4.俺はいなくなんねえよ

敵が消えたのを確認し安堵した途端、突然全身の力が抜け、夜安はベビーカーの持ち手に捕まったまましゃがみ込んでしまった。

元通りうるさい蝉の鳴きも聞こえてきて、車や人の気配が姿を現し始める。


「や、やったのか?」

「....そうだな、もうダイジョーブ」


”大丈夫”という割には何処か府に落ちないような表情で遠くを見つめる朝日。

不思議に思い夜安が口を開こうとすればすぐに口角を上げた。


「ま!でも初回にしては良い出来だったんじゃねーの?さすが父ちゃん」

しかしその楽観的過ぎる態度を見て、夜安は持ち手を強く握り締めながら叫んだ。

「....っ、ざけんなよ!」

「わ。ビックリしたぁ」

「何なんだよ!ワケ分かんねえよ!確かに俺はベビーカー使ってあのヤロウぶっ飛ばしたが、何だよあれ、まるで人間じゃねえか、確かに、確かに俺達は助かった、だからって一体何がどうなってて、それに、お前、お前は....!」


父親の威厳とは何なのか。夜安は完全に混乱していた。

「父ちゃん」


「....っ、」


それもその筈で、彼は今何よりも恐れているのであった。

息子を、朝日を、──家族をまた失ってしまうのではないのかと。


「俺はいなくなんねえよ」


下を向いたままの夜安の頭を、朝日がゆっくりと撫でる。

そういえば疲れて項垂れてしまった日なんかはいつもあーたが頭を撫でてくれたなと、夜安はそんなことを思い出した。


「あーた」

「まあでも父ちゃんの言いたいことも分かるぜ。こんなに一気に色んなコト起きたら、そりゃあ混乱するよな」

「....普通ならショックで気失うレベルだろ」

「ハハッ、それは言い過ぎじゃねえの」


そう言って笑うと朝日は夜安を真っ直ぐと見つめる。

息子に気を遣わせるなんて、情けない。


「この頃はたしか、親子を狙う通り魔や犯罪が多発していたはずだよな。実際俺等も狙われたワケだし、勿論父ちゃんの命も危ない」


朝見かけたポスターが夜安の頭の中をよぎった。


「ああ。お前が生まれたばかりの頃は、こんなんじゃなかったんだがな」

「まあだから俺が来たんだけど。簡単に言うとそうだな....未来からのヒーローおでましってやつよ。ここまで分かる?」

「おう、分からねえ」

「ちなみに俺がここにいられるのは一週間の間だけだから」

「お前今無視しやがったな。....と言うか待てよ。一週間?」


夜安は理解の出来ない言葉に眉を動かす。


「ああ。今日は八月一日だろ?だから八日までかな。その間に....母さんを殺した奴を、探し出してブッ倒す」

「そいつなら....さっき倒したじゃねえか」

「アレはただ単に使われてるだけの駒みてえなもんよ」

「駒?」

「そう。駒。言動とか普通じゃなかったろ?アレは誰かに操作されて動いてる証拠だよ」


淡々と話す息子の姿に、夜安はますます混乱した。


「俺達はそんな奴に....家族を殺されたのか」

次から次へと起こる状況に、頭が着いて行かない。


「そうだよ。だからそいつを倒す。父ちゃんのことも守れるしね」

「....母さんの時は、間に合わなかったのか」

「ああ、母さんのことはもう変えられねえんだ。でも、父ちゃんの命はまだ救える」


夜安は頭を抱えそうになりながらも朝日の話を聞き、情報を整理しようとする。

しかし不明点が多すぎるため、中々状況を把握することが出来ない。


「お前は、時間を操ったりするのか?」

「そんなんじゃねえよ。父ちゃん漫画の読みすぎ?ベビーカー症候群能力者は皆、未来に一度だけタイムスリップ出来るんだ。これは基礎みたいなモンかな」

「もっと分かりやすく説明すると」

「は?えー、高級レストラン行く奴は皆テーブルマナー知ってるとか?そんな感じ」


テーブルマナーが出来ていない奴だって高級レストランに足を運ぶ事は可能なのでは。と思ったが敢えて口を挟まず、更に入り込んだ有力な情報に夜安は耳を向けた。


「皆って、他にも能力者がいるのか?」

「興味ねえから知らね!つかそれより腹減った!」


朝日は話に飽きたのか自宅の方を指差して飛び跳ねる。


「いやいや重要だろ!教えろ!」

「あ〜?いるよいるいる!だから早くメシ!」

「テメェ、ざけんなよ!」

「腹減った〜〜!!」


わざと大声で叫ぶ息子。周りの目はとてつもなく痛い。

夜安はいたたまれなくなり、すぐにその場を離れようと立ち上がる。

そしてそれと同時に息子の声を聞いて彼はふと考えた。

現在の朝日はどうしているのだろうか。これが間違いなく息子本人だとしたら、先程までの二歳児の朝日のは一体どうなってしまったのだろうか。

不安になり息子に視線を向ければ、目が合う。


「二歳児の俺なら、今頃向こうで十五年後のあんたと過ごしてるよ」

「は?」

「入れ替わってるだけだよ。それに元々期間は決まってんのよ。本来の俺に支障が出ないようにってな。....ま、だから保育園には実家に帰るから休むとか、適当に話つけといてくれよな。大丈夫だから」


朝日はそう言うととても優しく笑った。


(バカだなお前は。親に気なんか遣ってんじゃねえよ。)


「ったく....ガキがイキがんじゃねえよ....」

「昔の父ちゃんってホンット口悪ィなァ〜?」

「ウッセェ!」


蝉の声が鳴り響く。夕方だというのに、日差しは暑いしで最悪だ。

けれど、悪くない。


夜安は口の端を少しだけ上げ、ベビーカーをゆっくりと押す。

朝日は最後に一度だけ後ろを振り返り、そして眉をひそめた。




───────────────────




「──父さん、どう?」

「見つけました。彼が、冬地夜安です」


蒼色の髪が二つ揺れる。

この時、夜安達は気付いていなかった。


背後から覗く二人の存在に──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る