しかし、島太郎の食事は出てくる様子がありません。


「あの、俺の食事は?」


 島太郎が聞くと、鮃太は驚いたように答えました。


「あんちゃん、飯場は始めてなのか?」


 そう、ドラマでも『飯場』と呼ばれていたことを、今 島太郎は思い出したのでした。


 驚きながらも 鮃太は、島太郎に、一から 飯場のルールについて教えてくれました。

 飯場とは、仕事をする人のための 食事付きの寄宿舎です。

 学校の学生寮や 下宿寮にも近いかもしれません。


 普通は、人里離れた山の中の工事現場に造られることが多いようです。

 しかし、この『凸凹寮』はなぜか波止場ちかくにあります。


 そして ここでの生活は、半年から一度、数週間程度。


 それ以外は、全く別な 職場兼飯場での生活になるようです。


 凸凹水産の社員には、正社員と日雇い作業員がいて、この凸凹寮で生活しているのは日雇い作業員だけです。


 いわゆる『訳有り』の人たちばかりです。


『訳有り』とは、島太郎のように 無一文、それに近いのに仕事や住むところがない人。


 また 借金を抱え、その返済のため働いている人などです。



 飯場では お金がなくても、生活できるシステムになっているのです。



 しかしここは、慈善団体が運営しているものでも、公共団体の生活更正や社会福祉のための施設ではありません。

 利益を追求する 株式会社が運営しているのです。



 無一文の人や 借金を抱えた『訳あり』の人たちが 生活できるシステム、それこそ『書式』による 前借り制度です。



 お金がある人は 会社の車で街に出て買い物をすることができます。


 しかしお金がない人は 書式で買い物をするのです。


 会社には生活用品や お菓子、更にはお酒などが用意されていて、それぞれの値段が書かれた紙が置かれています。 


 これが書式です。


 欲しいものがあれば、この書式に欲しい数と合計金額を記入すれば、飯場の倉庫から持って来てくれます。


 

 そしてその代金は、寮費と共に給料から差し引かれるという なんとも良くできたシステムなのです。


 言わば 給料の前借り、つまり借金です。

 借金には利息がつきます。


 その利息分を 商品の価格に加算しているのです。



 鮃太によると、ひどい会社なら商品は十倍もの値段で売られることもあるそうです。



 凸凹水産では、価格の五割を加算しています。

 世間からすると、かなりの暴利ですが、飯場のなかでは 良心的と 鮃太は平気で言います。


 そして鮃太は 最後にこんなことを付け加えたのでした。


「今まで ここに来る連中には、こんなこと言ったことなかったけどな、欲しいものがあっても、食いたいものがあっても、ぜいたくするんじゃねえぞ。


 人は一度 ぜいたくを覚えると なかなか元の生活にはもどれないんだ。

 ここにいる連中は みんなそうだ。


 仕事が終わって 寮に戻って 小銭が出来たら パチンコや酒やで 大散財。

 そしてまた 書式で買い物をする、その繰り返しだ。ただ働きと同じだ。


 本当に必要なものだけ買っていれば金は残るんだ。


 あんちゃん。あんちゃんなら金を残せる気がする。


 やり直せる気がするよ」


 その言葉は なぜか島太郎の心の琴線に触れたのでした



 

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