2.15年後の未来から来たんだ

でも今止まれば、確実に自分達は─、死ぬ。


「ッ、あーた、あーたッ!大丈夫かッ!」

「ぱーぱぁー?」


不思議そうな顔をする息子。

絶対にコイツだけは。せめてコイツだけは助けなければいけない。

何とかしなければ。自分は父親だ。あの男から息子を守れるのは自分だけ、自分だけなのだ。


「 ころ、すの 」


決意したその瞬間、突然耳元声が聞こえた。

朝日の顔を見ていたからか、気が付かなかった。

目線を隣に合わせる。

物凄い形相をしたその男が包丁を大きく振り上げていた。

同時に、男の首で何かがきらりと光る。

そこにあるのはネックレス。そのチェーンに通されているのは、自分の薬指にあるそれと全く同じ指輪─。

血だらけの妻の姿が、脳裏に浮かびあがった。


「ま、さか....テメェ....」

コイツは、この男は、妻を刺したあの通り魔─!


「あ、ああああああああ!!」


許せない。許せるはずがない!

夜安は男に向かって拳を向ける。しかし男は全く怯むこと無く、首を左右に素早い速度で傾けながら、夜安の頭を目掛けて刃先を向けて来た。


「ッ!」

何とか避けることは出来たが、それと同時にベビーカーに座る息子が視界に写った。

もし俺がここで負けたら、あーたまで─!


(朝日の事だけは 死んでも、守る!)


夜安は力を込めて、ベビーカーを思い切り前に進めた。


「ぱーぱぁっ!?」


ベビーカーは前へ前へと一人でに進んで行く。

朝日の不安そうな声が響いた。


「あーたには、絶対に手出しさせねえ!!」


自分は父親なのだ。たった一人の父親なのだ。妻を亡くしたあの日に誓っただろう。


(今度こそ、家族を守るのは自分だ!)


彼の強い意志は恐怖を凌駕し、そのまま拳を進め続けた。

が、男は夜安の右手を容易く掴む。


「ッ!」

「   ころすの」


そしてそのまま刃先は額に向かって素早く突き進んで来た。

─周りの景色が、スローモーションになる。

刃先がほぼ数ミリ程度目の前に来た瞬間、彼は数メートル先に投げ出されたベビーカーに視線を向けた。

息子である朝日の姿は、見当たらない。


そうか、上手く逃げたのか。お前はお散歩だって走るのだって大好きだもんな。俺が時間を稼ぐ内に逃げて──って。待てよ。逃げるってオイ。おかしいだろうよ。まだベビーカーのベルトは外せない筈。ついこの間、やっとベルトを軽く着けられる様になった程度だ。まさか運良く外れて逃げたとでも?そんな。まさか。でも、もしそうだとしたら。


(俺は、お前を助けられたのか。)


それなら 良い。


自分の額に、刃先が触れたのが分かった。ここまで来たらもう助かる術はないだろう。

覚悟を決め、息子の無事だけをひたすら願いながら夜安は目を閉じる。


─しかし次の瞬間、背後から大きな音が聞こえてきた。


「ごロああああッ!!」


夜安が目を開けたのと同時に、男の甲高い声が響く。

そしてその身体は一瞬にして遠くに吹き飛ばされていった。


「....は」


夜安はおそるおそる後ろを振り向く。

ベビーカーが空中でふわふわと揺れており、その隣には、見知らぬ少年の姿があった。


「情けねえな、父ちゃん」


少し先に置かれていた筈のベビーカーが激しく空中で揺れ出し、ぐるりと回転するとこちらに向き直し、物凄いスピードを上げて進み出す。


「な、何だ!?」

「死を選ぶなんてダセェ!」


そして少年は叫ぶと、奇妙な男の身体を指差して叫んだ。


「──第一形態!ラッシュ!」


地面が音を立てて揺れ、ベビーカーは加速し、勢いをつけ突進する!

そしてそれは男の腹部に直撃した!


「ごロォあォぃ──ッ!!」


男の身体は甲高い声を発し、吹き飛んで行った。

夜安は突然の出来事に動揺を隠せずにいた。


(有り得ねえ....一体、何が起こってやがる)


「てかさ、あんなんにヤラれて死ぬとかダサ過ぎて笑えないからな」

「は、あ?」


困惑する夜安を他所に、少年は突然突拍子もない発言をし始めた。


「俺がいなかったら即死だったね。ほんと父ちゃんは....」

「おい、ちょっと待て?話が見えねえぞ。それに俺はお前の父親じゃねえ」


話に着いて行けず夜安は混乱する。そして同時に重要なことに気が付く。


「....あーた....!」

「ん?」


辺りを見渡しても息子の姿は見当たらない。


「おいお前!子供を見なかったか!?」

状況は未だに掴めていないが、今は息子の安全が第一だ。そう遠くへは行っていないはず。

話を聞けば少年はばつが悪そうな顔をした。


「あ〜。うーんとね、父ちゃん。あんたの息子ならここにいるぜ?」

「は?」

「俺だよ。父ちゃん」

「何を....、言っている?」


おそらく高校生ぐらいだろう。その姿はどう見ても二歳児の息子のとは似ても似つかない。


「俺は15年後から来た、朝日だよ。」


じわじわと迫り来る熱さと共に、少年の声が響く。

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