恋の紡ぎ方
ゆめ猫
第1話 神様がくれた時間
花曇りの昼下がり桜並木に集まる人々。
足音、笑い声、話し声全てが風に靡く桜の花に透過される。
僕は1人ベンチに座り、あえてその喧騒の中に身を投じた。
静かな場所では自分の規則正しい呼吸音に飲まれそうだからだ。
悲しいのか苦しいのか辛いのか、自分でも分からない感情が指の先まで流れ広がる。
2年と2ヶ月僕達は付き合った。
それが短いのか長いのかは分からないが、確かに彼女は僕の元を離れてしまった。
心に残ったのは彼女との思い出。
彼女の仕草、彼女が伝えてくれたステキな言葉達、彼女と出かけた場所、一緒に笑いあった日々。
それだけ…そうだ…それだけだった。
僕達は同じ大学で知り合い惹かれあった。
入学式では出会えなかったものの同じ経済学部という事もあり、授業で顔を合わせることが多かった。
僕は正直奥手だ。
彼女もわりと好意的だと思いながらも、隣の席で話したりお昼を共にしたり、大学内での友達という関係が長く続いた。
しかし大学2年の後期。
事件は起こった。
今考えると見かねた神様のシャレたイベントだったのかも知れない。
同じ経済学部の同級生の青年が彼女に声をかけて来た。
僕は通りすがりに見つけ、咄嗟に木陰に身を隠し様子をうかがった。
「
彼女は首を傾げたまま何も言わなかった。
「
青年は爽やかにそう言うと頭を下げた。
中々の好青年で顔もスタイルも良かった。僕はその青年と同じように固唾を呑んで彼女を見つめた。
長い、長く感じる…。
やがて彼女は意を決したように一歩前に足を運び
「ごめんなさい!」
そう言うと深々と頭を下げた。
顔を歪ませ呆気に取られた青年。
影に隠れながら安堵する僕。
だが次の彼女の言葉にまた緊張が走った。
「私、好きな人がいるんです。だから…」
彼女はそう言うと恥じらいながら下を向いた。
「分かりました!正直に言ってくれてありがとう。その人と幸せになって下さい!」
青年はそう言うと小走りでその場を去って行った。彼女はまだ申し訳なさそうに立ちすくんでいた。
そして僕もまたその場を離れることができないでいた。
「猫ちゃん!」
勇気を振り絞って僕は通りかかったように彼女に近ずいた。今のことは知らなかったように…。
だが、僕の頭の中では彼女が発した「好きな人」がグルグル回っている。
知りたい!聞きたい!
一体誰が好きなのか。
「森くん…」
彼女はまださっきの事を引きづっているのか、僕にも申し訳ないような顔でそう言った。
「どうしたの?何かあった?」
白々しいにもほどがある。
だが彼女から聞きたかった。
どうしても聞きたかった。
「うん、ちょっとねっ」
彼女は振り払うように元気に明るくそう言いはなった。
いや…、聞きたかったのに…。
聞きたい!
「猫ちゃん、外にランチ行かない?午後からは授業ないしさっ」
「あ、行きたい!」
彼女の目が急に輝いた。
「ねぇ、僕?僕が好きなの?」
聞きたい言葉を飲み込み2人で車に乗り込んだ。
彼女と行きたい店は予め準備していたため、店を探す必要はなかった。
今日は彼女の好きなインド料理屋に向かうことにした。
初めてのドライブ。
彼女も僕も緊張し、ぎこちない会話が車内を包んだ。
店に着いても2人の会話は弾まなかった。
それどころか無言の空気も流れた。
好きな人が誰なのか聞きたい衝動を抑えるため、余計に会話は途切れてしまう。
初めて大学ではなく外に連れ出したというのに、本当に不甲斐ない。
店を出て車に乗り込んだが、さてどうしよう。
このまま帰す訳にはいかない。
僕は近くにある大きな公園【虹色の丘】に車を走らせた。
彼女は何も言わず、車を走らせる僕の顔をチラチラ見ながらも何も聞かなかった。
少なくとも信用はされているようだ。
程なくして公園に着き、2人は無言のまま植物庭園の方に歩いた。
静かな庭園の中を歩き、ベンチを見つけたのでそこに座った。
彼女もとなりに座り
「森君?何か今日の森君変だよ?」
足で砂を蹴りながら下を向いたままそう言った。
このままではまずい…。
仕方なく、キャンパスで青年が声をかけていたのを見てしまった事を告げた。
正直に言った方がいい、その方が僕らしい。
彼女はちょっと驚いた顔をしたが、舌をペロッと出して笑った。
「そうなんだ~」
「それで…それでさっ」
ん~、なんと言えばいいのやら。
「それで?」
ここが正念場だ。
振られてもいい。そうだよ、振られても自分にも正直になって気持ちを伝えたい!
「僕はずっと前から猫ちゃんが好きだった。だから、好きな人がいるって聞いて怖かったんだ」
「森君……ありがとう。やっと言ってくれたね……」
彼女の目から涙がぽろぽろと流れ落ちるのを、僕は綺麗な夕焼けを見ているかのように見つめた。
そしてそっと抱き寄せた。
彼女は嫌がる事はなく額を僕の胸に押し付け涙を拭った。
「好きな人って僕なの?それで間違いないの?」
こんな状況でも念を押す自分に嫌気がさすが、どうしても言葉で聞かなくては信じられなかった。
「私もずっと好きだったよ」
彼女は僕の目をしっかりと見て、そう告げた。
頬に流れた涙がキラキラと輝き、少しはにかんだような笑顔が美しかった。
僕は彼女の長い髪をかきあげそっとキスをした。
彼女は笑顔でまた僕の胸に顔を埋めた。
神様がくれた幸せな時間が優しく流れた。
もう離さない、離したくない!
そう強く思ったのに……。
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