Chess & Chase

Nico

序 章(昭和五十九年)

 チェスが得意だと言うと、たいていの人は納得する。それは僕が物静かで、孤独を愛するタイプだと思われているからだ。それは間違いではないと自分でも思う。けれど、僕が物静かで孤独を愛するからチェスが好きになったというのは事実とは違う。正確には、チェスを好きになった僕は、物静かになり孤独を愛するようになった。チェスが、僕を変えたのだ。


 僕がチェスと出会ったのは、夏休みに青函連絡船に乗って函館の祖父母の家に遊びに行った時だった。祖母と母親が夕食の準備に取りかかり、父親がテレビで野球を見始めると、僕は手持ち無沙汰になった。そんな僕を見た祖父が、二階の押し入れの奥から大きくて重そうな箱を抱えてやってきた。


和成かずなり、チェスって知ってっか?」

「外国の将棋みたいなやつでしょ?」

「まぁ、そんなところだ」

 祖父がゆっくりと箱の蓋を外すと、中からこげ茶と白のマス目が交互に並んだチェス盤が現れた。黒と白の様々な形をした駒がとてもかっこよく見えた。祖父がルールを説明してくれるのを聞きながら、僕は急に大人になった気がしていた。


「これをお前にやるっけ、大切にすんだぞ」


 それからというもの、僕は暇さえあればチェス盤の上で駒を動かしていた。自分のほかにチェスができる人間を知らなかったから、いつも一人で二役をやっていた。

 休みの日には、チェス盤と駒を大きな布製の鞄に入れて出かけた。チェスができるか訊いて回るよりも手っ取り早かったからだ。まれに「それは何だ?」と訊いてくる人間がいて、そのうちの何人かは「面白そうだからやらせてくれ」と言ったが、その全員がナイトを指して「これが桂馬か?」と尋ねてきた。




 昭和五十九年。僕が十三歳の時の話だ。

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