第07話 暁を前に語らう
履きなれた運動靴の蝶々結びを解いて、紐を緩めてから足を入れる。それからしっかりと引っ張って、今度はきつく靴紐を締める。
それで、もう一度。
少し、少しだけ、眠い。
気を抜くと思わずふわあ、と欠伸が出てくる。それに呼応するみたいに、右耳のイヤーカフからジジッとノイズ音が走った。
「『あー、あー、テステス。――おや、ナナミ君。まだ眠そうだね?』」
イヤーカフを通して聞こえてくる、
「『もうひと眠りするなら、目覚まし時計になろうか?』」
「……有難い申し出ですけど、謹んでお断りしますよ」
「『だよね。そう言うと思ったよ』」
ふふ、と
遠隔地における連絡用にと貰った、白い花のイヤーカフ。
耳飾りが
「……朝から元気ですね」
「『朝、というか夜――丑の時が過ぎたくらいの夜中だね』」
目の前の玄関扉の向こうは、夜闇の街が広がっている。
最後に見たデジタル時計の表示は、午前三時
「昔だったら……なんだっけ。こういう時間帯を、
なんて言ってみたけれど。つまるところ、皆が寝静まっている夜中には違いない。こうして話すだけでも、小さく囁くくらいの声で、静けさを乱さないように細心の注意を払って。
「『詳しいね、確かにそうだとも。……日本語ならではの美しさだね。予想でしかないけれど、他の言語とは違った観点で、自然を見ていたことに起因するんじゃないかな』」
「そう、ですね」
靴紐の結びなおしが両足とも終わった。立って、ぐーっと縦に伸びてから、身体を左右に倒して筋肉をほぐす。
「……でも長くなりそうな話は、また後で。ゆっくりしません?」
「『……そっか。うん、構わないよ』」
僕の提案に、少し思案したような沈黙。それでも深く問わずに肯定をするのが、なんとも
「『ナナミ君がそれを望むなら。そうだね、終わった後にまた時間を設けることにしよう』」
「よろしくお願いします。……楽しみにしてますね」
足首を回したりしつつ、思う。
ちゃんと、笑えているだろうか。見えないこの世界の結末の先を、ちゃんと願っている振りができているだろうか。
できていれば、いい。
「『ああ、楽しみにしていてほしいな。私もうんと奮発して、美味しい茶葉と美味しいお菓子を用意するからね!』」
「そりゃ楽しみですね。というか、そんなにも自ら評価のハードルを上げていきますか」
「『そうだね。……だってそうでもしないと、ほら、ね?』」
君は今にも、泣いてしまいそうじゃないか。
「……覗き見ですか。悪趣味ですね?」
だから、ではないけど、そんな言葉しか返せなかった。だって、僕と
「『だって、自称探偵だからね』」
「だから……はー、もう。自慢することじゃないと思いますよ、ソレ」
いつかみたく自信満々といった声音。キメ顔で言っている姿がありありと目に浮かぶ。
「『それについては、これからも無言を貫いていく所存だけれど……』」
といいつつ今回は返答しているのはどういうつもりなのか尋ねてみたくはある。
「『私は、そっちの顔のナナミ君の方が好きだよ』」
「……はあ」
こうやって唐突に褒められると、いや褒めてないのかもしれないけど、上手い返しが見つからなくなる。
こういう時は、何と返すのが自然だっけか。
「『
「悪戯を仕掛け後の……なんです?」
「『いや? ……笑顔の方が、ってね』」
「褒められた、と思うんですけど。何でこんなにも嬉しくないでしょうね」
「『うーん、何故だろうね。そういう年頃なのかもしれないなあ』」
(これだから顔面偏差値が高めの優男は……!!)
握った拳に
隣に居なくてよかった。もし居たとすると、寝惚け半分で自制か利かなくて、
「『さてと。
なんだ、足止めをしていた訳じゃなかったのか。僕が眠たいのも、頭が回ってないことも予想済みでの対応、ね。
(これだから、
「ぐっどもーにんぐ、です、
「『じゃあ、……そろそろ行くかい?』」
息を吸って、吐いて。
それから頬をぐにーっと引っ張って無理やり笑顔を作った。
「はい。付き合ってくれますか、
「『勿論だとも』」
宵闇の中向かう目的地は、
ふと、振り返って家の中を見る。
寝静まり、人の気配のない廊下。普段の喧騒が家出した部屋。もう
「……
それでも、確かめたい事がある。だから。
「いってきます」
静かに家の扉を開けて、夜の街へ出た。
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