第22話 獅子娘、冒険者に憧れを強める(★)
デミウルゴス神歴八四二年、一〇月一九日、創造――デミウルゴスの曜日。
森での実地訓練を開始してから、早くも半年が経過していた。それでも、その事実は隠している。領主である
ローラ騎士団の活動は、表面上、訓練と村の巡回といったテレサ内だけで完結できる内容である。訓練は、ローラの勉強がない日――復元と更始――の週に二日、午前中に行う。巡回は、安息日以外の毎日、午後に行っている。とはいいつつも、テレサで何かが起きることはない。一〇分程度村の中を散歩する程度だ。そのあとは、ミリアの家でアップルパイとハーブティーを楽しみ、森へ繰り出すのが恒例となっていた。
そんな今日も、ローラが貴族の勉強を終えた後に集まり、カールパニートでアップルパイを四人でつつきながら、作戦を練る。
「明日はアレだから、今日は近場でサクッとゴブリンかフォレストウルフを何匹か狩る程度にするわよ」
「なんで?」
ローラから視線を向けられたディビーは、首を傾げている。
「なんでって……明日は、あ、あの日じゃないのよ」
モジモジとしたローラの様子が可愛らしく思え、ユリアが思わず、ぷふっと笑いを漏らす。
「何よ、ユリア」
「何って、素直にディビーの誕生日だからだと言えばいいじゃないか。むしろ、何を恥ずかしがっているんだ?」
「は、恥ずかしがってなんかいないわよ」
顔を赤面させ、プイッと横を向いた時点で明らかだ。
(ローラにも、こんな一面があるのだな)
ユリアは嬉しく思う。このローラという少女は、女神ローラの生まれ変わりだ。そう言われたときは、相当驚いたりもしたが、疑うことはしなかった。むしろ、この一年半の間で神使になれたことの喜びを噛み締めているユリアであった。
ただ、ローラの反応に嬉しく思ったのには訳がある。ローラは、他人に対して酷く冷たいのである。いや、興味がないといった方が正しいだろうか。今はヒューマンであるが、元は女神様なのだ。ユリアたちと感性が異なるのは当たり前のことだった。それ故に、ヒューマンらしいローラの反応にユリアが嬉しく思ったのである。
そんなとき、他の席の会話が聞こえてきた。
「それにしても、ホントーに何もねえな」
「そんなの当たり前でしょうよ。私たちみたいなカッパーランクの冒険者でも護衛依頼を受けらる村なんだから」
「いやあ、そうだけどよ。戻るのは明後日の復元の日だっつー話じゃねえか」
ユリアたちが村の巡回を終えてカールパニートにやってきたとき、皮鎧装備の男二人、女一人と魔法士のローブのような外套を被った女一人の四人組が食事をしていたのだ。珍しいことに、冒険者たちだろう。どうやら、食事が終わり、このあと何をするにも、何もないことに嘆いている様子だった。
「ねえ、ユリア聞いてる?」
後ろの席の話に気を取られていたユリアは、ローラに声を掛けられて意識を戻す。
「ああ、悪い。近場で狩りをするかどうかの話だったよな。あたしはそれで構わないぞ」
「あっそ、じゃあ、早速行きましょう」
「ああ」
いつもの調子に戻っていたローラが立ち上がり、ユリアと他の二人も立ち上がる。外に出るために冒険者たちの脇を通ると、「なあ、嬢ちゃんたち」と、先程ぼやいていた人であろう髭面の冒険者から声を掛けられたのだった。
――――――
ローラたち四人と冒険者パーティー、「荒ぶる剣」の四人は、東の森を目指して草原を歩いている。
「ごめんなさいね」
「いいえ、ついでですし」
冒険者たちを先導するようにローラが先頭を歩き、アーダと何やら話している。アーダは、赤い剣帯を腰に巻いており、見た目の通り剣士なんだとか。ただ、後ろで一つに縛った金髪に翡翠色の瞳をしており、サーデン帝国では珍しい容貌だった。
「それにしても、テレサは初めてなんですか?」
「ええ、そうよ。いつもは魔獣狩りが専門なの」
ローラが興味あり気にアーダに尋ねる。他人に興味を示すなど、珍しいことがあるものだと、ユリアは後ろからその様子を観察する。
道中で聞いた話によると、テレサ村で商談がある商人が、カッパーランクでも受けられる護衛依頼のクエストを発行しており、それを受けたとアーダが教えてくれた。護衛依頼は、シルバーランクから募集されるのが一般的らしい。それでも、カッパーランクである荒ぶる剣の四人でも受けられる護衛依頼が発行されたのは、北にあるメルヌークの町からテレサの村までに、盗賊が出ることがほとんどなく、魔獣が出るのも稀れだからなのだとか。
冒険者にも色々と事情があるのだな、とユリアが思いながら隣の大男――バート――を見上げる。整えられた様子が見受けられない無精髭。大剣を背中に背負っているバートがリーダーらしい。
「どうした、嬢ちゃん? 浮かない顔して」
「あ、いえ……」
まじまじと見つめてしまっていたようだ。バートと目が合ったユリアがさっと視線を逸らす。
「バートさん、そうじゃないと思いますよ」
苦笑しながらそういったのは、アリア。アーダの妹であり、二人は姉妹なんだとか。フードの右首元からアーダと同じ金髪の三つ編みおさげが胸元に垂らされている。
「そうそう、汚ねえ面見て怯えてるんだよ。あー可哀そう!」
「な、なんだと、ハインツ!」
「ほらあ、そうやって怒鳴ると余計に山賊顔が際立つって」
「ぬぐ……」
八〇センチほどの片手剣を左腰に吊ったハインツの突っ込みに、バートは何も言えなくなってしまったようだ。それに対し、言われてみたら確かに山賊っぽいかも、とユリアが思わず吹き出してしまう。咄嗟に口を押えるが、もう遅い。
「な、なんで、笑われるんだ?」
ばっちりバートに見られていた。それでも、笑われた理由がわからないのか、バートが瞼を数度瞬かせる。
「すみません。仲が良さそうだなと思いまして」
ユリアが、言い訳をするが、ローラが空気を読んでくれない。
「違いますよ、これは。ユリアが、バートさんの山賊顔に――」
「ちょっと、ローラ!」
ユリアが慌ててローラの口を押えて黙らせる。
「それしても、あなたたちも仲が良さそうね」
「はあ、まあ、私たちは義姉妹の誓いを交わしていますから」
アーダがコロコロと笑いながらいった言葉に対し、ローラの対応で忙しいユリアに代わってユリアがこたえる。
「そうなのね。通りで……でも、案内してもらっている私たちがいうのも変な話だけど、あまり危ないことをしちゃだめよ」
「はい、それは大丈夫です。森の中までは行きませんから」
ミリアが平然と嘘を吐く。これも、ローラと行動している影響だろうか。
そもそも、荒ぶる剣の四人を東の森まで案内しているのは、バートの耳に、「近場で狩りをする」というユリアの言葉が入ったからである。見たまんま子供のローラたちがまさか、と思ったらしいが、本当にやることがなくて声を掛けるに至ったらしい。そこでローラが機転を効かせ、野苺狩りのことだと言い訳をしたのだ。どこから大人たちの耳に入るかわかったもんじゃない。それはそれで上手く言い訳したと、ユリアは感心した。実際、森の入口周辺には、少ないが実のなる木がある。
そうこうしているうちに、東の森の入口までやってきた。
「嬢ちゃんたち、助かったよ。くれぐれも、暗くなる前に帰るんだぞ」
「はい、それでは荒ぶる剣のみなさんもお気をつけて。この森は、奥の洞窟に行くとゴブリンが何百匹と出るので」
「ひょえー、マジかよ!」
バートの別れの挨拶に、何故かローラが余計なことをいった。まあ、明日はディビーの誕生日があるから、冥王の日の恒例である洞窟探索をしないからべつに良いのだが、ユリアはあることを懸念した。
テレサには、冒険者ギルドがない。つまりは、それほど稼げる狩場が近くにないからである。だが、それとなくユリアが父であるホセに聞いていた。将来がどうなるかわからないが、実家の鍛冶稼業を手伝いながらも、冒険者になるつもりなのだ。将来的には、商人の護衛をこなす盗賊ハンターになる予定である。ローラは魔王を倒すと息巻いてるが、当面は魔獣を狩りながら暮らさなければならないだろうと、子供なりに考えていたのである。
ホセの話によると、ゴブリンを一〇匹でも倒せば、冒険者としては一日の暮らしに困らないらしい。
つまり、何百匹もゴブリンが出現する洞窟は、冒険者にとって良い狩場なのではないだろうか……とどのつまり、冒険者たちが集まってくると、ユリアたちが訓練する場所が失われる可能性があったのだ。
「…………」
荒ぶる剣の四人は、黙り込んでしまった。それぞれが驚いたような表情だ。それが何を意味しているのか、ユリアには全く想像ができない。
「そ、そうかー、何百匹ねえ……」
「やはり、バートさんともなるとそれくらいは簡単なんですか?」
やっと言葉を発したバートに、ユリアが思わずそんな言葉をいった。ここまでの道すがら、バートはカッパーランクであるものの、戦闘能力はシルバーランク冒険者に引けを取らないのだということを聞いていた。どうやら、ランクアップの試験に筆記科目があるらしく、読み書きが苦手なバートは、それをクリアできないだけらしい。
同じ剣士として強いバートに憧れと不安をないまぜにした表情でユリアがバートを見つめ続ける。
「はっ、そ、そんなの、俺に掛かればあっという間よっ! ほれっ! 見ろっ! この剣捌きをっ!」
バートが背中から大剣を抜き、その場で両手で握りしめた剣を振り回す。風が鳴り、その剣風がユリアの真っ赤に燃えるような赤髪を揺らした。
思わずユリアは、両手を打ち鳴らせていた。
凄い!
素直にそう思い、自然とそうしていたのだ。
「おっ、なんだよ。照れるじゃねえか」
そういったバートは、まんざらでもない様子で顔を赤らめながら後頭部をガシガシとかく。
一方、荒ぶる剣の他の三人が、照れた様子のバートを唖然とした様子で見ている。
「あれ? みなさん?」
「ん、何でもないわ。ささっ、私たちはもう行くから。さっきいったように早く帰るのよ」
「あ、はい……」
ハッとなったようにアーダが不自然な笑みを浮かべ、話を無理やり切り上げようとする。当然、ユリアは、その様子に釈然としない。だからといって、引き留める理由もないことから、ユリアは荒ぶる剣の四人を見送る。
「どういうことだ、アレ?」
「むふふ、良いこと思い付いちゃったわ」
ユリアが一人、首を傾げていると、ローラがそんことをいった。そちらへ視線を向けると、ローラがいった通り、何やらよからぬことを思い付いたような笑みを浮かべているのだった。
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