第17話 ツバキと僕。
「ツバキだったのか...」
「やっと思い出してくれた~?」
やれやれといった顔でナオトのほうを見た後、どちらの目も瞼と瞼がくっつきそうなくらいに目を細め口角ををきれいに上げきって晴れやかな笑顔を作ったツバキ。
「いやぁ.....ツバキが変わりすぎなんだと思うけどなぁ」
「髪型が変わったくらいで気づかれなくなるとか悲しすぎるんですけど!!」
ツバキとは高校時代に3年間すべて同じクラスで、事あるごとに縁があった。しょっちゅう二人で趣味や日常で起こった些細な出来事について語り合ったり、時にはお互いの苦手科目を補うために勉強を教えあったり、悩み事の相談なんかもしていた。もちろん恋の話も。簡潔にまとめるとするならば、『友達以上、恋人未満』というやつである。
それほどまでに仲が良かったツバキのことを全く気が付けないでいたのには理由があった。ツバキは高校時代、今とは似ても似つかないほどキレイな黒い髪をしていて、髪型も髪の先端が顎に付くか付かないかほどの長さでまっすぐと伸びたショートだった。ポニーテールをしているところなんて見たこともない。
さらに、あの頃は眼鏡もかけていた。大きな黒縁の眼鏡で、今ではオシャレだともてはやされる様な代物になったものの当時はその大きなレンズやフレームを散々いじられた。そのツバキの象徴でもあった二つの特徴が跡形もなく消え失せているのだ。さすがのナオトもこれには苦戦するのも納得がいく。
そして何より一番の変化と言えば、ツバキが普通に人と話せている点だ。ここがツバキだと判断させなかった一番の要因だろう。ナオトと二人だけの時こそ今のように豪快に話せたものの、親しくもない人間と話す際のツバキは極度の人見知りだった。人に話しかけられればたちまち身構えガチガチになり、できる会話と言えば、「あ、はい」「えっと....」「ごめんなさい」程度の言葉を使いまわすことぐらいしかできなかった。それが今となってはどうだ。クラスメイトのように顔ぐらいは知っている相手ですらそんな有り様だった女が、初対面のお客さんに元気よく営業スマイルを振りまき相手の注文を尋ねているではないか。これではどうしたってツバキであってもツバキではない。
「髪型以外にも変わりすぎてるところがあると思うんですが....」
「ああ、メガネ?」
「お前わざと言ってるだろ」
「あはは~、さすがナオトよくわかってる」
ナオトとツバキが話している最中にも、人形のようにピクリとも動かなかったヒロトであったがこのまま黙っていても終わりが来なさそうな雰囲気だったので、抱きしめられた大勢のままツバキの耳元で言葉を発した。
「ねえ、僕おなかがすいてるんだけど」
ヒロトの言葉を聞いたツバキは急にスイッチが入ったかのように『ナオトの友人』から『タイ焼き屋のお姉さん』に切り替わった。
「待っててね!今新しいの作り直すから!!」
ヒロトから離れると今度は勢いよく車の中に駆け込んでいく。電源を落としてからそう経っていない鉄板はまだ熱を残していたので、生地が焼けるようになるのもすぐだった。ナオトが今日最初に目にしたときよりもさらに楽しそうにタイ焼きを作り始めるツバキ。やはりこの楽しそうな雰囲気はあの頃の二人でいたときのツバキと変わりない。
「なんか懐かしい感じはしてたんだけど、一応本能ではお前だってわかってたのかもな」
「都合のいいこと言おうとしてるようですけどそんなの聞こえませんよ~」
ツバキは少しだけ前に押し出して分厚く見せた下唇でいじけたよう顔を作り出している。あの頃に戻ったような他愛もないこの空間が二人には何よりも心地よく感じられた。
そんな二人の世界を気にすることなく自分の興味を引く鉄板の上をのぞき込もうと背伸びをしているヒロト。だがしかし、十分と言っていいほどの高さには足りていない。
「おお?そんなにこのタイ焼きたちが気になるかね?ならナオトに肩車してもらうといいよ」
「いやいや、肩車なんかしたら今度は屋根で見えなくなっちゃうでしょ」
「あんたが肩車しながら膝立ちすればいいじゃない」
「過酷な労働をさらっと強いてくるこのお姉さんはどうかしてる!!」
「相変わらずの語彙力とツッコミだね~」
ナオトのツッコミをきいてまた楽しそうにしているツバキ。そんなツバキの姿に魅せられてナオトも自然と動き出す。
「よしヒロト!兄ちゃんの肩に乗るがいい!」
車体に手をついてしゃがんだナオトにのそのそと乗りあがるヒロト。
「兄ちゃんも立っていいよ。一歩下がってくれれば僕も見えるし」
「おお!ヒロトは天才だなあ!」
「別に普通だと思うけど」
ナオトが登りきったことを確認したナオトは、
「よし!じゃあいくぞ!!」
そう言ってゆっくりと立ち上がる。そしてヒロトは、ナオトの上から見た目の前に広がる見たことのない光景に目を奪われる。
「どうだい?おいしそうだろ?」
ツバキの問いかけに黙って首を縦に振るヒロト。先ほどはふてぶてしいといわれていた幼稚園児が年相応の誰が見ても心を奪われるような愛くるしい仕草を垣間見せる。
「そうかいそうかい!もうすぐ出来上がるから待ってるんだよ!」
鉄板の上で焼かれているタイは三匹。どれも黒っぽい紫色のあんこを腸にするようだ。
「ツバキ、これじゃ一匹多くないか?」
「二人が食べてるのをあたしだけお預けされながら見守らなきゃいけないの?」
ナオトの素朴な疑問に目を大きく見開いて驚いた表情を見せるツバキ。ナオトもごめんごめんといった感じでなだめる。
「さあ!仕上げだよ!」
向かい合った中身の詰まったタイともう片方の生地だけのタイが乗った鉄板がツバキの手によって重なり合わされる。それから少し待って開かれた二枚の鉄板から現れたのは、ヒロトがテレビで見たと言って期待を膨らませていた『タイ焼き』だ。
「熱いからよく覚まして食べるんだよ」
焼きたてということもあり袋を二重にしてくれたツバキ。ヒロトの分は三重になっている。ナオトに二匹とも渡されたのだが、その片方をすぐにヒロトに引き渡そうとする。幼稚園児にこんな熱いものを急に渡すのは危険だと思われるかもしれないが、ヒロトのことだから心配ないとわかっていたナオトは、これほどまでに待ち望み期待を膨らませた食べ物を早くヒロトに渡してやりたかったのだ、
「まだあついから危ないよ!!」
「ううん、ヒロトなら大丈夫だよ」
ツバキは自分の好きな幼稚園児が自分の作ったもので火傷などしてしまったら、きっとその罪悪感に耐え切れず相当へこむであろう。急いでタイ焼きを渡すのを止めようとしたが、ナオトがそれを遮る。ナオトの言葉にはそんな不安もなくさせてくれるほどの安心感があった。なぜならやはりお互いの中にはひたすらに積み重なった信頼があるのだろう。それを聞いたツバキも、おとなしく自分の分を袋に入れて準備をする。
「では」
待ち望んだこの瞬間が来たことをツバキの言葉が告げる。
「いただきまーす!!!」
二人もそれに合わせて、
「いただきまーす!!!」
「いただきます」
三人の口からフーフーといった風が吹き出し、タイ焼きの熱を遠くへ飛ばす。そして各々口へ運ぶのだ。
「あっつ!!」
ナオトが一番に声を上げる。そして、
「でもうんまい!!」
ツバキに再開してから初めてのナオトの満面の笑みかもしれない。そしてヒロトもつづいて感嘆をもらす。
「おいしい....」
大好きな子供と、久しぶりの再会を果たした友人との二人の口から出た感想を耳にしたツバキは、胸を張ってご満悦な顔で言い放つ。
「そうだろ?また食べにおいでね?」
ナオトは満面の笑みのまま親指を立て右手を突き出す。ヒロトも照れくさそうに少しだけ笑みを浮かべながら小さく頷く。
そして三人でタイ焼きを食べながら話し込んでいると、日も暮れだしていることに気づく。
「そろそろ夜になるね。夜道をヒロトくんに歩かせるのも危ないから、そろそろ今日はお開きにしようか」
ツバキの提案にナオトも便乗する。
「そうだな、ヒロトも俺も大した上着着てないから、夜の寒さで風邪ひいても困るし」
そう笑いながら答えたナオトは、ゆっくりと上を見上げる。
ヒロトはずっと前から空いていたお腹が膨れたせいか、ナオトの頭の上でコクコクと頭を振って今にも眠りそうである。
「ヒロトも眠くなってきたみたいだし」
「そうだね、なら次もまた待ってるから」
「おう!今度はちゃんともう一人も連れてくるからな!」
ヒロトの眠りを妨げないように小さな声でそう話した二人は、後は言葉など使わなくてもお互いにお表情を見れば何を考えているかはなんとなくわかる。ツバキは小さく手を振り、ナオトもそれに手を振り返し、タイ焼き屋を後にした。
まだまだ聞きたいことも話したりないことも沢山あるが、今日はここまでということでまた後日会いに行くことを心に決めたナオトは、前にここを一人で歩いているときに頭に思い浮かべた幼稚園児を、今度は頭に乗せて二人で帰るのであった。
幼稚園児と僕。 @nlhgehappa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。幼稚園児と僕。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます