第7話 言葉遣いはむずかしい

お約束通りの秘密の通路。

候補者二人は当たり前すぎる展開にため息をつく。


「ここって皇族の方々が骨休めに使っていたってお家よね、アンナ」

「エリカ、ここまでお約束通りと言うことは、この通路、王宮の外に繋がっているんじゃないかしら。それも貴族街の向こうの城下町に」


 一体どんな骨休めをしていたのか。

 簡単に想像できる。


「まずはこの出入り口の開閉具合を調べましょうよ。両方から開け閉めができるかどうか」

「それと灯の確保ね。皇族が使われていたなら、きっとどこかにそういう仕掛けがあるはずだわ」


 今日はその二つをチェックするだけにする。

 それとこの通路についての書類か何かが残っていないか探す。

 これに一週間ほどかけることにした。

 いては事をし損ずる。

 この諺はこちらでも有効なはずだ。



「いい感じになりましたわね」

「アンナがご実家から取り寄せてくれた肥料のおかげでなかなかの伸び具合だわ」


 隠し通路と並行して二人が始めていたこと。

 それは家庭菜園である。

 本来花壇として使われていた場所は、長い間の放置で草ぼうぼうになっていた。

 それを取り除き耕して、今、少しだが芽が出始めている。


「紫蘇とミントは好き放題生えたわね」

「畑とは別にして正解ね」


 その二つはバイオテロを避けてキッチンで栽培している。

 畑には水菜、小松菜、ルッコラ、生姜、ラディッシュ、サツマイモ、シシトウなどが植えられている。

 収穫はまだまだ先だが、成長が楽しみで毎日世話をしている。

 菜園は家の裏にあるので、宗秩省そうちつしょう総裁の手の者には気づかれていない。


「夢だったのよ、家庭菜園。職業上日焼けすることが出来なかったから、スキーも海水浴もなし。外で遊びたくて、前世の記憶を取り戻してから屋敷の一角で色々と育ててたの」

「すごいわ、アンナ。お豆腐も作れたし、お米はあるし、あたし、なんだか以前より体調がいいのよ。こっちの料理って油と肉がメインだもんね」

「うちの実家ではあまり脂っこいものは出ないわね。でも他のお家ではお肉が多いかしら。お魚にもこってりソースが添えられていることのほうが多いらしいわね。他家から移ってきた司厨員が違いすぎるからびっくりしていたわ」


 ちみちみと雑草を抜く。

 大きな麦わら帽子と手拭をマフラー代わりにして二人で作業をしていく。

 何やってるのかなあ。

 確かお妃教育に来てるんだよねえ。

 授業受けてるだけでいいのかなあ。

 そう思っていたら、その日は突然来た。


 

「はじめまして。エリカノーマですわ。よろしくお願いいたしますわ」

「ごきげんよう。かわいらしいかたね」

「ありがとうございますわ」

「はい、アウト」


 アンナによる礼儀作法のレクチャー。

 本日は言葉遣いだ。


「アンナ先生、どこが悪かったんでしょうか」

「全てです。まず、挨拶はごきげんよう。これ一つ覚えておいて。朝に会ったらごきげんよう。昼に会ってもごきげんよう。夜にあってもごきげんよう」

「・・・さようならは ?」


 おずおずと聞くエリカにアンナは笑顔で応える。


「さようならもごきげんよう。それ以外に覚えなくていいわ。それと、なんにでも『ですわ』をつけたらよい言葉遣いになると思ったら大間違い。エリカノーマと申します、もしくはエリカノーマでございます。よろしくお願いいたします、またはよろしくお願い申し上げます、で」

 

 精華女学院の貴族の皆さんはこういう話し方だったんだけどなあと、エリカは首をひねる。


「あのね、エリカ。貴族は十才になったら男の子は騎士養成学校に行くことが決まっているの。でも女の子はそうじゃない。自宅で家庭教師に教えられるのよ」

「あれ、じゃあ学校に来ていた貴族の女の子たちは ?」


 アンナは言いにくそうに説明する。


「良い家庭教師はそれなりにお給金が高いの。こう言ったらなんだけど、低位貴族では教師になったばかりの十代の女の子くらいしか雇えなかったりするの。それでも雇えるお家はいいわ。それだけのことができないお家が精華女学院に通うのよ。平民はお月謝を払うけど、貴族の子女ならタダだから。来ていたのは子爵や男爵令嬢ばかりだったんじゃない ?」


 そう言われてみればそうだった。

 そしてなんだかみんな偉そうだったなとエリカは思い出す。


「そこよ。金持ち喧嘩せずではないけれど、高位貴族は自分たちを偉い人間だと教えないの。身分のあるわたくしたちはその身分にあった義務を果たさなければいけないのよ。わたくしたちは何かあれば皇帝陛下を、民を守るべきなの。民の働きで生かされているのですもの。感謝を忘れてはいけないのよ。けれど低位貴族の中にはそれが分かっていない者も多いの。身分があるから偉いのではないのよ。その身分に相応しい働き、振舞いをするから敬ってもらえるのだということを忘れてはいけないの」


 アンナの演説にエリカは思わずパチパチと拍手する。

 さすが、学校で下々の者は、なんて言ってる子たちとは違う。


「では続けるわね。ありがとうございますは別にいいの。でも『ありがとうございますわ』はないわよ。一体どこの言葉よ。精華女学院、ちゃんと作法の授業をしているのかしら」

「あー、あたしたち平民は教科の授業しか受けないのよ。礼儀作法とかダンスとか、お茶会の作法とか、そういうのは貴族の人だけなんだよね。だから何を教えてるか知らないの」


 一度宗秩省そうちつしょう総裁に意見しなくてはいけないわねと、アンナはため息をつく。


「もとに戻るわよ。ごきげんようは便利な言葉なんだけど、もう一つ使い勝手のいい言葉を教えておくわね。忘れないで。『恐れ入ります』よ」

「恐れ入ります・・・」


 覚えたわね、とアンナは続ける。


「褒められたときは恐れ入ります。謝るときも恐れ入ります。よろしくて ? ごきげんようと恐れ入りますをきっちり使い分けられれば、貴族社会では勝ったも同然よ」

「・・・難しいわね」


 慣れればこんな簡単なことはないわよ。

 今日から出来るだけ使ってみましょうね、とアンナは言うけれど、エリカは自分が深い闇にまとわりつかれているような気がしてならなかった。

 早くあの秘密の通路を走破したいな。

 あの通路の先には何が待っているのだろう。

 お妃候補としてここにいるのだけれど、アンナと二人、面白い未来しか浮かんでこない。

 早く言葉遣いを覚えて遊ぼう。

 その為なら多少の我慢は・・・。


「いい加減おぼえてちょうだい。恐れ入りますよ。すみませんなんて言わないで !」

「だってつい使っちゃうのよ。許して、アンナ」

わたくしが許しても貴族社会は許さないのよ。さ、やり直しッ !」


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お読みいただきありがとうございます。

次回は一週間以内の更新を目指します。

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