美少女幼なじみに焚きつけられたワナビ俺、青春ラブコメしながらラノベ作家を目指す

織星伊吹

第1話 青春と夢


 ――四年ぶりに読みました。また、泣いてしまいました――――。


 昨夜久しぶりに訪れた小説投稿サイト『うぇぶ物語』にそんな感想メッセージが届いていた。


 そこには、俺が中学二年生の頃に書いた小説と呼ぶのもおこがましい作品を読んで勇気をもらうことができた、この作品で自分は生まれ変わったのだと、大仰なことが書かれていた。


 自分の小説が他人の人生を変えたということが信じられなかった。

 でも、素直に嬉しかった。そして、恥ずかしかった。


 何故ならこの小説のジャンルが“恋愛”で、当時の感傷的な気持ちをポエミー全開で執筆していたからに他ならない。


 ざっとその内容を纏めてしまうと、この小説は実話を元にしたフィクションだ。元ネタはもちろん自分で、転校してしまった仲良しの幼馴染の少女に向けた恋愛謝罪劇だ。


 俺はその幼馴染の子のことが好きだった。

 それなのに、しょうもないことで俺は彼女を傷付けてしまった。


 そのとき俺は中学一年だったから、今にして思えばわからないでもないけれど、もう少しどうにかならなかったのだろうか。結局、謝罪することもできないまま彼女は転校してしまったし、今どこで何をしているのかさえ知らない。


 きっと二度と会うこともないだろう。俺と彼女の間の物語は、既にもう終わっている。

 だからこそ、俺は死ぬほど後悔していた。そして、こんなことを思う。


 もし……もう一度だけでいいから、彼女に――ユメに会えるのなら――――、


 * * *


 徹夜でネトゲをしていたせいか、朝のホームルームから瞼が重くてしかたない。うとうとする度にズレるべっこう色の眼鏡をかけ直し、あくびをしながら担任の声に耳を傾ける。


「企業に就職し仕事に就くということは、誰にでもできることだ。では、将来社会に出て何をやり遂げるのか。社会人として必要なものはその心得であり――」


 ……今時の若者はそれほど仕事に執着していない気もする。誰かの役に立ちたいなんて立派な理由で社会に出ている人間こそ少数派なんじゃないか?


 仕事なんて普通に生活できるレベルで稼げればそれで良い。生活残業を稼ぐくらいなら趣味に時間を費やしたいと思うけどな、俺は。


「あの……先生」


 からから、とスライド式の扉が軽く滑った。隙間からは女子の声。…………誰だ?


 お喋りに夢中だったクラスメイトたちも静かになる。

 教室に入ってきた女生徒に視線をやると、俺は、そのまま目が釘付けになってしまった。


 ストレートの黒髪ロングヘアを靡かせ、長い睫毛の下で大きな瞳がきょろきょろしている。

 泣きぼくろが特徴的な、彫りの深い目元。白い肌。すぐに美少女だとわかった。


「えー、今日は転校生を紹介する」


 マンガや小説で幾度となく目にしてきたはずのセリフなのに、生で耳にしたのは初めてだった。本当にこの世に存在するんだな、とかそんなことを考えてしまう。


 そして、さらなる衝撃。


「初めまして。叶咲夢(かなさきゆめ)です」


「…………えっ?」


 素の声が出た。マンガみたいに眼鏡ズレた。


 その日――俺が出会ったのは、“あの日”以来ずっと謝りたいと願っていた女の子だった。


 * * *


「アオハル~、待ってよう」


「おにごっこでそれはないだろー!」とツッコミを返しつつ、結局背後が気になり振り返った。


 そこには、汗でおでこに前髪を貼り付けたショートボブの女の子。

 ――ずっと昔。なんでもない、とある夏の日。


 それが夢だと、俺はすぐに気が付いた。物語はホームビデオを再生するように続いた。


「アオハルぅ~、ユメ疲れたよう……もう終わりにしようよ」


「えー、さっき始めたばっかじゃん」


「でも、でもっ……」


「ユメは運動苦手なだけでしょー? そんなんじゃこの先やっていけないよ!」


 幼き日の俺は世知辛い世の中を俯瞰しながらに、そう断言した。


「うぅ……」


 運動があまり得意ではないユメにとって、鬼ごっこ大好き少年だった俺は鬼畜も同然だった。


「ん――……あっ、じゃあさ。今日はマンガ描こうよ! この前の続き」


 嬉しそうに頬をにっとさせて、幼き日の俺は提案した。ユメが辛そうな表情から一転、にっこりあどけない笑顔へ変わる。


「えへへ~、ユメそれがいい!」


 ほわほわした表情で汗を拭いながら、ユメが近寄ってくる。


「マンガってあの、たたかいのやつ?」


「バトルマンガ!」


「えー、ユメ、たたかうやつよりかわいいのがいい」


「ワガママだなユメは! お話を考えるのはおれなんだよ。ユメの絵にはおれだって文句言ってないでしょ!」


「……いいもん。かわいいのいっぱい描いちゃお」


「……キャラがみんな女とかヤダよ? 背景にお花入れるのもダメだよ?」


「にひひ~」


 何かを企んでいるらしい表情でユメが笑った。大きな瞳を線のようにさせて、にこにこと。


 彼女の特徴的な笑い方が、俺は好きだった。


 二人で仲良く手を繋いで帰路に就く。家が隣同士の、絵に描いたような幼馴染。

 俺はかつて、幼馴染のユメと約束をした。


 ――二人が大人になったら、一緒にマンガ家になってマンガ家夫婦になろうね!


 物語を考えることが好きな俺と、絵が上手だったユメ。自ずとそういう話をすることは少なくなかった。きっと、当時の俺たちは本気だった。なんたって、子供だったんだから。


 ――じゃあね、アオハル。バイバイ。


 幸せな夢の中で、突然、そんな言葉が聞こえた。

 次の瞬間には、世界が真っ暗になっていて。少しずつ、朧気な視界が鮮明になっていく。


 ……と同時に後頭部に衝撃。


「居眠りなんぞしおって! 貴様は廊下に立っとれー!」


 ダメージを受けた部分を優しく撫でながら、犯人を睨み付ける。


「……『ドラえもん』の先生思い出した」


「何寝ぼけてんの? てかまた同じクラスだね、アオハル! よろしゅうよろしゅう!」


 俺の会話をぶった切り、ハイタッチしようと手のひらを見せてくる女生徒は、宮前千秋(みやまえちあき)。


 だいぶ短くさせたセーラー服のスカートや、明るめに脱色したポニーテール、少し焼けた健康的な肌も、そのすべてがチアキを構成する元気の源だ。背は小さいし結構な子供体型だけど。


 とりあえず彼女の要望に応えようと、手のひらを彼女の元へ向ける。


「はいっ、マクドナールドっ」


 しかし、流麗に某ファーストフード店のロゴデザインらしく緩やかな“M”を描きながら俺のハイタッチを見事に躱しやがるチアキ。めっちゃ笑顔である。


「お前は中学生か! いや、小学生か!」


「は! ふざけんなし! 男子の手に触れるのが恥ずかしい超シャイな激マブJKだから!」


「どの口が言ってんの。女子の着ぐるみ着てんじゃないの、実は」


「あ、脱ぐ? 中身普通にバーコードハゲだけど」


「……もういい。ていうかさ、毎回毎回会う度に引っぱたいてくるのやめてくんない? 普通に痛いんだけど。眼鏡ズレるし」


「なんだとー!? 今朝からどう挨拶しようか必死に悩んだ結果がこれだったんですけど!」


「嘘乙」


「アオハル、明日朝起きたらハゲ散らかったおっさんが隣で寝てるからね。覚悟しといてね」


「そっちこそ、そのまま朝のゴミで捨ててやるから覚悟しろ」


「ふぁっきゅーあいらーびゅー」


 侮蔑してるのか愛してるのか良くわからない返事が返ってきた。


 因みに、チアキは今日の寝不足の原因でもあるネトゲを共にプレイする仲間でもある。ハンドルネームは“チアキング”。安直すぎると言ってやったら「俺はこの世界の王になる男だからな」と言うくらいにはテキトーな女である。


 別段ゲームが好きでもないくせに、俺のやっているネトゲを一緒にやりたいと言い出したのが約一ヶ月前。丁度今がリタイアか継続の境界線ってところだろう。飽き性なチアキのことだから、後二週間は持たないだろうなと俺は勝手に思っている。


 時計を確認する。ちょうど六時間目の授業が終わったところだった。


 何気なしに引き出しの中に手を突っ込むと、中から出てきたのはくしゃくしゃの進路希望調査票。隅っこには二年三組、矢吹青春(やぶきあおはる)と書かれている。


「あっ、それって二年のとき出せって言われた奴じゃん。そんなのテキトーに進学で出しちゃいないよ」


「俺はお前みたいにテキトーじゃない」


「そうかなあ、眼鏡割れたのに数日間裸眼で登校してたアオハルも結構テキトーでものぐさな気がするけど。……って、あっ、待って。聞いて聞いて。ケッコーテキトー。なんか音が面白くない? コケコッコーみたい」


「……お前っておめでたいヤツだよな、心底そう思うわ」


「えーちょっと酷くない!? マジチョベリグでドンダケー! ヤバクナーイ?」


「ヤベーよ。お前の頭がな」


 ツッコミ待ちだったチアキの頭部に軽くチョップを入れて黙らせてやると、彼女は満足そうに自席へと帰って行った。


 手元の紙ぺらを見下ろす。

 俺は――将来、何になりたいんだろう。


 学力にあった大学に行って、一般企業に勤める自分――わりと普通に想像出来た。だけど、それをつまらないとも思う。


 好きなことを生涯の仕事にできた奴なら、そうは思わないのかも知れない。でも、微塵も興味のない世界に就職する人が大半だろう、現代では。


 そういう人たちは、毎日通勤電車に揺られながら興味も無い仕事をするために出社して、上司の要望を解決するために残業をするんだろうか。


 あれか、仕事に生きがいを見いだせないサラリーマンたちは時間を金で売ってるってわけか。


 つまらない将来だなと思いながらも、果てしない夢を目指すほど俺は馬鹿でもない。

 夢を追うことの辛さ、苦しさ、どうしようも無さを――俺は良く知っているから。


 ――幼少期より漠然と思い描いていた夢を叶えられた人間が、一体どれだけいるだろう?


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