馬鹿のお前がクラブ休むのぉ!?ホント、今日一日様子が変だとは思ってたけど、どーしちゃったんだよぉ?風邪でも引いたのかぁ!?」


 そう言って俺の額に手を置いてくる高橋だったが、そんな高橋に俺は無性に腹が立ってしまった。


「うるせぇなあ!何にも知らないクセに!!」


 衝動的に高橋を突き飛ばしてしまった。


「いってぇ…。何すんだよ!?」


 やった瞬間、まずいと思ったが、謝るに謝れず、俺は逃げるように立ち去ってしまった…。





 陽が暮れる。結局クラブを休んだ俺は、自室に籠ったまま、色んな事がごちゃ混ぜになってボ~っとしていた。


 タイムスリップの事。これからの自分の事。…いや、それ以上に今は、高橋に取ってしまった行動に対する後悔が俺の心の中をグルグルと渦巻いていた。



 高橋はお調子者で、いつでも皆のムードメーカー的役割で、俺とは、小中高と同じチームで汗を流した親友と呼べる存在だった。

 俺がプロ入りした時も、うだつが上がらず燻ってた時も、代表で活躍した時も、変わらず俺を応援してくれていた。


『お前はスゲー奴なんだ。』


 高橋が俺に掛ける口癖の様な言葉。正直、買い被り過ぎだと文句を言った事もあったが、この言葉に救われた事は一度や二度じゃなかったかもしれない。


 そんなアイツに、俺は、自分の虫の居所が悪かっただけなのに、突き飛ばして、怒鳴っちまった。


 もう、自分が嫌になる…。




「大輔~!高橋君が来てるわよ~!」


 一階したから母さんの声が聞こえた。


 高橋?なんだよ…突然過ぎて、どんな顔で会えば良いのか分からないぞ!?


「多分二階に居るから、入っていいわよ。」


「はい、お邪魔しまぁ~す!」


 なっ!?話を進めるなよ!



 高橋が階段を昇る足音が聞こえる。


 …怒ってるかな?それとも、困ってるかな?何にしても俺が悪いんだ。なのに、気を使ってわざわざ来てくれたのかもしれない。


 ドアが開く。


「よう!どうだぁ調子は?」


 高橋は、拍子抜けする程気軽な感じで部屋に入って来た。


「……別に、どこも悪くねーよ。」


 あまりにも平然とした高橋に対して、つい悪びれた態度を取ってしまう。あ~馬鹿だなぁ俺は!



「そっかそっか♪」…と、俺の目の前に座る高橋。


「…何しに来たんだよ?」


「ん?お前がサッカー休むなんて余程の事だからなぁ。それに、なんか怒らせちゃったみたいだし、なんか俺が悪いことしたんなら謝らなきゃと思ってさ。」


 …別に、高橋は何にも悪く無いのに。情けないなぁ、俺。30のオッサンが小学生相手にムキなって。



「高橋…ゴメン!」


 思い切って額を床に擦り付ける。悪い事をしたら謝る。高橋も言ってた事だからな。


「おいおい!どうしたんだよ突然!やっぱどこか悪いのかぁ!?」


「どこも悪くない。さっきは、ちょっとイライラしてて…お前に八つ当たりしちまったんだ。ホント、ごめんなさい!」


「…そっか、良かったぁ~。俺、お前の事を怒らせちゃったのかと思ってさ!」


 心底安心した様に笑みを浮かべる高橋。やっぱりコイツ、良い奴だな。



「じゃあさ、なんでイライラしてたんだよ?俺で良かったら相談してくれよ?相棒だろ?」


 相棒…。確かに高橋とは、親友であると共に、高校三年までフィールドでも相棒だった。



 俺は今、悩んでる。タイムスリップした事に。でも、こんな事言っても、誰が信じる?


「もしかして、昨日のプレイにも関係ある事か?いやぁ、昨日のお前は確かに凄かったけど、お前、あんな巧くなかったよな?」


 一瞬ドキッとする。そりゃそうだ。高橋とはいつも一緒にサッカーやってたんだから、高橋が気付かない訳が無いじゃないか?


 もし、高橋に、俺がタイムスリップして来た事を言ったら、なんて思うだろう?


 信じてもらえないかな?下手すりゃ、頭がおかしくなったのかと思われてしまうかもしれない。でも…これ以上一人で悩むのは…耐えられないかもしれない…。



「…なぁ、高橋。」


「ん?なんだ?」


「お前、“タイムスリップ”って…信じるか?」

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