第9話 凛はぷぅと口を膨らます
——トントン……ドンッ!
凛の食事を作る音。
でも、なんだろう……今日は妙に荒い気がする。
帰り道はいつも通りに見えたのになぁ。
家に帰ってから背後に般若が見える気がするよ。
今まで凛と接していて、こんなことなかったから……。
正直、どうしていいか分からない。
俺はグー◯ル先生……いや、健一大先生にアプリでこの場合の解決を相談することにした。
“女性を怒らせてしまった、喧嘩に発展しそうな場合の解決方法を教えてくれ”と送る。
すると、健一から数秒後に返信が来た。
『普通だったら誠心誠意、謝罪をするべき。女性と男性で争った場合は不利だからな。男性は一対一で喧嘩してるつもりでも、女性は複数で徒党を組む。だから基本、言い返したり言い訳はこちらが不利になる場合が多い。以上の点から、怒らせたら謝り素直に話を聞く。まずは感情を吐き出させることが重要だ』
つーか、ながっ!?!?
よくあんな短時間で打てたな!
うん……?
なんか、追伸が——。
『ま、若宮との揉め事なら、きっと大したことなくて、重く考える必要はねぇーよ』
という、連絡が来た。
……健一が言うなら、俺の勘違いって可能性はあるけど。
表情に何か違和感があるんだよなぁ。
笑顔が怖いっていうか……。
「翔和くん? スマホと睨めっこしてどうしましたか?」
「ちょっと、健一とね」
「そうでしたか」
透き通るような声がやはり冷たく感じる……。
健一の言う通り、勘違いならいいが……そうじゃなかった時は嫌だよなぁ。
それなら——。
「凛、もしかしてじゃなくて怒ってるよね」
「そうですね、はい……。自分自身に……」
「だよな、ごめん……え?」
今、聞き間違えか?
自分自身って言わなかった?
いやいや。
どういうことかわからないんだが……。
俺が首を傾げていると、凛が目の前に料理を並べ始める。
全ての料理を並べ終わると、綺麗な姿勢で俺の横にぴたりとくっついて座った。
「俺に怒ってるんじゃないの?」
「翔和くんに怒るような理由は、ありませんよね? 非がないことは、状況を見れば理解出来ますよ」
「え、そうなの……?」
「はい。相野谷さんは距離感が近いって言うのは知ってますし、ストッパー役の横村さんもいましたからね。翔和くんに何か頼みごとがあって、話が明後日の方向に行き、盛り上がっていたと推測できます」
「ははは……相変わらず、ドンピシャだよ」
すげぇ。
相変わらずのエスパー……。
あの一瞬で、どうしてそこまで理解できるんだよ。
でも、その理解力の高さは……嬉しいな。
あ、でも——。
「いや、でも今さっきまで、めっちゃ怒りながら料理してなかったか……? “ドンッ”って音が何度もしてたし」
「それですか? 本日の夕食は“肉のソテー”ですから、叩く必要があるんですよ。でも、タイミング的に勘違いさせましたね。ごめんなさい……」
「理解したから、別に謝る必要はないんだけど。だったら、何で自分に怒ってたんだ??」
「それは———」
急にしおらしくなり、目を伏せる。
それから俺を上目遣いで見てきた。
「あの……笑わずに聞いてもらえますか?」
「笑わないよ」
「その、実は…………嫉妬してしまいまして……」
尻すぼみに声が小さくなる。
耳まで真っ赤に染めて、凛にしては珍しくこれ以上ないぐらい紅潮させてしまっていた。
そっか……。
凛ってものすごく我慢強いから、感情をコントロール出来なかったことに、苛立ちを覚えて、それが恥ずかしさを助長させたのか。
確かに慣れないことが起きると戸惑うよな。
「相野谷さんも横村さんも可愛い人で有名ですし……。そんな二人と今まで会話すらしていなかった翔和くんが会話するのを見てしまい……それで……少し苛立ちを……でもそれが恥ずかしくて、つい強張ってしまいましたぁぁ…………」
完熟のトマトみたいに真っ赤になる凛の頭を、俺は優しく撫でる。
少しずつ、赤みが引いてくる凛を見て俺は声をかけた。
「俺も変にびくびくしてごめん。俺は全然気にしてないし、寧ろ……ちょっと嬉しくある」
「えへへ〜。では、嫉妬するのも悪くなかったかもですね?」
「やや心臓には悪かったけどね」
「ふふっ。それはごめんなさい。本来は、素直に喜んで祝福しないといけないんですよね……」
「祝福って、それは大袈裟だと思うけどなぁ。みんなが当たり前に行っていることを出来てなかっただけだし……。マイナスだったのがゼロ、つまりはスタート地点に立っただけだよ」
自嘲気味に笑う俺に、凛は優しく微笑みかけてきた。
包み込んでくれるような、慈愛に満ちた……そんな目を俺に向けてくれる。
「千里の道も一歩から。翔和くんがクラスの皆さんと話すようになるのは、成長や変化を見れて喜ばしいことです。でも……」
凛はぷくっと頰を膨らませて、俺の膝に手を置く。
吸い込まれそう大きな瞳が俺を真っ直ぐに見据えてきた。
「翔和くんを独り占め出来なくなるのは、寂しいんですよね……。これは私の我儘ですけど」
「まぁ……我儘ぐらい、いいんじゃないか? 凛が言う分には我儘ぐらい許されると思うぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて——今だけは我儘を言いますね」
そう言うと、彼女は俺の膝に寝転がり猫のように甘えてくる。
いや……これは、反則級だよ。
俺は苦笑して、凛の頭に手を置いたのだった。
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