第80話 なぜか、リア神と夏祭りに行くんだが④


「それで、結局ここにはいつ来たの?」


「前に来たのは幼稚園の時ですね。初めてのお祭りに初めての浴衣……とにかくはしゃいでしまってたので、よく覚えてます」


「幼稚園……か」



 俺の頭にふと浮かんだのは、前にリサさんから見せてもらった凛の子供の頃に撮った写真……。


 あの超絶可愛い子が浴衣を着て、はしゃいでいたら……さぞ目を惹いただろうなぁ〜。


 俺が見たのは卒園式の写真だったけど……。

 控えめに言っても“神”って感じだったし。


 その時代の浴衣姿……やばい、めっちゃ見たい。


 でもなぁ、たぶん凛に頼んでも見せてくれなさそうだよね……。

 前の時も恥ずかしがってたし。


 リサさんに会う機会があれば、頼んでみようかな?

“交換条件”とか言われそうで怖いけど……。



「どうかしましたか、翔和くん?」


「いや……なんでもない。ちょっと考えることがあってさ」


「考えること……ですか?」


「ああ。わりと重要なことをね」



 凛は俺の目をじーっと見る。

 そして目を伏せ、



「そうでしたか。とりあえず今度お母さんに写真は見せないように伝えておきますね」



 と抑揚のない平坦な口調でそう言った。


 ちくしょう……、このエスパーめ……。

 なんでこう読まれるんだよ……。



「……どうやら図星のようですね。写真ってそんなに見たいものですか?」


「はぁ……。まぁ、気になるというか。犬とかの小動物を見て和むのと同じ感覚というか……」


「和む……ですか?」


「……ほら、可愛いのって見てて癒されるだろ? そういうのって嫌いじゃないんだよ」



 動物の動画を見たりしてると癒されるんだよなぁ。

 見ていて疲れないし、ただぼーっと見てるだけでもいい。


 今までは、バイト後とかに結構見てたけど……あれ?

 そういえば最近は見てなような……。



「……可愛い。あ、でも動物と一緒……むぅ。けど、可愛いって言ってくれたのは間違いないですし……。嫌いじゃない……遠回しに好きって……えへへ〜」



 何やらぶつぶつと言いながら、表情が面白いぐらいに変化してる。

 よくわからないけど……ちょっと面白いな。

 学校ではまず見ることは出来ないし。


 凛は少し悩んだような素振りを見せた後、小さく頷く。



「……写真は要検討ということで」


「まぁ、嫌々ならいいからな? 無理にっていうのは気が引けるし」


「嫌というよりは、恥ずかしいってだけですので……」



 普段は恥ずかしがらず、気にしないことも多いのに……子供の頃の写真だけは気になるのか……。


 うん。

 基準がよくわからない。


 ま……とりあえず、無理強いするのは悪いから話はここまでにしとこう。



「そうだ凛、さっきの祭りの話に戻るけど。凛ってこの祭りは2回目ってことだよな? 祭りって具体的に何を楽しめばいいんだ? 俺、誰かと祭りに行ったことないからわかんなくて」


「そうですね……。私も2回目なので詳しくは語れませんが、屋台を見て回ったり、後は締めに行われる花火でしょうか」


「ほおほお……。じゃあ、前に来た時もそれを頼んだ感じ?」


「そうですね……。屋台を一通り見て回って、綿飴やりんご飴を食べたり……他にも盆踊りをしましたよ。ちなみに琴音ちゃんも一緒です」


「へぇ〜。藤さんも一緒だったのか。ん……じゃあ、さっさか遠い目をしてるように見えたのは、単に過去を懐かしく思ってただけ?」


「それもありますけど、お祭りで泣いてしまったことを思い出しまして……」


「えーっと、それは迷子になってとかか?」


「いえ……その、金魚すくいです」



 金魚すくい?

 俺は首を傾げる。


 金魚すくい……やったことはないが、仕入れ値が数十円の金魚を300円ぐらいで荒稼ぎしているというイメージが……。


 あの“ポイ”と呼ばれる道具で獲れる気がしないよね。



「意外と難しそうだよな、金魚すくいって。子供なら力加減とか下手そうだし」


「そうなのです。何度挑戦してもスルっと逃げられてしまいますし、オマケとして1匹の金魚を貰いましたが……。それがなんだか子供の頃の私には、無性に悔しく感じてしまって……」


「それで泣いてしまったってわけね」


「はい……。お店の人の親切に対して『いらない!』と言ってしまったのを後悔しています。素直に受け取ればよかったのにと……」


「子供の時だから仕方ないんじゃないか?」


「そうですね……。ただその後、帰ってしまいましたし……お祭りに行ったのはそれっきりなのです。だから楽しかった記憶より、悲しい記憶の方が鮮明に覚えてしまっているんですよね……」



 凛は微笑んでいるが、その目はどこか哀しそうである。


 所詮は子供の時のこと。

 子供はわがままで、涙脆くて、そしてすぐに意地を張る。

 それは正直言って仕方のないことで、周りの人も理解していることだろう。

 だから凛も普段は気にしていなかった筈だ。


 ただ、記憶のある場所に来れば否応なく思い出してしまう。

 当時の印象に残ったことだけが息を吹き返したように蘇ってくるのだ。


 ——楽しかったこと。

 ——悲しかったこと。

 ——後悔する気持ち。


 ……過去のことはどうしようもない。

 けれど、思い出してしまい考えてしまう。


 しかもそれが、唯一の祭りだったら尚更……。


 だったら——



「んじゃ、今度はしっかり楽しまなきゃな。前の記憶を塗り変えるくらいに……」



 無意識のうちに彼女の頭へと手が伸びていた。

 俺は、そのまま凛の頭を優しく撫でる。

 頭を一撫でされて、凛は気持ちよさそうに目を細めた。



 だが、秒で後悔した……。

『なんで俺がしてんだよ……』と。


 これは、クラスの日陰者はやってはいけない。

 何故ならこの行動は、イケメンのみに許される行為だから……。




「悪い……つい……」



 慌てて頭から手を離そ——とする前に腕を掴まれ、凛はもっと撫でろと催促するように頭を傾けてきた。



「やめないで下さい翔和くん。……その、もう少しだけ。せっかくですので……」



 甘えるような目で呟く彼女を直視出来ず、目を逸らす。



「おぅ……」


「ありがとうございます……」



 俺はなるべく見ないように、凛の気が済むまで撫で続けた。


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