第33話:報告
「珍しいね。キミがこっちに出向くなんて」
何度訪れても、不気味な印象が拭えない内装だ。外観はただの小奇麗な高層ビルだが、中は異空間とつながっており広々としている。設計図は存在せず、すべて魔力によって構築されているためワンフロアの高さも広さもまちまちだ。僕たちがいるこの大会議室は、一室でドーム球場並みの広さを持っている。壁は赤と紫が混ざった毒々しい色で、血管のような、触手のような蔦が一面に根を張り巡らせており、まるで巨人の内臓だ。
僕が現在の事務所で働くようになってから本部を訪れるのは、月に一度の幹部会のみだ。稀に緊急招集がかかることもあるが、滞在時間は一時間にも及ばない。
「その格好でいるということは、石神怜奈に仕掛けたんだね?」
布のような幾重にも重なったコート。ヤギ革のブーツ。木の杖。そしてペストマスクと鍔広の帽子。僕は怪人ペストとしてこの場に来ていた。
「約束通り監視はつけなかったよ。だからキミからの連絡がもう待ち遠しくて」
目元と口元に三日月が三つ。愉悦と加虐が入り混じったノスタルジーの不敵な笑みは、ホラーマスクが張りついたようだ。支配欲に満ち溢れた出で立ちは、小動物をじわじわと痛めつける行為に興奮するズーサディズムを連想してしまう。
「結論から申し上げますと、堕落には失敗しました。申し訳ありません」
簡潔に、ありのまま。報連相の鉄則だ。
長い沈黙が流れる。ホラーマスクが徐々に崩れていき、三日月の向きが逆になる。平行して、地獄の狭間から漏れ出したような邪悪なオーラがノスタルジーの身体から立ち上っていく。
「なあんだ……そうやって最初から、ボクを騙そうとしていたのか……」
放射体は無数の蛇に形を変えていく。大蛇の牙は人体を容易にかみ砕いてしまえる太さと鋭さを持っている。襲いかかってくるまであと五秒といったところか。
「信じてもらえるとは思っていませんよ」
「辞世の句はそれでいい?」
「まさか。まだ死ぬつもりはありません」
「ボクは上長として、失敗には寛容なタイプだよ。きつく叱っても見捨てたりはしない。二度、三度、チャンスを与えて、部下の成長を長い目で見守りたいと考えている。だが嘘は許さない。キミの失敗という言葉は虚偽と同義だ」
「ずいぶん信頼してくれているんですね」
いや、逆か。
「もちろん、素直に信じてもらえるなんて思っていませんよ」
ポケットからスマホを取り出し、画面を見せつける。
「その時の様子を隠し撮りしています。こちらを観てもらえればご納得いただけるかと」
細い身体を這っていた大蛇が落ち着きを取り戻す。
「動画は十分程度ですから、お時間はとらせません。一応僕なりに頑張った成果なので、元部下の報告に最後まで目を通していただけると幸いなのですが」
ノスタルジーの顔面に、いつも通りの嘘くさい笑みが戻っていく。
「……うん、せっかくだからね! ボクとしたことが取り乱してしまったよ!」
大会議室には他に誰もいない。僕が小細工で時間稼ぎをするとは思っていないだろう。仮に誰かが仲裁に入ってきたところで、ノスタルジーはそいつもろとも僕を抹殺するに違いない。魔王軍最強の大幹部と怪人もどきとでは、実力差は明らかだ。
「じゃ、始めますね」
画面の再生ボタンを押す。ここに映っているのは、とある姉妹の関係についてだ。家族や知人から愛される姉と、その面影を追い続ける妹……などではない。現実はもっと単純で、機械的で、合理的で、美しさの欠片もないものだった。
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