第22話 ありがとうございました


 木陰で丸くなる凛は、大きな深呼吸をした後にこちらを振り向いた。

 そして、真っ直ぐに俺の目を見て——



「えーっと、その……あのですね。翔和くんは何が気になって校庭を眺めてたんですか!!」



 と、相変わらず顔が赤い凛が、話を変えるためにそんなことを言ってきたのだ。

 まぁ、話のそらし方が雑だけど……これ以上、暴走しては凛の傷口を抉りそうだよな……仕方ない。

 俺はコホンと咳払いをして、話の流れに乗ることにした。



「そうだなぁ。今日に限る話じゃないけど。スポーツが好きじゃない人もいるはずなのに、なんか楽しそうにしてるだろ? それが俺には不思議でさ」


「なるほど、そういうことでしたか。何もこういう祭りごとの“メイン”は決まってませんからね。人それぞれです」


「メイン? まぁ確かに出る種目は違うだろうけど」


「ふふっ。違いますよ。スポーツを楽しむことが好きな人もいれば、クラスで一緒に行動するというのが好きな人もいます。好きな人が頑張る姿を見たいって方もいますね。なので、主となる楽しみ方は人それぞれなんですよ」


「なるほどなぁ。考えてみればそれもそうか……」


「はい。思い思いの目的がありますから、真の意味で一枚岩になるということではないんですよね。同じ目標に一丸となって……これは案外、難しいことです」


「仲良さそうに見えるのも表面的ってわけか。どす黒い感情を抱えている人もいるかもしれないね」


「翔和くんの考えは尖り過ぎですが……。でも、捻くれた見方をすればそうかもしれないですね……」



 凛は悲しそうに笑うので、反射的に首をすくめた凛の頭をぽんぽんと軽く叩く。少し驚いたようにこちらを向いた凛は振り向かず、俺の肩に寄り掛かり体を預けてきた。

 クラスに馴染めていない俺とは、凛はきっと違う。けど、凛には凛の思うところがあるんだろう……。

 それを理解することができるなんて、傲慢な気持ちや自惚れはない。でも、こうやって寄り添ってあげることは出来る。


 ――それがちっぽけで非力な俺に出来る唯一のことだから。


 秋空の中、俺達がいる木陰にやや冷たい風が吹く。しんみりとした空気はあるけど、凛のお陰で寒くはない。

 横にいる凛を見ると、微笑みを向けて来て顔を寄せてくる。暫し見つめ合ってから、凛がいつも通りの自信有り気な顔に変わった。



「翔和くん、どうでしたかさっきの試合は? 私の大活躍を見てました???」


「ああばっちり。マジで凄かったよ。人にあんな滞空時間かあったなんて知らなかったなぁ~」


「でしょでしょ~。褒めてくれてもいいんですよー?」


「よしよーし。頑張ったなぁ~」


「えへへ〜。飽きるまで撫でてください~」



 撫でろと要求するように頭を寄せてくるので、俺はそれに応え優しく撫でる。嬉しそうに目を細める彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。

 こういう仕草がいちいち可愛いんだよなぁ。ずっと撫でていたい、甘やかしたいという衝動が……。


 俺はなんとかその気持ちを抑え、ある程度撫でたところで手を止めた。

 凛は悲しそうに見つめてくるが、ぐっと堪える。


 すると、凛は諦めたのか俺の横で座り直し空を見上げた。



「でも恥ずかしい話……活躍とは言いましたが、常にとは言い難いんですけどね。後半途中まで大ブレーキでしたし」



 撫でまわしたいという衝動と葛藤していると、凛は苦笑いをしながらそんなことを言ってきた。



「ん……けど、勝ったんだろ?」


「それはそうですが……。私としては、翔和くんに終始カッコいいところを見せたかったです。ずっと拍手されて、凛々しくて、目を離せないような姿を……」


「俺からしたら、十分かっこよかったと思うよ」


「……本当ですか?」


「嘘は言わないよ。試合に参加する凛を始めて見たけど、目を惹くものがあるなぁって素直に関心したしね」


「そ、それは……ありがとうございます」



 凛は俺の言葉に戸惑っているような、恥ずかしそうな、曖昧な笑みを浮かべている。たぶん、凛からしたら俺に見せたかった姿と違い過ぎたのに、このリアクションは予想外だったのだろう。


 嘘を簡単に見破る凛のことだ。俺が本気で言っていることはわかっている筈。だからこそ、『なんでだろう?』とわからなくなっているに違いない。凛からしたら、不完全な自分を見せてしまったわけだから……。

 

 でも――。



「凛はやっぱり凄いよ」



 これは俺の本心で彼女を素直に褒めたい。



「普通はあんな風にすぐリカバリーは利かないし。あの点差から巻き返しなんて出来ない」


「……そうですか?」


「ああ。だから改めて凛って凄いなぁと思ったよ。まるで、漫画の展開がリアルに訪れたみたいだったわ。喩えるなら『主人公が覚醒して大逆転』って感じ」



 俺がそう言うと、おかしかったのか凛はくすりと笑う。

 力が抜けたように息を吐いた。



「スポーツの緊張ってああいうことを言うんですね。翔和くんにいい所を見せようと思えば思うほど、上手く行かない。身体が思うように動かなくて、何をしても上手くいかなくて……苛立ちを覚えたりしました」


「逆に今まで経験がないのが珍しいよ」


「ふふっ。そうかもしれないですね。私も一生無縁だと思ってました。だからこそ、あの感覚は忘れられそうにないです」


「そっか。でも、いい経験だったんじゃない?」


「そうですね……そう思います。あの時、翔和くんが来てくれて私に声を掛けてくれて……。そしたら、心に光が灯ったみたいに温かくなったんですよ。これは、忘れられそうにありません」



 凛が微笑みながら魅力的な表情をするもんだから、顔が熱くなり「そっか」と短く返事をした。

 ……よかった。凛の為になったのなら。


 凛は俺の肩に頭を乗せ、耳元で囁いてきた。



「改めてですが、ありがとうございます……翔和くん。そういう優しいところが好きです」



 ギリギリ聞こえるぐらいの小さな声。

 だけど、透き通るような彼女の声はしっかりと届いていた。

 血液が沸騰したように熱く、改めて向けられる好意に俺の胸が高鳴るのを感じた。


 そんな俺を凛がじっと見ていて、動揺を敏感に感じ取ると嬉しそうに頭をぐりぐりと当ててくる。



「私はまた初めてを貰いました。いつも翔和くんは、私の初めてですね?」


「り、凛。その言い方は語弊があるからな?」


「事実ですよ?」


「いやいや、確かに事実かもしれないけどさ」


「嘘をつくのはいけません」


「まぁそうなんだけど……と、とにかく! もう少し言い方というのを考えないと、あらぬ誤解が加速するからな?」


「はい! 気を付けますねっ!」



 うわぁ。

 眩しいくらいの満面の笑み。

 これは、『気を付けるだけで、実行するなんて言ってませんよ』とかいう時の顔だな。

 こうなったら言っても仕方ないから、言わないけど……。


 俺は彼女の意図をくみとり、ため息をついた。



「それにしても暖かくてぽかぽかとしますね~。このまま寝てしまいそうです……ふわぁ」


「欠伸なんて珍しいなぁ」


「中々にいい陽気ですからね。体力回復も必要です」


「寝るなら頼まれた時間に起こすよ」


「本当ですか? では、お言葉に甘えて……昼休み終わりまで」



 凛はそう言うと俺の膝を枕にして横になろうとした。

 俺は持っていたジャージの上着を彼女の下に滑り込ませる。



「この後の競技、応援に行きますからね」


「あー、でも見ててなんとも言えない気持ちになるぞ?」


「そんなことありません……ちゃんと張り切って————すぅ……」


「って、寝るの早いな……」



 かなり疲れていたのだろう。

 凛は、直ぐに寝息を立て始めた。



「ひとまず、お疲れさん」



 そう、俺は声を掛けたのだった。

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