第21話 女神、洞窟探索に挑戦する
換気されていない生温い空気が肌に纏わり付き、カビ臭いジメっとした臭いが鼻を衝く。
ローラたち四人は、東の森を一時間ほど進んだとところで、岸壁に空いた洞窟を偶然にも発見し、探索することにした。念のため引き返すことを提案したローラだったが、ミリアたち三人は、先へ進むことを選んだのだ。何とも逞しい子供たちだろうか。
入口から一〇メートルも進むと外の陽の光は届かない。洞窟に入るなど完全に予想外。当然、たいまつやトーチランプの用意などしていない。それでも、ローラが居るのだから問題ないのだ。ローラが全身に魔力を流し、明かりの代わりをする。その明かりを頼りに他の三人は、ゴブリンの住処と思われる洞窟を進む。
「まるで人間トーチみたいね」
全身光っているローラを見てミリアがそんなことを言った。
「トーチの魔法を全身に掛けてるのだから当たり前じゃないの」
ローラが呆れつつ、さも当然というように言い放つ。
「それはそうなんだけど……」
「ミリアが言いたいのは、良くそんな使い方ができるなと感心しているんだよ。あたしたちの魔力操作がまだまだなのかもしれないが、凄いもんだよ」
ユリアがミリアの補足をして感心するようにひとしきり頷く。ミリアの意図を理解できるのは、やはり立場が近いユリアだからだろう。
トーチの魔法は、手の平の上に発現させて明かりとするのが本来の使い方である。
「慣れれば簡単よ。それにこっちの方が光る面積が広いからその分明るいでしょ?」
両手を大袈裟に広げたローラがその場で回転してみせる。微笑みながらそんなことをするものだから、その様は少し不気味だったようだ。ローラ以外の三人から乾いた笑いが漏れている。
「それにあなたたちだって無詠唱で魔法を使えるようになったのだから、もう少し繊細なイメージができれば、すぐにわたしと同じことができるわよ」
魔法の訓練を開始した当初は、イメージ力の問題で中々三人は苦労していた。ダリルたちの目やローラの魔力量の問題で、初級魔法しか実演できない日々が続いた。それでも、それを見てから彼女たちの上達の速度が凄まじく、ローラは正直舌を巻いた。
やはり、子供のうちから訓練を開始して正解だったわね、と口癖のようになったそれを思い、ローラとしはそのことを閃いた自分自身を褒めたくらいだった。
それに、今日の実践訓練で更に上達していく様を目の当たりにし、ローラは息を呑んだ。ディビーが一匹のつもりが三匹ともウィンドカッターで首を落としたハプニングがありつつも、何度か実践を重ねることで狙い通りの規模で魔法を発現させることに成功していた。ミリアが最も使いたい治癒魔法を使う必要がないほど順調で、四人は魔獣を相手に傷を負わずここまで来ている。
「ここに来たのもその一環だしね」
森での訓練の様子を思い出しながら、ローラが三人の気を引き締める。
「そうだな。特にあたしは気配感知を身に付けたい」
ユリアが鋭く輝く黄色い瞳で先の闇を睨みつけそう言った。
(身体強化の制御もまだまだなのに何を言っちゃってるのかしら?)
何でも簡単にやってしまうローラは、まさにチートだ。それを身近で見ているユリアたちは、少し努力をすれば自分たちでもできるではないだろうかと、勘違いしているようだ。
「志が高いのはおおいに結構よ……でも、先ずはプロテクションとアクセラレータの精度をもう少し意識しなさい。漏れ魔力がまだまだ多いから、そんなんじゃあっという間に魔力切れで動けなくなるわよ」
「ローラは厳しすぎるぞぉ」
さっきまで鋭かった目尻を下げてユリアが泣きついてくる。
「しょうがないじゃない。ユリアはミリアみたいなおっぱい魔力がないんだからっ」
「えっ、それ関係なくない?」
人ごとのように聞いていたミリアが、突然コンプレックスの胸を比喩表現に使われて反論した。
「ごめん、ごめん」
ミリアの胸は、ローラが出会った当時から順調に成長している。さすがに大人ほどはないが、その年齢では異常な成長率なのだ。
「話が逸れたけど、こんな狭い場所で敵に囲まれたら、いかに魔力を維持しつつ戦えるかが重要になるのだから真剣にお願いね」
三人から話が逸れたのは、ローラのせいと言われたが、ローラは気にしない。
それから、あっという間に一時間が経過した。
洞窟を進むにつれて、ゴブリンに遭遇する確率が徐々に増していった。外の森で三〇匹ほど倒したが、洞窟内では、既に倍の数に遭遇している。
(これはまずいわね……予想以上に多いかもしれないわ)
理論上は、最初に遭遇したのが三匹であるため、その一〇倍の数を討伐済みであり、あまり残っていないはずなのである。ただそれも、森で遭遇した三〇匹を基準値とすると、三〇〇匹は固いだろう。
そうなってしまうと、さすがに魔力が足りない。
「みんな魔力の残りはどんな感じかしら? 気だるかったりしない?」
神眼によって残りの魔力の量をわかっていたが、自覚しているか確認した。
「私はまだ大丈夫かな」
「うん、私も……」
ミリアとディビーは、問題無さそうに頷いてくる。
「あ、あたしは、もうそろそろヤバいかもしれない。さっきの戦闘で最後の方が不安定だった気がする……」
一方で、ユリアは少し呼吸が荒く辛そうにしている。
そろそろ戻るべき頃合いだろう。特にユリアは一番魔力量が少ない。剣士希望ということもあって、ローラに次いで剣術が上手いが、所詮身体は八歳の少女なのだ。
魔力が切れるということは、身体強化を行えない。子供の筋力では、ゴブリン一匹さえ倒せないかもしれない。
本来、魔獣とは子供が相手できる存在ではないのだ。
「そう、それなら今日は戻ることにしましょうか。また、機会はいつでもあるしね」
「そうか、悪いみんな」
申し訳なさそうにみんなに謝ったユリアに対し、ミリアが手を差し出す。
「そんなの気にしないわよ。ほら」
息が上がり辛そうなのを見てミリアは、肩を貸してあげるつもりなのだろう。
(うーん、友情って素晴らしいわね)
二人の様子を微笑ましく見つめながらもローラが、パンパンと二度ほど手を叩く。ここはまだ洞窟の中で、いつ魔獣に襲われるかわからない。
「それじゃあ、帰り道も気を引き締めて戻りましょう。わたしがサポートするからユリアは無理しないでね」
ゴブリンの洞窟は入り組んでおり、分かれ道も多数ある。ここまでの道のりで会敵したゴブリンを全て倒したといっても、別の小道にいて遭遇しなかっただけの可能性も残されている。
「うん、やっぱりいたわね。攻撃の主体はディビ―でお願い」
出口に向かっていると、案の定、正面からゴブリンが五匹ほど出て来た。
森の中と違って木々に延焼する恐れが無いため、燃焼の追加効果があるファイアボルトを中心に行使し、ディビーがゴブリンたちを殲滅していく。
「やっぱり、よく燃える……」
一撃で倒せなくても、燃焼の効果でのたうち回るようにゴブリンたちがバタバタと倒れていく様子を見て、ディビーが納得の表情をする。
ただ、そのニヤケ顔が怖い。
「熱で肺にもダメージ入るから窒息死ね。ちゃんとイメージできている証拠よ」
この世界の常識でファイアボルトといったら、魔獣相手にこれほどの燃焼効果をもたらすことは難しい。燃えたとしても、ゴブリンが身に着けている腰巻き程度だろう。この結果は、イメージ次第でどんな効果も発現させることができるという、本来の魔法のことを教わっているディビーだからこそだ。
当然、ローラは、その教えの効果が出ていることを嬉しく思った。
そうこうして、ゴブリンたちを討伐しながら突き進み、ディビーの魔力が切れかけたのと同時にその洞窟から脱出できた。
「危なかったわねー」
ディビーが肩で息をし始めたため、内心ローラも焦っていた。ユリアの表現を借りるなら人間トーチをずっとしていたので、ローラも魔力が切れかけている。次からは、松明やカンテラを準備した方がよさそうだ。ミリアも攻撃魔法を使えるが、ヒーラー希望が故にディビーほど攻撃魔法の練習をしておらず、正直心もとない。
「家に着くまでが冒険じゃなかったかしら?」
「うっ……」
ローラが三人に今日の実践訓練に際して注意事項として言った言葉をミリアに指摘されてしまった。さらに、ユリアに突っ込まれる。
「自分が言ったことを忘れるなんてローラにしては珍しいな」
「いやっ……」
(うわーこのわたしとしたことが……)
ぐうの音も出なかった。
「ち、違うわよっ。森にさえ出ちゃえば最悪は走って逃げることができるでしょっ! だ、だから魔力が残っているうちに洞窟から脱出できて良かったと言いたかったのよ!」
ローラがそう取って繕った理由を並べても、最早、単なる言い訳にしかならなかった。いつも茶化されているミリアからしたら、意図した訳ではないが、してやったりなのであろう。したり顔をローラに向けていた。
そんな風にして四人は、魔力切れかけの気だるい身体をおし、足早にテレサ村への家路を急ぐのであった。
めでたしめでたし……と言いたいところであったが、ローラは家に帰ってから追い打ちをかけられた。それは、気付かないうちに汚れていた服装をダリルに指摘され、ローラが色々と苦しい言い訳をする羽目になったのであった。
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