第36話 ずっと、向こうに
「あっ!月形君、良い所に!」
「なんですか?課長」
話を聞くと、隣の課のモブ山Bが上司に退職の相談をしたそうだ。
「そうなんスか…」
「で、ちょっとトナリの課長から相談されちゃって」
正直言って、辞められてしまうのは残念だが、良い大人なんだから本人が決めた進退に口を挟んでも、とは思う。
「で、さ。月形君、ちょっと思いとどまるように、説得してもらえないかな~?」
「えぇ?!」
「確か、仲良かったでしょ?」
「それは、ちょっと異世界の話をしたくらいで…」
「そう、その異世界!なんかねぇ、異世界に行くから仕事を辞めたいんだって」
「??!」
「…って訳でな。話だけ聞かせてもらえるかい?モブ山B」
「…俺は…異世界に転生するんです!」
課長が耳にした理由と言うのは、本当だったようだ。
しかし、コイツは元々異世界行きを趣味にしていなかったか?
「今も、行ってるんだろ?異世界」
「そういうんじゃないです。俺は、ずっと、向こうに…」
片道切符か!
それはまずい。それはつまり、この世界から消えるという事だ。
「本気で、いってるのか?」
「俺、俺、異世界でずっと俺tueeeチーレムしてキャッキャウフフして過ごしたいんです!」
「おまっ…」
正直、気持ちはわかる。
何をしても都合よく話が転がり、誰も彼もが惜しみなく称賛してくれ、あらゆる一切にストレスを感じない異世界。
辛い事ばかりのこの世界とは大違いだ。
しかし、異世界の気分の良さも、この現実世界あっての事だ。
「…なあ、モブ山B。異世界っていってもな、そんな良い事ばかりじゃないぞ?」
「この世界よりは…マシです…」
モブ山Bについては、別に悪い噂は聞かない。
仕事は調子が良いはずだし、人間関係の問題も聞かない。
この世界に居場所が無いどころか、女子人気だってむしろ良い方だ。
おそらく、五月病か、軽いピーターパンシンドロームだろう。
長く仕事をしていれば、誰だってそれくらいはあるものだ。
「片道切符で異世界行ってもさ、それが望んだ世界じゃなかったらどうするんだ?」
「…チート能力が…あります…」
「それも、ハズレ能力だったら?」
「…」
「俺みたいに、仕事で毎日異世界行ってるとわかるんだ。ハズレ能力ハズレ世界ハズレヒロインだって、山ほどあるよ?」
「…土人知能の異世界人に、ドヤ顔します…」
「モノに転生しちゃったらどうするんだ?」
「別に!魔剣でも聖剣でも!持ち主はエロカワビキニアーマーと相場が決まっています!」
「剣でも弓でも、なんなら盾でも鎧でもいいよ。でもな、ただの革のブーツとかだったら?それも、持ち主がオッサンの」
「…」
「嫌だろう?」
「な。もうすこし、様子をみたらどうだ?今までみたいに休日にちょっと異世界行ってみてさ」
「…はい」
「今度、一緒に異世界行こうぜ」
「月形さんと?」
「取って置きの、めっちゃドヤ顔できるチート能力、わけてやっからさ?」
「…はい!」
取り合えずは、思い直してくれたようだ。
「…という訳で、一旦は、大丈夫だと思います」
「さ~すが月形君!ワタシも隣の課長に鼻が高いよお~」
…コイツ、異世界転生しねぇかな。片道で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます