閑話 タイミングを失った件について(琴音視点)
「ひとまず、お疲れさん」
常盤木君は、そう言うと気持ち良さそうに寝ている凛の頭を撫でいる。
時おり眩しそうに空を見上げ、その顔には柔和な表情を浮かべていた。いつも面倒くさそうで無気力に見える彼の姿が嘘みたいだ。
たまに陽の光が木々の隙間から凛の顔を照らそうとすると、彼は遮るように手をかざし、眠りを妨げないようにしていた。
「ぐっすりだなぁ。でも……頑張り過ぎだよ、ほんと」
そんなことを呟く彼の声が微かに耳に届く。
自分が言われたわけではないのに、二人を取り巻く空気感に当てられ自分の顔が熱くなっている気がした。
あ〜! 何この甘い雰囲気!?
……見てるこっちの顔も熱くなるんだけど!!
そんな風に心の中で文句を言い、私は大きなため息をついた。
あー……しまった。
出るタイミング……完璧を失ったよ……。
私は二人の会話に耳を傾けながら、草陰で膝を抱えて身を潜めている。
別に盗み聞きをしようとか、誰かに頼まれてスパイごっこをしているなんてことはない。
友人の今日の様子がどうしても気掛りで、こっそり付いてきたのだ。
いつもは『これから翔和くんと二人でランチなんです!』なんて元気よく言うのに、何やらぼーっとしたままどこかに行ってしまった。
そうなると、余計に気になるわけで……。
「……はぁ。ぼーっとしてるのに動きが早いって普通はあり得ないでしょ」
ボソッとそんな愚痴を言い、嘆息する。
急いで行動しないと見失いそうなぐらい動きが早かった。
いち早く常盤木君の所に行きたかったのだろう。
でも、そのせいで私はスパイ映画顔負けの行動をする羽目になってしまっていた。
……絶対、周りから変な目で見られたよね。
この後、教室に戻ったらなんか言われそう……ってその前に戻るタイミングがない。
凛の邪魔しちゃダメと思い咄嗟に隠れたのはいいものの、二人の良いムードが終わる気配がなく、今更出て行けないわけで……。
立ち上がったら気づかれるし、かと言って、這って校舎に戻るわけにもいかない。
そんなことしたら普通に不審者だしね……はぁ。
今はまさに八方塞がり。
昼休みが終わるまで、ここで待つしかないという状況は嫌だなぁ……。
「……凛に元気が戻ったのはいいことなんだけど。それとこれとは話が別っていうか」
調子の悪かった親友の復調……それは嬉しいこと。
だからその立役者の時間は邪魔したくないし、この状況も一生ではないだろうから、待てばいいだけの話ではある。
でも待ってるだけだと——
「……昼休みが終わっちゃうよね。私も頑張ったんだけどなぁ……」
私は、校舎近くにある大時計を横目で見る。
時計は丁度三十分を指していて、昼休み終了までにはまだまだ時間があった。
まだ、時間はある。
時間はあるんだけど……困ったなぁ。
落ち着かない気持ちを紛らわせようと、私は手をにぎにぎと動かした。
こういう時にスマホを持ってきていれば問題はなかったけど……。
いつも通り私はポカミスをやらかしていて、残念なことに教室に置いてきていた。
「……健一、まだ待ってるかな? 本当はお昼に誘って一緒に食べようと思ってたのにね……」
お弁当は教室。スマホも教室。
どうして私は、大事な時にポカをやらかすんだろう。
せっかく早起きして作ったお弁当も無駄になってしまった。
そう思うと、言いようのない悲しさが込み上げてきて視界がぼやけてくる。
私は、目を擦り「はぁ……」と深くため息をつくしかなかった。
「……はぁ。健一の馬鹿。それに、あほ、チャラ男、八方美人、おしゃれパーマ……完璧人間……やさしくてカッコよくて――」
「段々と誉め言葉に変わってねーか?」
「へ、ふえっ!?!?」
肩辺りから声が聞こえ、私は驚きのあまり口からはらしくない声が出した。
思わず飛び上がりそうになった私の体を健一が優しく抱き止め、口の前に人差し指を当ててくる。
それからいつも通りの爽やかな笑みを向けてきた。
「しっ。静かにしないとバレんだろ? せっかくいい雰囲気なんだからさ」
「あ……うん、ごめん」
「ん~、でもどうやらバレてねーな。うんうん、よかったよかった」
健一は微笑を浮かべ、頷いている。
なんだか満足そうだね……。
「……ねぇ健一。どうして――」
「いや~それにしても翔和の遠慮が減ってきていい感じだよなぁ。人目を気にしまくっていた頃が懐かしく思うぜぇ。な、琴音」
「……そうだね。って、私の話を遮らないでよ」
「ははっ。わりぃわりぃ」
「……ふん。それで、なんで健一はここにいるの?」
「なんでって、血相変えて走った親友のその後が気になってな。とりあえず見守ろうと思ってよー。おっといけね、それから……これも」
「……え。どうして」
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてどうしたー? ちゃーんと琴音のスマホに弁当を持ってきたぜ。ま、飯でも食いながらあのバカップルを眺めて糖分補給といこうか!」
健一はそう言うと、スマホを膝の上に置き弁当袋を私の頭に乗っけてきた。
『なぜ持ってるの?』って、そんな疑問が頭に浮かぶ。
だけど、それ以上に今の状況がなんだか恥ずかしくて、悔しくて、私は不満そうに彼を見るしかできなかった。
……私の素直じゃなくて可愛らしくもない態度。
そんな態度を見たのに、彼は何故だか嬉しそうにして頭をポンポンと叩いてきた。
にかっと屈託のない笑みを浮かべ、相変わらず私を見透かしたような対応……。
嬉しくて甘えたいけど、でもそれ以上に……恥ずかしいよ。
私は目を伏せ、「こほん」と小さく咳払いをした。
「……け、健一に色々とツッコミたいことがあるんだけど。まずは……」
「んーと。琴音が聞きたいのは『琴音特製手作り弁当を何で持ってるー?』って話かぁ? それか、スマホを持ってる理由やいつからいたのとか、どうして場所がわかったんだー……みたいな疑問ってところだろ??」
「……う、健一って私の心が読めるの?」
「ははっ。いやいや全く。俺は超能力者みたいなけったいな者じゃねぇーから、知らないものは知らないし、わからないものはわからねぇよ」
「……疑わしい」
「えー、疑うようなことか?」
「……だっていつも当ててくるし。だから、健一が実はそういう超常的な力を持ってても私は疑わないよ」
「マジで持ってねーって。でもさ、さっきも言っただろ?」
屈託のない笑みを浮かべながら彼は私を見る。
健一が言おうとしていることが分からず、私は首を傾げた。
「ほら、俺はさっき『わからないものはわからねぇ』って……まぁ、それはつまり『わかるものはわかる』ってことの裏返しだ」
「……ということは?」
「察しが悪いなぁ~。俺が言いたいのは、長年一緒にいた琴音のことはわかるってことだよ。こんだけ一緒にいるからな」
私の髪をわしゃわしゃとして、得意気な表情をして見せた。
いつもは大人っぽいのに、こういった表情は少年のようなあどけなさが見てとれて、私の胸を高鳴らせる。
普段はカッコイイのに、何その可愛さ?
うぅ、ギャップがやばい……。
反則だって、その顔は~!!
私が心の中で悶えていると、彼は見透かしたような目で見つめてくる。
それが恥ずかしくて、いつの間にか私の顔は熱を帯び始めていた。
「……け、健一。そういえばさっきの競技で起きた常盤木君の話って聞いた?」
「ああ勿論! ナイスアシストだって聞いたぜ。その後、覚醒した若宮の無双がやばかったってなぁ」
「……うん。いつも以上に凄かった」
「俺も見たかったわ~。翔和の代わりに救護をやったら人が集まって……あ、やっぱ何でもない」
「……その話は後で詳しく聞くから」
苦笑いの健一をじーっと見つめると、ばつの悪そうな顔をして空を見上げてしまった。
やっぱり……。
健一は彼女がいても人気があるから……きっと他クラスの生徒が話し掛けに来たのだろう。
救護テントが騒がしかったって噂で聞いたけど、そういうことね。
これだからモテ男は……また言い寄られたみたい。
はぁ。気が気じゃないなぁー。
……やっぱり、もっと見せつける必要がある?
「目がこわっ!? い、いや琴音。多分、想像しているようなことはないって」
「……疑わしきは極刑」
「前衛的すぎる!? って、冗談だよ……な?」
「……考えが読めるなら読んでみたら?」
「あー、ハハハ……お手柔らかにな」
私は不貞腐れた様に頬を膨らませる。
すると健一が「それにしてもいい感じだよなぁ」と話を逸らし、未だに甘い空気を醸し出す二人を見るように促してきた。
いつまでもさっきの話を続けても仕方ないから、私は健一の誘導に乗りもう一度、凛を見る。
寝ている彼女は非「えへへ~」と言いだしそうな常にだらしない顔をしていた。
「……なんか蕩けきってる」
「いやいや実にいい感じだねぇ。翔和もめっちゃ優しい顔してるしなぁ~」
「……うん。なんか常盤木君って最近変わった? どこがって言われたら上手く表現が出来ないけど」
「まぁそう見えるかもな」
「……何、その含みのある言い方。私にはよくわからないんだから、ちゃんと教えてよ」
「ん~いや、俺の場合は変わったと思ってねぇからなぁ。ただ単に気に掛ける対象がってだけで、本質自体は今も変わらずだと思うしよ」
「……えっと。本質??」
「そ。どうしようもなくお人好しで、捻くれてて卑屈で面倒くさい感じ。視点もなんかひん曲がってるしな!」
「……それ、褒めてないでしょ。」
「ははっ! 確かにそうかもしんねー。けど、綺麗な言葉を並べるよりいいと思うぜ? 翔和も聞いたらは『その通りだな』って納得する筈だ」
「……えー納得してはダメだと思うけど。そんなこと言うと常盤木君、寧ろ怒るんじゃない?」
「いやいや~。ないない」
「……ふーん」
私は興味なさげにそう反応した。
健一はなぜかとても嬉しそうにしている。
男同士の友情なのか。
それとも真に仲がいいからなのか。
私にはわからない。
だけど、私にはわからない二人の関係性が羨ましくて、可愛げのない反応をしてしまった。
そんな私のの心中まで察しているのか、健一は私と違って不機嫌になることはなく優しい眼差しで二人を見ている。
「そんな翔和の性格だからこそ、気がつくんだろうなぁ」
「…………」
「翔和は心酔したり陶酔したりはしない。まぁ捻くれているからこそ、色眼鏡で見ることがないんだろうな。だから気づくし、行動できる。……俺はそれを認めてるよ」
「……そっか」
「ん。そんな感じだ」
少しの沈黙が訪れ、私と健一は同時に草陰から二人の様子を窺う。
相変わらず気持ち良さそうに寝る友人に、優しい眼差しを向けるひねくれ者。
そんな二人の空気感が再び伝わってきたのか、見ているこっちが恥ずかしい気持ちになった。
隣にいる健一は苦笑していて、私と目が合うと肩をすくめてみせる。
それからお弁当を指さしてにこりと笑った。
「んじゃあ、熱々な二人が起きる前に俺は琴音の弁当を食おうかな」
「……うん。食べて……でもね」
「うん??」
「……あの、その私、そんなに料理は上手じゃないから美味しくないことも……。だから、笑わないでね?」
「はは、そういうことか。大丈夫、笑わねーよ」
「……二言はダメだから」
「言わねーって。てか、不器用な女の子が不器用なりに一生懸命作る……その時点で俺は大満足だぜ? なんつーの弁当にも表れる萌ポイント的な。だからどっちに転んでも俺としては最高で——――痛っっ!?!?」
「……馬鹿」
顔をそらして呟いた私に、健一は聞こえるように『うまいなぁ~』と言う。
気になって彼の方に視線を少しやると、目の合った健一は爽やかな笑みを浮かべながら、抓られた頬を嬉しそうにさすっていた。
もう……なんか、色々とずるいって本当に。
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