第二章 お出掛けついでにトラブル編

プロローグ(★)

 早朝会議を終えたヴェールター宰相は、サーデン皇帝に指名された首脳陣数名と共に、帝国城のサロンにやってきた。

 皇帝であるアイトル・フォン・サダラーン・サーデンが、数あるソファーの一つに腰掛け、みなを促す。


「さて、一先ずは一件落着といったところか……なあ、エミリアン卿」

「ええ、何とかってところですね。断られたときとは違い、表情からも自信を感じましたよ」


 アイトルに話を振られたエミリアンが、後頭部に手をやって破顔している。テレサ騎士爵令嬢であるモーラの翼竜騎士団入団が決まったことが、よっぽど嬉しかったのだろう。


 エミリアン・フォン・デュナン。帝都サダラーンからアーディティ川を越え、北東に城塞都市を持つデュナン伯爵の長男であり、帝国最強との呼び声が高い翼竜騎士団の団長でもある。


「ふうむ。それならば安心だな」

「陛下、エミリアン卿のそれは、少し意味合いが違いますぞ」

「ほう、どういうことだ、ヘネシー卿」

「簡単な話でございます、陛下。モーラ嬢は、ダリル卿とのドリーセン伯爵令嬢の素晴らしい素質を受け継いでおり、翼竜騎士団の戦力となること間違いございません。しかしながら、モーラ嬢はエミリアン卿の子息と婚約を交わしていた間柄でもございます」


 ヴェールターは、ヘネシーの話を聞き、「まったく」と嘆息する。


 ヘネシー・フォン・ラティマー。蒼天魔法騎士団の団長でありながら、有事の際に軍師をも務める知謀家である。さりとて、婚約破棄の話は有名であり、誰もがエミリアンの意図を理解していた。そもそも、この場で話すことではない。


「……つまり、まだ諦めていないということか。そうなのだな、エミリアン卿」

「は、はい……」

「はぁ、なんたることか」


 ヘネシーに胸の内をいい当てられたエミリアンが、アイトルからの問いに小さく答える。さらに、ため息を吐かれれば、エミリアンが大きな身体を縮こらせて恐縮するのも致し方がないだろう。


 エミリアンを可哀そうに思ったヴェールターは、助け舟を出すことにした。


「陛下、エミリアン卿をあまりいじめなさらないように。ヘネシー卿が仰ったように、モーラ嬢は優秀なようです。何といっても、帝国騎士学校を首席で卒業したのですから。婚約の話を関係なしに誰でも欲しがる才能の持ち主なのです」

「べつにいじめているつもりはないのだがな。だが、確かにヴェルのいう通りだ。すまなかったな。許せ」

「とんでもないことでございます」


 ヴェールターは、ヘネシーから視線を感じたが、気付かないフリをする。おそらく、ヴェールターがエミリアンを助ける発言をしたことが面白くないのかもしれない。


(モーラ嬢は、実家に戻るとかいう話だったではないか。まったく、ヘネシー卿は……)


 ヴェールターは、やれやれといった感じで小さく頭を振る。どうやら、ヘネシーもモーラを狙っていたようなのだ。


 場が変な空気になりかけたところで、腕組みをしたジェフロワが、瞑目したまま頻りに頷いて口を開く。


「いやはや、これもすべて陛下の先を見据えた決断の賜物なのだよ」


 ジェフロワ・フォン・ジェローム。蒼穹騎士団長を務めるジェフロワは、弓の扱いに長けているだけではなく、入団から五〇年以上が経過しているにも拘わらず、まるで二〇代前半のような若々しい姿を保っている。サロンに集まったメンバーの中で、間違いなく最年長なのだが、見た目は真逆である。


 アイトル然り、ジェフロワの発言の意味をどう受け取ればよいのか、みな一様に考えあぐねているようだ。全員が顔を顰めている。


 沈黙を不自然に感じたのかジェフロワが瞼を上げると、ウッドエルフを思わせる新緑の双眸があらわになる。しかし、ジェフロワの耳は、ヒューマンのそれと変わりなく、ハーフエルフのように小さいが尖がっているということもない。ジェフロアは、記録によると純ヒューマンだ。それでも、諸々の特徴から何代も前にエルフ族の血が混ざっているのではないかと、まことしやかに囁かれているのだった。


「何をそんなに驚いているのだよ」


 ジェフロワが順繰りに視線を配ると、みながそっぽを向く。ジェフロアは、魔眼の持ち主であり、新緑の瞳からは、相手を恐怖状態にするほどのプレッシャーが意図せず放たれている。つまり、目を合わせたくても合わせられないのだ。


「これは、失礼したのだよ」


 再び瞼を閉じ、ジェフロワが先の発言の意味を説明し始める。


「周囲の反対を押し切ってまで陛下は、代々優秀な魔法士を輩出してきたドリーセン伯爵家の令嬢をダリル卿に嫁がせたではないか。結果、最強剣士と天才魔法士の良いところを受け継いだ子供が生まれた」

「ふむ、確かにそうだ。だが、あれはたまたまだ。結果を予測した訳ではない。ただ単純に、友の幸せを願っただけに過ぎない」


 ジェフロワが尤もなことをいってアイトルを褒め称えたが、当のアイトルは、否定するように顔の前で手を振っている。


「またご謙遜を、陛下。結果は結果です。陛下が後押ししたのは紛れもない事実ですし、帝国に有望な騎士が三人生まれたことを喜ぼうではありませんか」

「ヴェルよ、何も出んぞ」


 苦笑いするアイトルに対し、ヴェールターは、「残念です」と演技めいて肩を落とす。


「はは、しかし、三人とな。残りの二人もそれほど優秀なのか? 子供のことに関してだけいわせてもらうと、あやつがいうことはなぜか信用できん」

「それもそうですな」


 アイトルから非難の目を向けられたが、ヴェールターも納得である。ダリルは、会う度に末の娘のことばかりを自慢してくる。まさに、ローラの話をするときのダリルは、親バカ全開なのだ。


 おそらく、アイトルは、そのことをいいたいのだろう。それでも、ヴェールターが、ローラのお披露目会の出来事をアイトルに報告していたため、アイトルが気を使ったように補足をしてくれた。


「まあ、ヴェルから受けたローラ嬢の報告から期待が高まるが、実際どうなのだ?」

「はい、ローラ嬢のことは、情報がありませんが、長男のテイラー卿に関しては本当のことです。帝国騎士学校で一年の過程を終えたばかりですが、剣術だけであれば一学年上の生徒でも勝てないでしょう。しかも、思いの外魔力量も多く、いずれはダリル卿を越えるかもしれないと、学校長が報告書を上げてきております」

「なんと! それは、誠なのかっ」


 ヴェールターの説明に驚いたようにアイトルが、腰を浮かせ前のめりになる。それもそうだろう。ダリルは、近衛騎士団を退団したが、彼より強い騎士はサーデン帝国にいない。むしろ、ファンタズム大陸中を探しても、ダリルほどの強者はいないかもしれないのだ。


 最強騎士であるダリルは、敵国、「バウステウス連邦王国」との国境近くのテレサ地方の領主をしている。理由は明白だ。現在、停戦協定を結んでいるバウステウス連邦王国に、「よからぬことをさせない」ための抑止力。


 つまり、警告である。


 生きた伝説や帝国の英雄と呼ばれるダリルを越える可能性を持つ存在――テイラーの話を聞き、驚かずにいられないのは、道理である。


 ヴェールターが、アイトルのあまりの勢いに身を引きながらも頷くと、隣に座っているエミリアンが喉を鳴らす。


「エミリアン卿、何かあるのか?」


 ヴェールターからはよくわからなかったが、物言いたげな顔でもしていたのだろう。アイトルに促され、エミリアンが口を開く。


「はっ。確かに、ダリル卿が魔法を使えたらと、私は何度も考えたことがあります。閣下のお話にありました通り、ダリル卿の息子が彼を越えることは、あながち絵空事ではないかもしれません。しかも、ローラ嬢のことですが、モーラ嬢が入団を決意したのには、魔法の手ほどきをローラ嬢から受けて苦手分野を克服できたからだと申しておりました」

「ほーう、それは面白い……よし、モーラ嬢のことは不問にいたす」


 立ち上がったアイトルが、エミリアンに向けていい放った。エミリアンとしては、多少は下心があるかもしれないが、騎士団の戦力増強のためにモーラを欲しただけに過ぎないだろう。息子との婚約破棄の撤回を求めるといったことは二の次に過ぎないハズだ。そもそも、罰せられるほどの問題でもない。


 実際、エミリアンが、いわれのない非難を受けたように感じたのか、渋面を浮かべている。


(陛下は何を仰っているのだ? 不問も何も、納得していたではないか)


 ヴェールターは、自分の主の考えがたまにわからなくなる。


「――が、テイラー卿とローラ嬢はもらうぞ」

「……な、お待ちください、陛下!」


 碧眼をギラつかせ、不敵な笑みを浮かべながら宣言したアイトルに対し、ヴェールターも立ち上がり制止するように口を挟む。アイトルのこの発言を聞けば、嫌でも理解できてしまったのだ。


「なんだ、ヴェルよ」

「いくらなんでも二人は欲張りすぎです。バランスが崩れてしまいます」

「それくらいわかっておる。だがな、皇室の力を維持するためには、血統を優先せざるを得ないだろうに」

「尤もなことではございますが、いくらなんでも……」


 ヴェールターは、アイトルが望むことを理解できる。同席した面々も同じことを思ったに違いない。


 ――子供の能力は、両親の血統により左右される。


 魔法の三大原則と同じほどにファンタズム大陸の常識として信じられている。


 実際、渦中のダリルは、フォックスマン家の成功例である。代々剣術に優れた血筋同士で婚姻を結び、フォックスマン家は、体力と腕力の能力に優れた血を守り続けてきた。ついには、ダリルが誕生し、魔力が弱いといった欠点があるものの、そんなことは些末事だといえるほどの強者に成長したのだ。


 それほどまでに血統は、重要視される。ともなれば、魔法士家系のドリーセン家との婚姻が大反対されたのも当然だろう。家の格が違いすぎることも問題であったが、ドリーセン家は、代々後衛職や文官に就く者ばかりで、近接戦闘能力はからっきしなのだから。家柄によって役割が決まっているサーデン帝国では、スペシャリストが求められるのだ。


 良いとこ取りを狙った婚姻は、ほとんどすべて片方の特徴しか受け継がれず、現在ではあまり推奨されていないのである。しかも、どちらの特徴も受け継がれず、打ち消し合って平凡な能力になってしまっては、目も当てられない。


 それがどうだろうか?


 ダリルとセナの間に生まれ子供たちは、危惧されたことにはならなかった。


 長女のモーラは、帝国騎士学校を首席で卒業し、帝国最強の翼竜騎士団で即戦力になり得る能力を有している。

 長男のテイラーは、粗削りながらもダリルを彷彿とさせる剣術の才能と多くの魔力を有している。

 次女のローラは、能力が未知数ながらも、清い心と魔法の才能があることがわかっている。


 勇者亡きいま、帝国を守るために皇室が力を付ける必要が急務である。故に、テイラーとローラの二人を皇室に迎えられたら、サーデン帝国が発展することは間違いない。


 が、


「テイラー卿は、長男です。しかも、私の予想が正しければ、大公爵に据えなければなりません。しかも、ローラ嬢に至っては、帝国の母となるのですよ!」


 そんなことになっては、フォックスマン家の影響力が大きくなりすぎてしまう。今代は良くても、未来に於いていらぬ火種を生みかねないのだった。


「いや、この決心は揺るがぬ。テイラー卿はクリスティーネと、ローラ嬢はレックスと婚約させるぞ」


 ヴェールターの抵抗も虚しく、アイトルは一人、満足気に声を上げてひとしきり笑うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る