探偵見習いは魔術師の夢をみるか

蟬時雨あさぎ

出会い

第01話 胡散臭いアルバイト募集


 先生に曰く。

 それは、寂れた路地裏。神社の木漏れ日の中。夕暮れのトンネル。

 神秘なるモノは、至る所に存在するらしい。

 らしい、というのも、僕は一度たりとも見たことが無い。

 何が神秘だ、何が魔術だ。僕からしたら、そんなものは社会に出てから役に立つことも無いのに。


 それにもかかわらず、魔術学は必修科目。

 魔術行使の実技テストは、特異体質が邪魔をして零点になってしまう。必然的にもう一つの筆記テストで満点けっかを出さなければならない、一番嫌いな授業。


 魔術師の素質がない僕には、魔術学なんてのは雑学のようなもの。実用性が無く、ただ知っているだけの知識。無用の長物に他ならない。

 それでも、やっぱり昔は夢を見たものだ。


(――お伽噺とぎばなしに出てくるように魔術を使う事が出来たら、なんて)


 でも、嫌と言うほど壊滅的に才能が無いことを小学校半ばから中高と計九年間程突き付けられ続ければ、そんな憧憬どうけいも崩れてしまうもので。


「……七海ナナミ君」

「ふぁっ!?」


 思っていたよりも近くで威厳の孕んだ声がして、驚く。振り向くと、魔道具屋の店主が手元を覗き込むようにして立っていた。ただでさえがっしりとした体つきなのに、いかつい面立ちをも持つ店主。


「すいません、気が付かなくて……!」


 それに加えて、僕よりも一回りも二回りも大きい。

 気が付かなかった僕が悪いんだけど、正直なところ、背筋が凍った。悪い人じゃない、むしろ仕事熱心で加えて僕のことを気に掛けてくれている優しい人。それは理解わかっているが、……どうにも迫力がある。


「……目当ての物は見つかったか」

「いえ、……まだ、です……」


 強面な顔でじっと見られていると、なんというか。

 ぶっちゃけると要件を言いにくい。


「……あの、模擬戦闘に使う武具で、剣型のものはありませんか? 今まで使用していたワンド型の魔道具が壊れてしまったので」

「……待っていろ」


 僕の言葉にただそれだけ返すと、店主は様々な魔道具が並んだ棚を掻き分けるようにして店の奥へと消えていった。

 眼鏡型の魔道具を棚に戻して眺める。こうして魔道具に頼らなければ、魔術学の模擬戦闘で酷く負傷してしまう。基本的に未成年の魔道具の取り扱いは禁止されている。魔術学の先生の口利きもあって、僕は特例として扱わせてもらっているが……無ければどうなっていることやら。

 全く、何故必修科目なのか。何故免除してもらえないのか。はなはだ疑問だ。

 溜息をついたところで、低い声が響く。


「七海君。此方こちらへ」

「はい!」


 声は店のカウンターの方からか。狭いところでは剣を取り扱うのが危険だから? ま、何はともあれ。所狭しと並ぶ魔道具の棚の合間を縫うようにしてカウンターへと向かう。


「お待たせしました、すみません」

「……気にするな。とりあえず、君に合いそうな長剣だ」


 そう言うと、手袋を着けた手で店主は持っていた剣をカウンターにゆっくりと置いた。そして、――あ、魔道具スイッチが入った。


「長剣型のフルーレだ。フェンシングに使われている剣だな。レイピアに似ているが、レイピアよりもよく、一般的な長剣の中では軽い部類に入る」


 基本的には寡黙な店主。だが、魔道具についてとなると話は別だ。恐ろしく饒舌じょうぜつになる。まあ、そのお蔭でそれぞれの魔道具についてよく知ることが出来るのだけど。

 僕に新たに用意した手袋を手渡すと、店主は静かに鞘から刀身を抜く。確かに、よく見るフェンシングの剣そのもの。


「このように刀身が細いのが特徴だ。軽くなるように設計されている分、フルーレは斬る、突くなどの攻撃には向いていない。魔術陣が刻むのが難しい故、素材自体に反魔力の術式を掛けてある」

「そうなんですか」


 手袋を着け終えると、店主がフルーレを縦にして柄の部分を手に向けて差し出してきた。僕は慎重に右手で柄を握る。思っていたよりも軽い。


「しかし、魔術式を壊すには十分だろうし、素早い動きを得意とする君の戦闘スタイルにも合うことだろう」


 軽く店主が僕の右手に手を添えて少し左右に揺らすと、剣先がゆらゆらと。想像していたよりも柔軟な動きをするな。


「ただ、その性質上慣れるまで思い通りに振るのが難しい。慣れてしまえば杖よりもリーチが長く、相手から距離を取って戦うことができる」

「それって……どれくらいで慣れることができますかね?」


 自分でも軽く左右に振ってみるが、確かにその感触にがある。風の切る感覚や遠心力のかかり方が、杖のような硬く変形しにくい物と全く違う。ちょっと違和感。


「個人差があるが……そうだな。七海君は武術の体得が得意だと聞く。早く見積もって三週間といったところか」

「三週間……ですか」


 丁寧に店主へとフルーレを返すと、鞘に納められる。僕の呟きを聞き取ってか、その目が少し見開いて。


「そうだな、新学期が始まる前の体得は難しい。……気が付かなくて済まん」

「あ、や、いえ! 僕の都合で振り回しちゃって……」


 すみません。そう僕が言うと、ふっと珍しく店主の表情が和らぐ。そして、フルーレを手に取るともう一度店の奥へと消えていく。その後待つこと一分程。


「では、此れはどうだ」


 今度店主が持ってきたのは、焦げ茶色の鞘に収まった短い剣。無言で手渡され、僕は落とさぬように慎重に受け取る。


「あ、軽い……」


 丁寧に鞘から刀身を抜くと、鈍色に光る。その刃の中心には、くっきりと魔術陣が刻み込まれていた。


「短剣型で、両刃のダガーだ。これは反魔力術式の陣を刻んである。先程のフルーレによりも軽く、癖もないので扱いやすいだろう」


 前使っていたのより少し重いくらい。これなら扱いやすそうだ。握ったときのちからの入れ方に若干の違和感があるけれどまぁ、これ位はじきに慣れるだろう誤差程度のものかな。


「長さは以前使っていた杖よりも少し長い程度か。基本的には杖と同じように扱う事ができるので新たに慣れる必要性はない。フルーレとは違い、杖の性能に加えて斬る、突くといった攻撃が可能だ」


 鞘にもう一度納めて、取り出してみる。刀身を様々な方向から見てみる。何度か握りなおして、手に馴染みそうかを確かめる。

 じいっと向けられる、どうだね、と尋ねるような視線に、僕は笑って言った。


「このダガーを頂きます」

「……毎度あり」


 今回買ったのはダガーひとつだけ。それでも魔道具を買うのは、実のところあまり安い買い物ではない。けれど、学生割引が適用されるのと貯金を切り崩すことで何とかなっているのが現状だ。


「そういえば」

「……どうかしました?」

「先日、アルバイトの募集の張り紙をさせてくれと男が置いていったビラがあるが、……要るか?」


 間髪入れずに頷く。

 お金は何かと入用だからな。普段の生活にしろ、魔道具を買うにしろ、あって損はない。そんな僕の状況を知ってか、店主はたまにこうしてアルバイトの情報を流してくれる。ぶっちゃけ、とても有難い。


「貰ってしまっていいのですか?」

「ああ。張らないし、必要ない。押し付けられた様なものだからな。突き返してくれると此方こちらも有難い」


 ま、大方おおかた店主が黙って見ている間に、押し付けて置いていってしまったんだろうな。何となくだけど、その光景が目に浮かぶ。


「授業、気をつけてな」

「はい。有難うございました」


 一つの包みと折りたたまれた紙を受け取って、軽く挨拶をして魔道具屋を後にした。ドアベルの音を皮切りに、むわっとした夏独特の暑い空気が僕にまとわりつく。

 盂蘭盆会うらぼんえになっても暑さはまだまだ衰えることがない。雲ひとつない晴天、昼下がりだからより強い陽射しが燦々さんさんと降り注ぐ。


「あっついな……」


 手で日陰を目元に作りながら、清々しい青空を仰いだ。そういえば、貰ったアルバイト募集ってなんだろ。包みを背負い鞄に仕舞って紙だけを手に持って歩き出す。

 丁寧に折りたたまれた紙。本当に見かけによらない店主だ。破らないように気を付けて開くと、目に入ったのは大きく書かれた『アルバイト大募集!』の文字。読み進めると思わず立ち止まり、雑踏の中で真顔になってしまう。


『アルバイト大募集! 先着一名のみ、仕事内容は雑務! 給料も弾むよ♪』


 店主も張りたがらない訳だ。こんな謳い文句を書くとか胡散臭すぎる。アルバイトの募集元は……っと。


月花つきはな、探偵事務所?)


 それっぽい所、この街にあったか? いや、最近できたからこそ、アルバイトを募集しているのか。地図を見ると、魔道具屋からそこまで遠くない立地。

 ズボンのポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭う。


(行ってみっか)


 ハンカチを仕舞って、また歩き始める。向かう先は、月花探偵事務所だ。

 ただ、興味が湧いた。探偵事務所のアルバイト募集なんてそうそうあることじゃない。本当に楽で安全で手っ取り早くお金を稼げるなら、願ったり叶ったりだ。危険だと感じたらこのビラを突き返しにきた、とでも言えばいい。後は僕自身の力で逃げ切れることを信じるとしよう。


 ものの五分程で探偵事務所に辿り着いた。だけど、思わず目を疑い、チラシの地図と辺りを見比べる。


(本当に探偵事務所か? ……随分と趣のある建物だな)


 西洋風の煉瓦造れんがづくりの一軒家は、周囲のビル群とは全く違う雰囲気を醸し出していて。それにも拘らず、周囲を歩く人々は気に留めていないみたいだった。軒先に吊り下げられたお洒落な丸い看板に『Slueth探偵』と書いてあるってことは、間違いないんだろう。


 インターホンを鳴らす。

 リンゴーン、とこれまた西洋風のベルの音が聞こえる。


 ガチャリと開かれた目の前の一軒家の扉から、青年が顔を出した。


「やあ、お客さんかな? いらっしゃい」


 外国の、人だった。流暢な日本語を話しているが、確実に日本人じゃない。整った面立ちに青い瞳。そして、特徴的なのは髪。日本ではあまり見られない亜麻色に加えて、腰に届くほどその髪はとても長い。

 不自然な髪の長さでも違和感が無いのは、端正な顔立ちだからか。やや腹が立つ。


「月花探偵事務所は、此方こちらでしょうか?」

「うん、そうだよ」


 そして、なんだか毒気を抜かれるような、ほんわかとした優男やさおとこだった。


「……まぁ、外は暑いし。とりあえず中に入ってもらってから話を聞こうか」


 おいで、と手招きする青年。言われるがまま、とりあえず従って家へと入る。

 中に入ると、ひんやりとした空気が火照った身体に心地良い。通されたのは応接間。座り心地の良さそうなソファが二脚、向かい合わせに置かれており、間にはローテーブル。そこには、コースター上に輪切りレモンが浮かんだアイスティー二人分と、お茶受けが既に用意されていた。


「さ、どうぞ座って」

「有難うございます」


 席を促され、僕はソファに座って荷物を隣に降ろした。向き合う形で青年が座る。


「私がこの月花探偵事務所の所長、シェルシャリードだよ」


 気軽にシエルと呼んでね。と、にっこりと笑みを浮かべてシェルシャリード――シエルさんは告げた。


「僕は、成瀬ナルセ七海ナナミです」

「ナナミ君か。まあ一つ、よろしくね」


 ふわっと笑みを浮かべたシエルさんは若く見える。けれど探偵事務所の所長ならば、そうでもないということなんだろうか?


「さてと。本題に入ろうかな、君は此処へ何をしに――」


 そう言いかけて、彼は口をつぐんだ。今までのほんわかとした笑みを浮かべていた顔とは一転、じっと僕を見る青い瞳は、真剣そのものだ。

 突然のことに困惑して、きょとんと目を丸くして見る。


「どうか、しましたか?」


 首を傾げると、シエルさんは淡々と告げる。


「……ナナミ君。君は――魔術を使うことって、できているかい?」

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