第16話 女神、まさかの理由に混乱する(▲)

 興奮状態で叫んだローラが激しく肩を上下させ、鼻息荒く拳を握りしめた。


「おいおい、いきなりどうしたんだ」

「いきなりも何も、ダリルこそ何よ! 内緒でみんなを呼んだりして!」


 絶対……絶対、ダリルの思い通りになんてさせないんだからっ! とローラがテーブルに拳を打ち付け、ダリルをキッと睨んだ。


 すると、ダリルが驚いたように目を見開き、急いで弁明しようと口を開いた。


「何か勘違いしていないか? そもそも彼女たちを呼んだのは――」

「勘違いなんてしてないわ! お姉様のときと同じように、わたしたちを引き離すんでしょ!」


 ダリルがいい切る前にローラが遮り、今度はバンっとテーブルを両手で叩いた。わたしは絶対引かないわよ、という意思表示。


 ただそれも、昨日ローラとダリルは似たような口喧嘩を行っている。興奮状態のローラを相手にダリルが降参したように視線を外してセナを見たのだった。


 ああ、やっぱり、と気まずそうなダリルの表情を認め、ローラは予想が当たってしまったことを悟った。


「ねえ、ローラ」


 セナから優しい声音で名を呼ばれたローラは、視線をダリルからセナへと移す。おそらく、セナがダリルの代わりに説明してくれるのだろう。なんだかんだセナは、常にローラの味方をしてくれていた。当然、全てを賛成してくれた訳ではないが、ローラの甘い考えを補足してからそれを応援するように、ダリルに色々と便宜を図ってくれることが度々あった。


(お母様まで……なんで? なんでなの?)


 ダリルと目で会話するようにアイコンタクトの後に頷いていたセナの様子から、今回は応援してくれないのだろうと思ったローラは、悲しくて、悔しくて、やりきれなくて、一瞬目を伏せてしまう。


 だから――


「お母様もなんですか? お母様までダリルと同じ考えなのですか?」


 先程まで強気な姿勢でダリルに食って掛かっていたローラは一転、泣きそうになるのを堪えるようにして声を震わせる。


 セナは、ローラに掛ける言葉を探すように瞑目した。ほんの数秒であるにも拘らず、ローラにはその沈黙が異様に長く感じられ、イヤイヤをするように首を小さく横に振った。が、幾ばくかしてセナが海色の双眸を開き、残酷な事実を告げた。


「ええ、そうね。一緒といえば一緒かしら」

「うっ」


 セナから断言され、ローラは歯を食いしばる。ここ最近、ヒューマンになったことの影響なのか、ローラは感情というものに支配されつつあった。その中には、セナに対する家族愛が芽生えたことの他に、逆らってはいけないという謎の恐怖を覚えていたのだ。それでも、ローラは女神に戻るために、魔王討伐を成さなければならない。


 そのためには、サーデン帝国に縛られる訳にはいかないのである。


 それから、ローラはセナを見つめたまま深呼吸をする。先ずは、落ち着こうと考えたのだ。


(普段通りと思ったけど、やっぱり、お母様も怒っていたのね。でも、それだけは譲れないの……わたしが神に戻るためには、中途半端じゃダメなの! 一国の中で活躍する程度じゃ、あの爺どもに見つけてもらえない!)


 今一度覚悟を決めたローラは、セナの様子を窺うように口を開く。


「お、お母様……」


 すると、意外にもセナが、「いってみなさい」というように頷いたのだ。


「わたしは、才能に恵まれました。魔法眼然り、過去の記憶による知識もそうです。そもそも、訓練を開始したときに、わたしがいったことに嘘偽りはありません」

「ええ、私もそれは疑ってはいないわよ。継承者だったのは驚いたけど、ローラがいつも頑張っているを知っているもの」


 セナは、いつもの笑顔に心配の色を混ぜたような複雑な表情をしていた。それを見たローラは、あれ? と小首を傾げた。既視感を覚えたのだ。そう、まるでポンコツメイドであるアリエッタとの遣り取りにも似た違和感を。


「え、えーっと、お母様?」


 キョトン顔のローラに、うふふとセナは微笑んだ。


「そうよ。ダリルは、そもそもそんなつもりはないのよ。そうよね、ダリル?」

「そうだぞ、ローラ……」


 ローラが呆けている間に、座っていたダリルが立ち上がって隣まで来ると、そのままローラの肩に手を乗せて引き寄せ、向かい合う姿勢になった。ローラが困惑して表情を固くさせていると、ダリルが続ける。


「ローラから彼女たちを引き離すつもりなんてさらさらない」


 ローラを真っすぐに見つめるダリルの茶色い双眸には、いまにも泣き出してしまいそうなローラの顔が映っていた。


 え、どういうことよ? とローラは、思考の迷路で迷子になってしまう。


 一方、いままで黙って話を聞いていたミリアは、居た堪れない気持ちになり椅子から降りた。


(まったく、ローラは……こんなこともわからないだなんて)


 ローラの勘違いっぷりに半分呆れながらも、ミリアは感情的なローラの姿に嬉しくなった。ミリアは、女神であるローラのお眼鏡に叶ったことを幸運に思ったりもしたが、正直不安だったのだ。きっと、魔王討伐を成すということも本気なのだろうと理解している。つまり、ミリアは自分の役割が仲間の回復なのだろうと考えていた。


 だがしかし、治癒魔法を使う機会にさほど恵まれず、あまり上達もしていない。故に、いつローラからクビを言い渡されるかと冷や冷やしていたのである。義姉妹の誓いをしていても安心できなかったのだ。


(ローラは、私たちを必要としてくれているのね)


 感情むき出しのローラにてられたのかもしれない。ミリアは、泣き出しそうになるのを堪え、ローラに真実を告げるのためにニッコリと笑う。


「ローラ、私たちはね。東の森に探索に出掛けるからその準備をするように、っていわれて来たのよ」


 ミリアの説明を聞いたローラは、瞼を何度かしばたたかせてからダリルを見上げる。


「まあ、なんだ……さっき遮られてしまったが、今度は最後まで聞いてくれるか?」


 ダリルは、苦笑しながら頬をかいている。


(えー、マジで? これって、わたしが早とちりしたってことよね……)


 ダリルとセナのこれまでの様子やミリアから告げられた話を総合し、ローラは自分の勘違いを悟った。


 それでも、ローラは素直になれず、


「ちゃんと説明しなさい、よね……」


 と可愛くない発言をしてしまう。


 ただそれも、親バカのダリルからしたら、そんなそっけない態度も大好物だったりするのだろう。ダリルがにんまりと笑ってから何度も頷いているのが、その証拠だ。


「それじゃあ、説明するが、彼女たちを呼んだのは、森での探索に俺も一緒に行くことにしたからなんだ」

「え、一緒に?」

「おいおい、そんなに驚くことか?」


 ダリルの発言に、ローラが驚きの声を上げて固まっていると、ダリルにミリアが突っ込みを入れる。


「ダリル様、誰だって驚きますよ……」


 それはまるで、ミリアたちがいつもしているローラに対する突っ込みを丁寧な言葉にしただけだった。


 さすがは親子ね、と思わずミリアも苦笑してしまう。呆れられているとは気付かず、ダリルが聞き返す。


「そうなのか?」

「はい、あくまで私の予想ですが、セナ様の発言からして、ローラからすべてをお聞きになられたのですよね?」


 ミリアは、セナがいった継承者というキーワードを聞き逃さなかった。


 つまり、何らかの事情があって、女神の能力をそれとして説明をしたのだろうと、ミリアは当たりを付けたのだ。けれども、きっとまた適当なことをいったんだろうなぁー、とミリアはそこまでのことも予想できてしまった。


 ローラの慌てようを見れば、同じことを思ったのは、何もミリアだけではないだろう。


 ユリアも苦笑いして、その状況を面白そうに傍観している。

 ディビーは表情を変えないまでも嘆息し、呆れ返っていた。


 ローラの発狂ぶりに、それほど深刻な状況なのかと三人は心配して見守っていたのだが、ローラの勘違いがそうさせたのだと気付いた途端、呆れてモノがいえなくなってしまうのも道理である。


 詰まる所、ミリアたちがそんな反応をするのは、当然のことだったのだ。

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