第7話 4月30日

 凛さんと私は近くのショッピングモールで服を買った。お洒落着を買えと凛さんが騒ぐので、私は白いレースのワンピースを買った。凛さんが買った紺のAラインワンピースは、凛さんの髪の色によく似合っていた。

 「ねぇ下着も買いましょう」

 下着屋の前で立ち止まる凛さんの提案を私は当然却下した。

 「買いませんよ、下着姿で海水浴でもするつもりですか」

 「それいいね、全然思いつかなかった」

 「良くないです」

 ついに凛さんが平成最後であることを武器にして、下着を買うことがどれだけ理にかなっているかを語り始めたので、私が折れた。もちろん、下着姿では海水浴をしないことを条件に。凛さんの先導で下着を買い、下着屋から出るともう12時を回っていた。お昼時だ。

 「凛さん、お昼でも食べませんか。ちょっとおなかすきました」

 「うーん、そうだね。海に行く前に食べちゃおうか」

 凛さんはそう言って少し悩んだ。

 「パスタとか好き?」

 「好きですよ」

 「私がよく通ってるところあるんだ、いつも空いてるし、行こ」

 「GWに空いてるっていささか不安ですけど……わかりました」


 凛さんが連れていってくれたのは、昭和の雰囲気を残した喫茶店だった。カウンター席があって、テーブル席は二つだけの小さな喫茶店。マスターらしき人は髭を生やしたダンディなおじさんで、なるほどいかにも昔ながらの喫茶店といった具合だ。

 「お久しぶりです」

 凛さんがマスターに向かってお辞儀をすると、マスターは何も言わずにっこりとほほ笑んで返した。

 「初めまして、みのりです」

 私があいさつすると、やはりマスターはほほ笑んだ。ちょっとなんか怖いなこの人。

 「マスターが喋っているところは私も見たこと無いよ」

 私の心を読んだかのように凛さんが言う。しゃべらないで接客業なんて無理だろう。道理でGWにもかかわらず空いているわけだ。

 「みのり、この店はコーヒーとナポリタンとケーキしかないの。ナポリンタンでいい?」

 なんだかこだわりが強そうな感じ。さすがにお昼ご飯にケーキを食べる気分ではないので私は、ナポリタンで大丈夫です、と凛さんに返した。

 「ナポリタンふたつくださいな」

 マスターはやはりほほ笑んで、厨房のほうへ向かった。

 「すごく不思議な喫茶店ですね。凛さんはどうしてここの常連さんなんですか?」

 「うーん、いろいろあって」

 どことなく言いづらそうな雰囲気の凛さん。ちょっとまずいこと聞いたかな、と私は視線をそらして奥でいそいそと準備をするマスターを眺めた。マスターがピーマンを切り終わる頃に、凛さんは再び話し出した。

 「好きだった人がよく連れてきてくれたんだ。確か2年近く前かな」

 「じゃあ、思い出の場所なんですね」

 「うん」

 凛さんはちょっと笑ってうなずいた。多分、凛さんはその人と何かがあったんだろうし、凛さんはまだその人のことが好きなんだと思う。凛さんの表情にはそう窺わせるものがあった。私はそのことに関して深く問いただせるほど凛さんと親しくはない。きっとこれから先も、凛さんが何を抱えているのかを知ることはないだろう。マスターは玉ねぎとピーマンとベーコンを炒めている。

 「いいにおい」

 「本当ですね」

マスターの持つトングが、鍋のパスタをフライパンに移した。好きな人と来た大事な場所に私のことを連れてきてくれた凛さんの気持ちを思って、私は凛さんに自分からいろいろ聞くべきだったのかもしれない、と少し後悔した。今さらだ。もうすぐパスタは出来上がる。

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