幼稚園児と僕。
@nlhgehappa
第1話 小説家志望の僕。
「ヒロトおぉぉ...」
ゆらゆらと二階から階段を這うようにして降りてきた、奇跡的に骨格を持つことが許されたスライムのような男が言う。
「おれぇぇ...........小説書くのやめるぅぅぅぁああああああ!!!!!」
そんな男に対して、動揺という概念を始めから持ち合わせていなかったのかと疑うほど冷静に、遊んでいたブロックのおもちゃを脇によけ正座をしたのちにきれいなお辞儀まで付け加え幼稚園児が答える。
「大変長い間お疲れさまでした。お体にはお気を付けください」
「引き止めろよおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
唐突な会話から始まったこの風景は日常茶飯事である。
発狂をかましつつ、幼稚園児相手に気を引くためだけに別れ話を切り出す女のようなかまってちゃんのステータスは間違いなくカンストしているであろうこの男は、大学を卒業後『新社会人』として社会に出ていく仲間たちを横目に、幼いころからの夢をかなえるべくフリーターをしながら小説を書いている23歳コンビニのアルバイト『笹川 直登』である。
一方、老舗旅館の女将さんに負けずとも劣らない日々の繰り返しによって習得されるであろう美学にも似たお辞儀を人生初挑戦のこのタイミングで繰り出したこの被害者は『竹下 仁人』、幼稚園児である。
彼は聞こえだけ良い言葉を使えば、常人離れした幼稚園児である。
幼稚園児といえば身の回りの些細なことにでも心をときめかせ、感情の起伏が激しく、周囲の目を気にすることなく自分の好きなタイミングで笑ったり、つたない言葉で怒りを表現したり、時には気持ちが抑えきれず泣き出したりするもので、社会的に成長するにつれて失っていったり、鈍感になってしまうものをその小さな体のどこに内包できているのだという疑問すら生じさせる生き物だと思っていた。
でもこの幼稚園児は違う。
初めからそのような幼稚園児特有の心を持っていなかったわけではなく、むしろいろいろな出来事を経験して落ち着いてしまった大人のような、枯れているというか、疲れているというよりは、『活力が無い』子供なのである。
「兄ちゃんがこんなにも一生懸命に心からの叫び声をあげてるのに、お前ってやつぁぁぁああああ!!!」
「...........」
無視だ。
「ひぃぃぃいいろぉぉぉぉおおとぉぉおおくぅぅぅうううん!!!!」
ヒロトはなにごともなかったかのように、俗にいう死んだ魚のような目に戻り、ブロック遊びを再開している。
きっと普通の幼稚園児であれば他人の話が耳に入ってこないほどブロック遊びに集中することは割とあることだろう。もし誰かが周りから見ていてもナオトの言っていることが聞こえなければそのように見えていてもおかしくない。
だが違う。
確かにブロック遊びをしている、他人の話が耳に入っていないような態度もとっている、だが違う、無視だ。
このブロック遊びの根幹にあるものは、一般の幼稚園児の持ち得る『楽しみ』ではない。無視だ。むしろ今回は無視をするための口実ぐらいのためにブロックをいじっているだけなのである。
「ヒロトくん?たまにはお兄ちゃんと普通に会話してくれてもいいんじゃないかな?」
「普通にしゃべってなかった人が何言ってんの?」
正論である。
ナオトは大学1年生のときから、暇さえあれば執筆活動を行っていた。だがしかし、本の出版や連載はおろか、どのような企画に応募しても佳作すら取れたことのない男だ。つまるところ、期待値は高くない。
それが大学生という世間体を失い、フリーターともなれば、発狂は加速する。そんな発狂属性にかまってちゃん属性を併せ持つ人間の面倒くささは、明白であり害悪だ。かまってほしいあまりに執拗に粘着してくる様は、こちらもスライムである。
しかし、かまってちゃん属性はもとからあったのではなく、とある原因で追加されてしまったのだ。
その原因というのも、ナオトはコンビニでも夜勤にあたる時間帯での勤務なので、今のような日中は家にいる。そこをうまく利用しようと思った隣の竹下家は、自分たちが共働きで家を空けているときはヒロトを笹川家に預けているのである。
「保育園だといろいろあって入りづらいのよね~、幼稚園なら私の休憩時間に迎えにだけは行けるし、保育園よりも入りやすいしね~」
とのことである。竹下家母はニヘ~っと頬を緩ませながらヘラヘラと言っていたが、一日中預けていられる保育園のほうが需要が多いらしくかろうじて幼稚園には入れられたものの、ヒロトを引き取った後がどうしようもなくなってしまうのでナオトに任せるということになったのだ、つまり日本の闇である。
笹川家と竹下家は両家とも親がラフすぎるため、気づけば日中はヒロトが家にいる構図が出来上がっていた。だがしかし、構図だけ出来上がりはしたものの、内容としては預かるどころかヒロトが面倒をみて『あげられている』状態に近い。ヒロトの手のかからなさは全国でもトップクラスだろう。
そんなヒロトではあるが、もしかしたら気を使って遠慮しているのではないかと心配になったナオトが、
「ヒロトー、何かしたいこととかしてほしいこととかある?」
と聞いてみたのだが、
「強いて言うなら静かにしてて」
などと言い放つのだ。甘えてくるどころか見事にカウンターパンチを放ってきたヒロト。このようなやり取りを何度も積み重ねに積み重ね、スーパーかまってちゃんが誕生したのである。
「ヒロトぉ...兄ちゃんこのままだとダメになっちゃいそうだよ...」
「まだダメじゃないと思っていたことに驚きを隠せないのですが」
驚きを隠せないなどと言ってみたヒロトであるが、表情は無論無表情である。
「でもなヒロト...今日は兄ちゃんが応募した『わくわく☆少年の心を取り戻せ!!』っていう企画の結果が返ってくるんだよ」
なんという企画に応募しているんだこのスライムは。
「キットニイチャンナラダイジョブダヨー」
「そうだよな!!ありがとうヒロト!!!」
ナオトの顔は純粋無垢な喜びにあふれている。実にちょろい。
そんなやり取りをしていると、ナオトのスマートフォンのメールアプリに通知が来た。
『審査結果のお知らせ』
「きぃぃいいいいいたぁぁああああああああ!!!!」
「うるさい」
ヒロトはそばにあった辞書をナオトに投げつける。
「ヒロト!!いい加減辞書を投げるのはやめてください!!でも今はそれどころじゃないです!!」
「いいから早く結果見なよ」
ナオトにとっての運命の結果発表である。
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