第4話 地下室、攻略

 この屋敷で掃除を始めて四日目。

 自炊にも慣れた。

 正直最初の二日間に提供されたものより美味しいものをいただいている。

 何しろ作り立ての温かい物ばかりだ。

 力はみなぎっている。

 そしていよいよ一番の難関、地下室の掃除に取り掛かろうとしている。


「ついにここが最後ね」

「て言うか、良いのかな、ここ掃除して」


 二人の前にはわざとらしい場所に置かれている収納棚。

 もう見るからに何かを隠しているとしか見えない。


「どうする ? 動かしてみる ?」

「うーん、これも採点のうちの一つかしら」


 これを見つけられるかどうか。

 見つけられたら高得点。

 そうでなかったら減点。


「でもねえ、これ、しばらく動かした様子が見えないのよね」

「確かに。ねえ、エリカ。もしかしてあの人たちって気づいていないのではないかしら、これに」


 宝の隠し場所かもしれないし、秘密の通路かもしれない。

 暗い地下室だ。

 単に汚い部屋としてしか認知していないのかも。

 そう考えた二人は・・・。


「これを調べるのはお掃除期間が終わってからにしましょう」

「あの人たちのチェックが終わってからで十分ね」


 その怪しい棚にせっせせっせと予備のお掃除用具を並べていく。

 両隣には使用していないバケツやたらい

 しっかりと隠蔽工作を行う。


「棚の周囲をチョークで囲っておきましょう」

「そうね。動かしたらわかるようにね。それと棚の中の物の配置図を記録しておきましょうよ。動かされてもわかるように」


 皇太子妃候補の選別はどうでもいい。

 今は自分たちに課せられた試練に向き合う時だ。

 汚れがあれば落とすのだ。

 散らかっていれば片付けるのだ。

 元日本の主婦をなめるな。

 これは戦争だ。

 決して負けるわけにはいかない。

 少女たちは大人の思惑とまるっきり違う方向にやりがいを見つけていた。



「どうかね、候補たちは」


 宗秩省そうちつしょう総裁執務室。

 教師役の青年たちが報告に訪れている。


「すでに屋敷はほぼ完ぺきに片付けられています。残すは地下室だけです」

「地下室か。ついにあそこまで来たか・・・」


 総裁は感慨深げに目を閉じる。


「地下室に何かあるのですか。その、特別な罠とか」

「いや、何もないよ。ただね」

「ただ ?」


 青年の一人が訊ねる。


「あの屋敷が最後に使われたのは二十年近く前。それ以前もかなり長い間放置されていた。部屋自体は年に一度は大掃除されていたが、地下室はね」

「・・・手つかずでしたね」


 あまりの汚さに足を踏み入れるのも躊躇された。

 だから屋敷の掃除と言っても地下室がそのままでも減点にはしない。

 そういう予定だったのだが、あの二人は勇敢にもそこに着手しようとしている。

 お手並み拝見というところか。


「終わるまで見に行かなくても大丈夫ですかね」

「ああ、君たちも入りたくはないだろう。勝手に綺麗にしてくれるんだ。おまかせしようじゃないか」


 随分あとになってから、なぜあの時確認に行かなかったのか、いや、なぜ一歩でも地下室に足を踏み入れなかったのかと後悔することになるのだが、今の彼らはあのばぱっちい場所に行かなくてすむことを喜んでいた。

 汚れ仕事を女の子に押しつけた最低ヤロー共なのでしかたがない。

 

 ◎


 二人は戸惑っていた。

 埃は全て除去した。

 床だってピカピカだ。

 拭くべきところは拭き、掃くべきところは掃いた。

 邪魔なものは処分し、地下室は今、これまでにないくらい清潔になっている。

 にも関わらず・・・。


「盲点だったわねえ」

「本当よ。まさかこんなことになってるなんて」


 地下室の壁はカビだらけのまま。

 床は泥だらけのまま。

 そりゃそうだ。


「トリック・アートとは思わなかったわ」 

「何としてもこの地下室には入れさせないという強い意志を感じるわね」 


 壁や床にご丁寧に書きこまれたカビや泥。

 どうりで拭いても磨いても取れないはずだ。

 そのリアルすぎる様子に、新米侍女なら震えあがってしまうだろう。

 だからこそ今まで手付かずで放置されていたに違いない。


「と、なると、これをどう報告するかね」

「まさか馬鹿正直に言うつもりじゃないわよね」

「そんなつまらないこと、しないわよ」


 だって、これは、自分たちが見つけた宝物なんだから。


 後日総帥には地下室について

「カビと泥汚れは取り除くのが不可能であり、床の一部に板を置き、棚を補充用の掃除用具置き場として使いたい」

 との報告が届いた。

 総帥閣下はまあ、そんなものだろうとペタンと了承のハンコを押す。

 そして少女たちが快哉の笑みを浮かべたのにはきづかなかった。

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