第14話 あり◇れた外出
鍵を閉めて、トントンと靴のズレを直す。
晴れ、
ざあっと通り過ぎる風が、少し水っぽい空気の匂いを運んでくる。
車のモーター音。カッコウの音。ピヨピヨピヨ。
こつこつと足音。自転車の車輪が回る音。チリンチリン。
雲に日が隠れると、陽射しの暑さが和らぐ。
身体を動かしたいな、とは思ったけれど……、あっつい中で急にガッツリ運動したらまた熱中症になりそうだな。こうやって歩くだけでも
となると、何処まで行くか、か。
(そういえば、……最近図書館に行ってないな)
冷暖房完備。湿度もコントロールされているあの場所は、まさに夏と冬のオアシス。近場でもなく、そこまで遠い場所にあるって程でもないから、丁度良い運動になるだろうし……。
(行くしかないだろう、これは)
行き先が決まれば、あとは気の向くままに歩くのみ。
(……着いた)
意外と、疲れなかった。暑さで汗はかいたけれど、なんていうか丁度良い疲労具合、って感覚だ。これはパルクールの練習にしなくて正解だったっぽいな。
自動ドアを潜ると、冷たい空気がお出迎え。
「涼し……!!」
冷暖房完備。やはりオアシスに違いない。
独特の、本の乾いた香り。何処かよそよそしさのある、落ち着いた空気感。それでいてどこか心に寄り添うような温かみを感じるから、図書館は不思議だ。
チビッ子が数人で、絵本コーナーへと駆けていく。
とりあえず向かうのは、やっぱり展示コーナー。今回の司書さんのオススメ本は……っと、お、
動物図鑑、魚図鑑に植物図鑑、乗り物図鑑。その他にも大人向けなのか、ピンポイントで題材を扱ってる図鑑――
(これだけ並ぶと壮観だな)
図鑑って知りたがりなチビッ子が読んでいるイメージが強いけど、結構大人でも楽しめそうな、ニッチな分野の図鑑もあるんだな。初めて知った……。
こういう思わぬ出会いがあるから図書館は良いんだよな。辞典とか図鑑みたいな、普段
折角だし、一冊借りてくか。
「何、図鑑借りるの?」
「っ!!」
反射でビクッと身体が飛び上がる。バクバクとする心臓を落ちつけながら、呼吸を
「やほー、
「……コ、
ご満悦、って顔で何よりだ。知り合いがいるだなんて思ってもみない、本当にビックリした。図書館で叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
「はー……、心臓に悪い」
「ごめんごめんー。ちょっと、
「ソウデスカ」
幸太の悪戯好きは筋金入りだな、全く。僕と
「何してたんだ?」
「僕は借りてた本を返しにきたんだー。七海んは?」
「身体を動かしがてら歩いてきたから、涼もうと思って。ついでに、何か本借りよっかなーと」
展示コーナーを前に、自然と小声で話す。
「そっかー。それで図鑑見てたんだね。何か気になる
「猫図鑑」
「……たんだね。好きだねー、猫」
ついつい食い気味に返してしまった。犬も好きだけど猫派。まあ強いて言うなら動物全般は基本的に好きだけど。でも、今回はあまり身近に無いジャンルに挑戦してみたいと思う。
「だけど、今回はこれかな」
「どれ?」
正面に表紙が見やすいように展示されているその横。ブックエンドによって背表紙がずらりと並ぶ中から、惹きつけられた一冊を取り出す。
「ほー、花図鑑?」
「そう。花って色々種類あるけど、あんまり深く考えたこと無いなって思って」
色とりどりの花が描かれた、花図鑑。よく『イツツ杜』で運動するけれど、季節ごとに植えられてる花が綺麗なんだよな。でも、ヒマワリとかバラみたいな有名な
「花言葉とかねー、色々あるって聞くよね。女子はそーゆーの好きなのかな」
「さあな。それは分からないけど、知ってて損はないかなと」
まあ、受験勉強とかやることは色々あるけれど、ちょっとの寄り道ぐらいなら大丈夫だろう。息抜きも大事だし。
「図鑑かー。僕も何か借りて帰ろっかなー……」
「んー、紅茶図鑑とか。後はそうだな……、蝶図鑑とかはどうよ。昆虫とか好きだったろ?」
「そだよー、うーん蝶図鑑か……迷うなあ。どうしよ」
「ま、色々あるみたいだし、手に取って見てみたら? 僕はコレ借りてくるよ」
「ほーい、いってらー」
間延びした声、もう既に視線は展示コーナーの本へ向けられている。司は本好きのイメージが強いけれど、幸太がこんなに読書家なのは知らなかったなー。
受付カウンターはちょっと混んでるな。やっぱ夏休みだし、使ってる人が多いみたいだ。先に貸し出しカード出しておこう。
「次の方どうぞー」
「あ、はい!」
「こんにちは。……貸し出しですか、返却ですか?」
「貸し出しでお願いします」
「こちら一冊でよろしいでしょうか?」
「はい」
「それでは、貸し出しカードの提示をお願い致します」
「はい、お願いします」
「お預かりします」
手際よく、司書さんがバーコードリーダーを通していく。
「カードをお返ししますね。こちら、返却期限は八月三十日です」
「わかりました、有難うございます」
本を受け取って、最後のページに挟まれた貸し出し記録を見る。夏休みが終わる前に返却するって覚えておかなきゃな。
「次の方、どうぞー」
本を鞄の端っこに折れ曲がったりしないようそっと入れる。
展示コーナーを見ると、まだ迷ってるみたいだな。幸太は図鑑を手に取っては眺め、手に取っては眺め、というのを繰り返していた。
「ただいま、終わったぞ」
「んー……」
「どうだ、何か気になる
「気になるのはいくつかあるんだけど……、イマイチ、ピンとこないんだよね」
「ま、そんなときってあるよな」
どうにも本に惹かれない、っていうメンタルの時もあるからな。読書は楽しむものであって無理して読むものじゃない。
「だねー。今日は借りるのやめとこー」
手に取っていた犬図鑑を丁寧に元の場所に戻すと、幸太はズレてきていた鞄の位置を直す。
「七海んはこれからどーすんの?」
「そうだな……」
腕時計を見ると、十時になるちょっと前くらいか。昼ごはんにするには少し早いな。
「もう少し御影を歩き回りながら、昼ご飯の場所を探すかな」
「あ、お昼は外で食べるんだ」
まだお腹も空いてないし。鈍った身体をもう少し動かしておきたい。
「そっちはどーすんだ?」
「僕? これから家に帰るけど……昼ご飯食べるなら大通りの方だよね?」
「そーだな」
大通りの界隈の方が、飲食店が多いからな。行きつけの店も何軒かあるし。確か幸太の家は、どちらかというと大通りの近くだっけか。
「じゃ、途中までお
「そか。もう図書館は良いのか?」
「大丈夫だよー。ほら、行こ行こ!」
とか言いながら、一人でさっさと先を歩いて行ってしまう。マイペースなところとか、学校と普段であんまり変わらないんだな、
もう涼しい空気とはおさらばかー。短い休憩だったな。
(……出るとしますかあ)
自由に歩く背中を見失わないように、急いで自動ドアを
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