第5話 教師、退場

「待ってください。なぜ私たちが解任されるのですか !」


 宗秩省そうちつしょう総裁の執務室に集められた教師たちは、突然のお役御免に不満の声をあげる。


「候補たちが入宮して六日目。まだお妃教育も始まっていないではありませんか」


 総裁が実に渋い顔で彼らに告げる。


「はっきり言おう。君たちでは彼女たちの教師たり得ないからだ」


 そんなことはないという彼らを止め、総裁は続ける。


「まず、家事担当の君。君は最初の一週間で彼女たちの家事能力を把握するはずだった。そうだね」

「は、はい。しかし彼女たちは私からの提案など無視して掃除を推し進めました。炊事、洗濯、どれをとっても今すぐ王宮侍女として採用して実働部隊として働ける人材です」

 

 なら、もう評価は済んだ。

 これ以上何かする必要はない。

 次に歴史と基礎学問担当の二人。


「君たちが提出した最終到達点。どちらもすでに習得済であることがわかった。家庭教師と精華女学院からの報告だ」

「・・・」

「マナーとダンスについてだが・・・」

「わかっています」


 担当者が総裁の言葉を引き継ぐ。


「シルヴィアンナ嬢のほうが私たちより上です。彼女がもう一人の候補者に教えた方が上達が早いでしょう。それにどちらが皇太子妃になるにしても、教育を通じて共に研鑽した相手なら、末永い友情を育むことができるでしょう」


 それは皇太子妃として立つにあたり、心強い味方となるに違いない。


「感謝する」


 お妃候補最終選考の為に集められた教師は七人。

 そのうちの五人が早々と首になった。

 お気の毒様なことである。



 お妃教育の科目が減った。

 それはすぐに候補の少女たちにも伝えられた。

 残ったのは貴族社会と世界情勢担当。

 さすがにこの二つは未成年の二人には未熟な部分が多々あった。

 そして、皇太子妃候補としてはとても大切な学問でもある。


「でも、ゲームにはいなかったわよね」

「うん、そんな難しい教科はなかったわ。確かマナーとダンス、歴史・・・」


 それと基礎学問、家事の五つ。

 ゲームのキャラクターは全員消えた。

 残った二人は見たことのない人物だ。


「オリジナル以外で出てきた人たちじゃないの ?」

「いいえ、娘に見せられた中にはいなかったわ。でも、イケメンっていう点では一致しているわね」


 アンナは残った二人の外見を思い起こして言う。

 

「ねえ、そろそろ次の段階に行くころだと思うのよ。エリカ、今はどんな状況だと思う ?」

「アンナ、もうゲームの範疇から逸脱しているわ。この先はあたしたちのオリジナル・ストーリーだと思っていいんじゃないかしら」


 オリジナルからのリメイク版では、教師役と恋愛関係になってのドロップアウトがメインだった。

 だが、二人は思う。

 なんでこいつらと恋愛関係にならなくちゃいけないんだ ?


「思うにね、これってハニートラップじゃないかしら」

「アンナもそう思う ?」

「思うわよ。娘の話を聞いていると、二人いる候補者のどちらかを外すためにあるんじゃないかと思ったわ」


 各教科のポイントが上がるとデートイベントやらが起こる。

 そうやって皇太子妃への道を潰していき、最後は真実の愛を見つけて二人で王宮を去るのだそうだ。


 バカじゃない ?


 だって皇太子妃になれなくても、最後まで残っていればそれなりに報酬なり未来なりが約束されているというのに、無一文で放り出されるのよ。

 二人の気持ちがしっかりしているなら、結果が出てから辞退なりすればいいんじゃない ?

 王宮辞した後、相手の男に捨てられる未来しか思い浮かばない。

 

「イケメン配して一人に絞ろうって、見え見えね」

「でも、正直あたし、あの二人って好みじゃないのよ」

「大丈夫、わたくしもだから」

 

 とりあえずあのイレギュラーな教師二人からは知識だけを搾り取って、それ以外では疎遠にすること決定。

 臭い物には蓋をするに限る。

 


 ついに自由に過ごせる日が来た。


「第一回、こっちにはない物作ります大会開催しまーす」

「アンナ先生、お願いしまーす」

「本日のメニューは【塩麴しおこうじ』です。ではエリカさん、このツボにお塩とこうじを入れてくださーい」

「はい、先生。まずこうじ百グラムに塩三十グラム・・・」

「違います !」

 

 アンナがエリカの手をピシっと叩いた。


「どこでそんなレシピになったか分かりませんが、ただしくはこうじ10に対して塩3です」

「だから百グラムに三十グラム・・・」

こうじしょうに塩三ごうでお願いします」


 重量比ではなくて体積比。

 わかりにくかったら、こうじ・百グラムに対して塩・六十グラムと覚えてくださいね。


「あたしの知っている塩麴しおこうじじゃないわ」

「そっちこそわたくしの知ってる塩麴しおこうじじゃないわよ」

 

 アンナが覚えたのは秋田でただ一軒塩麴を作っていたお宅のレシピなんだから間違いはない。

 もう現世をのぞけば二十年近くその分量で作ってきたのだ。


「その前に、よくこうじなんてあったわね。これ、どこから ?」

わたくしの田舎よ。言っておくけれど、お味噌も納豆もふつうにあるわ」

「なにそれ ! じゃあ、まさかと思うけどお米とか梅干しとかはどう ?! 」

「楽勝であるわよぉ。もち米もあるし、お醤油もわさびもあるわ」

「どんな田舎よ !」


 シルヴィアンナの田舎は、領の一部が海なので、潮の関係なのか、遥か昔から大陸からの移住者が多いという。

 彼らが持ち込んだ食事などが郷土食として伝えられてきている。


「領都は内陸だから、お魚っていうと川魚になるわね。塩漬けにしたり燻製にしたりして、冬の間の保存食よ。だから和食なら大抵のものはあるわよ。今回はニガリも取り寄せておいたから、今度はお豆腐をつくりましょうね」

「アンナ・・・あたし、皇太子妃になれなくても、一生あなたについていくわ。お願い、どうぞ和食を食べさせてっ !」

「まーかーせーてー。鰹節はないけれど、昆布出汁ならいけるわよ。わたくしが選ばれたらフォロー、お願いね」


 アンナ、ここ数日で言葉遣いが雑になっている。

 そして次期皇太子妃は二人の中ではアンナ一択らしい。


「これ、あれね。こうじと塩の分量は決まってるけど、水は適当でいいのね」

「季節とかこうじにもよるからね。ヒタヒタって覚えておけばオッケー」

「どれくらいで使えるようになるかしら」

「二週間くらいかしら。できたら早速お野菜つけましょうね」

「あー、楽しみっ !」


 明日からお妃教育が始まるというのに、元主婦たちの頭の中は食べ物で埋まっていた。


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お読みいただきありがとうございます。

不定期更新です。

次回は一週間以内に更新します。

よろしくお願いします。

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