第32話 文系ヤンキーの赤ペン先生


「いきなりシケた面見せてんじゃねェぞ、オラァ!」


 開口一番、イケメンサイドカーがヤンキー率100%でガン付けてきた。


「……呼んだのはアンタだろ」


「おっとそいつはすまねェ。テメェを呼び出したっつう点に関しちゃ謝らせてもらうぜ。だが、テメェの顔がシケてる件に関しちゃ責任は負えねェ。テメェでなんとかしやがれ」


 イケメンサイドカーから連絡を受け、彼にテキストファイルを送った。一次落選した例の駄作をだ。今更ネットに上げるつもりもないし、悪用されたって別に構わないと思い送ったのだが……、何故だか彼はその原稿をA4サイズの紙束へと変えてきたのである。


 トントンと喫茶店のテーブルで行儀良く整えて、彼はそれを俺に突き出してきた。


「どうせプリンター環境もねェんだろ?」


 印刷された原稿に目を落とす。白地の紙に黒の明朝体が綺麗に印字されている。こうして見ると、本当の小説家になったみたいだった。


 文章の上に、赤い線が几帳面に真っ直ぐ引かれている。それは一ページ目の約半分を埋め尽くし、次のページに関してはほぼすべてだった。


「……これは」


「いらねェ。赤ペン先生が引かれてる文章は省いちまって問題ねェ。余分なもんは捨てろ」


「全部って……」


 せっかく書いた文章なのに、頭ごなしに不必要だから捨てろと言われると、カチンと来る。俺の小説の何を知っているんだと反発しようとしたが、彼は喋り始めた。


「いいか? 冒頭から世界観の説明にページを割きすぎだ。そのせいで一向に物語が動き出さねェ。原稿の半分を越えたとこでようやく物語の本筋が見えてくるけどよ、これは出来れば十五ページ……最悪でも三十ページ以内にはやるべきだ」


「でも、世界観がわかってもらえないんじゃ、面白いと思ってもらえないじゃないか」


「バカ野郎、読者はテメェが考えた設定資料集を読みたいわけじゃねェ。テメェで考えた世界の説明をだらだら書いているのが楽しいのはわかる。だが、読者は違う。商業ラノベにもなってねェ公募作なんて素人の下手くそな“文章”しか情報がねェんだぞ。それが序盤で延々説明されてみろ。そんなもん退屈でしかねェ。だから、世界観の説明はキャラクターたちの描写で見せるレベルで良い。それに、ある程度謎めいた部分があるほうが興味を持ってくれる場合もある。まあ……さじ加減が重要だが」


 イケメンサイドカーの一言一言が、不思議と身に染みた。認めたくない相手の筈なのに。


「あと、チョイスしてる言葉も無駄に難しすぎる。テメェこれ自分で読めんのか? 小説を書こうってことに躍起になってるワナビ初期にありがちな部分だ。特に、『俺はお前たちと違う』と思ってるような意識高い系の野郎ほど多い。テメェが目指してるのは世界の文豪なのか? ライトノベル作家なんだろう。だったら、ここはもっと簡潔にわかりやすくで良い」


「俺は意識高いだなんて思ってない! ラノベだからって、意味も無くキャラにシャウトさせたり、フォントをデカくするのが嫌いってだけだ」


「そういう表現を取ってるからといって、その作品が稚拙だと考えるのはどうかと思うぜ。ライトノベルはエンターテインメントなんだ。そして、読者に求められているものを書くことが出来るのがプロだ」


「…………」


「ていうかよォ……メモ取れやァ!」


 イケメンサイドカーが疾風の速さで俺の胸に手の甲を叩きつけてきた。絶妙な手加減のせいか全然痛くなかった。複雑な気持ちで胸を撫でていると、以前と同じパフェを注文していたイケメンサイドカーがスプーンを甘味の山に突き刺しながら、


「……『うぇぶ物語』のほう、見たぜ」


「……ああ」


「ショックか?」


「……まあ、それなりには」


「一つ言っとくがよ、悲観する必要なんかねェぜ。何言ってんだこいつらくらいに考えとけ」


「いや、読者は真摯なコメントをくれてるよ。俺の作品が本当につまらないから、そう批評してくれているだけだ。ただそれだけのことだと思う」


「その気持ちは確かに大切だ。批判的なコメントが書かれたとSNSを使って愚痴を漏らすような奴なんざ山ほどいるからな。だが、テメェはそんな奴らよりも劣っている点があるぜ」


 もぐもぐとパフェを頬張りながら――サングラスの奥の眼光が光る。


「それは――テメェの作品を信じる心だ」


「…………」


「執筆中、テメェの作品が本当に面白いのかわからなくなることってあるだろ」


 彼の言葉に激しく同意する。執筆途中でも、書き上げた後でも、そのときはやってくる。まあ、数日後にはそれが業界を轟かす大作なんじゃないかと思ったりもするんだけど。


「そう思えたなら、テメェにはまだまだ伸びしろがあるってことだ。創作家が満足しちまったらそこで終わりだ。その先もっと面白ェ作品を作ることなんかできないぜ。だから……到達点なんか見えねェほうがいいんだよ。そしたらいつまでも上り詰められるだろ?」


 ――そういえば、ユメもそんなことを言っていた気がした。


「でもよ、何があろうとテメェの作品はテメェの作品だ。そこだけは絶対変わらねェ。確かに他人の意見はかなり重要だ。絶対に耳を傾けるべきだ。だが、その耳は大多数に向けるもんじゃねェ。信頼できる人間、一人か二人くらいが丁度良い。物語に対する感想なんてのは、十人十色だろ? まったく同じ感想なんて無ェんだ。それだけに大勢の人間の意見を真に受けて聞いちまうと、己を見失っちまう。それで作品の出来が悪くなっちまったら、それこそ本末転倒だ。そんなモン、聞かねェほうが良い」


 丁寧に折りたたまれたハンカチで口元を拭ってから、イケメンサイドカーは俺に向き直った。


「テメェの物語を隅々までわかってやれるのは、テメェだけなんだぜ」


 当然のことだ。でも、できていない。俺は、自分の作品をわかってあげられていない。

 自分で創作した物語に。世界に。キャラクターに。真摯に向き合えていない。

 いや――それどころか、俺は物語雑色系を謳いながらイケメンサイドカーの小説を読みもせず批判したのだ。……その程度だったってことだろう。俺の物語に対する誠意は。


「……多分、アンタの言う通りなんだと思うよ。だけど、俺にはもう……」


 イケメンサイドカーが、少しだけ顔を顰めた。


「……今回俺がテメェをここに呼んだのは、WanWanさんからお願いされたからだ。落ち込んだテメェを励ましてやってくれと頼まれた。その代わりに例のイラスト描いてもらう約束を取りつけてな。だから――、俺ァ俺のためにテメェに言うぜ」


 ぐいと胸ぐらを掴まれ、厳つい顔面が近づく。


「物語を書くことをやめるな」


 その言葉は、とても真に迫っていた。

 掴みかかってくる百八十センチ越えの文系ヤンキーが、どういった経緯で小説家になったのかは知らない。そこにどんな険しい道があったのか。だけど、彼は彼なりに自らの夢を叶えたのだろう。小説家になるという俺と同じ目標を。


 ――結局、俺は評価されたかっただけなのかもしれない。

 去って行く彼の後ろ姿は格好良かった。

 荒れた大地で厳しい戦いを乗り越えてきた、屈強な戦士に見えた。

 自分がそういう風になれるとは思えなかった。臆病者の俺は顔を俯けるだけだ。


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