第73話 なぜか、リア神との生活が終わらないんだが③
——生活の違いは食べ方にも出る。
テーブルマナーはもちろんのことだが、料理についても同様だ。
例えば、ラーメンを食べた時にスープまで飲む派と飲まない派とか。
鳥の手羽先を食べた時に軟骨の部分を食べるか否か……。
そう、こんな風に育ってきた環境が露骨に出るのが“食”である。
そして価値観の違いから最も喧嘩が発生しやすい。
例えば——
『普通はそれ食べるだろ?』
『あなたにとって普通でも、私には違うから! おかしいんじゃない!?』
『はぁ!? そんな言い方はないだろ!』
みたいなやりとりの結果、喧嘩に至るというわけだ。
だがこの問題は、どちらかが寛容であればそもそも喧嘩に至ることはない。
つまりは、生活観の違いを受け入れる自分自身の度量次第だ。
これはあくまで俺の独断と偏見ではあるが……。
まぁ、幸いなことに凛はこういった些細な違いで怒ることはない。
凛が俺に対して言うことは「残さず食べましょう」とか「そこは食べれますよ? ただ、無理にとは言いません」という内容ぐらいだ。
後は、お節介ぐらいだろう。
そう今みたいにね……。
「私が綺麗にして差し上げますね」
「……すまん。そこまでやらせてしまって……」
「いえいえ。喉に刺さると危ないですし、慣れていないと難しいですから私に任せて下さい」
さっきまで見るも無残な姿だった魚が、凛により手際よく解体されてゆく。
俺はそのビフォーアフター具合をぼーっと眺めていた。
小骨も丁寧に取り除かれているし、動きに無駄がないなぁ~。
ちなみに凛が食べ終えた魚はというと、『骨の標本』として飾れそうなぐらい綺麗な見た目をしている。
俺のとは大違いだ。
そもそも魚の綺麗な食べ方とか知らないから無理もないけど。
これが生活の違いか……。
悲しくなるな、この格差……。
「翔和くん、お待たせいたしました。どうぞ、召しあがり下さい」
「ああ、さんきゅ……。世話になりっぱなしで悪いな——」
俺が手を伸ばして皿を受け取ろうとしたところ、寸前のところで凛がなぜか皿を引き下げる。
怪訝な顔をして表情を窺うと凛はにこりと微笑を浮かべた。
「凛、なんで取り上げるんだ……?」
「特に深い意味はないのですが。この際、最後までお世話をしようかと」
「うん? 世話?」
凛は、箸で魚の身をひと掴みするとそれを俺の口元に持ってきた。
俺の向かい側から手を伸ばしているせいか、腕がぷるぷると震えている。
無理しているところが可愛らしいな……。
「なぁ。もしかして……食べさせようとしてる?」
「それ以外、何に見えますか?」
「いや、見えないけど……。でも、腕が疲れるだろし、やり辛いだろ?」
「なるほど……。確かに言われてみれば、その通りですね」
「だろ? だから普通に自分で食べるよ。まぁ提案は、有難い話だけどさ」
俺は再び魚に手を伸ばすが、皿を持ち上げた凛のせいでまたしても空を切ってしまう。
「おい……」
不服を訴えるような目を凛に向ける。
凛はそんな俺の視線を気にした様子はなく、その場から立ち上がった。
そして、俺の真横に流れるように移動すると寄り添う形で腰を下ろす。
「これなら問題ないですよね? さぁ、お口を開けて『あーん』としてください」
「え、えっと、だな。一旦、落ち着こうか凛……」
「私はいつでも冷静です。ですので……はい、あーん」
このまま勢いに負けていいのだろうか?
学校でこんなやり取りをする男女を見かけたことは何度かある。
男女の仲良しグループのノリとしてやることもあるみたいだが、大抵はカップルのイチャつき行為の一環だ。
しかも今回、俺と凛の2人っきりという状況。
妙に気恥ずかしいムードがあり、男女の雰囲気というのを余計に助長させてしまう。
これが衆人環視の場だったら『常盤木に餌付けしてる』ぐらいの認識で済んだかもしれない。
だが、この場は凛と俺だけ……。
やってもらっても恥ずかしさで辛いし。
断っても気まずくなるだろうし。
はぁ……どっちが正解なんだよ。
「翔和くん。食べないのですか?」
「……今、脳内会議中だ」
「あんまり長いと冷めてしまいますよ?」
「会議は大荒れだから長引くかもしれない……」
「ふふっ。そうですか」
凛は小さく笑う。
そして何か思うことがあるのか、箸をじーっと見つめた。
なんだろう……。
非常に嫌な胸騒ぎを感じるんだが……。
「では、私がこのまま頂きますね」
「待て!」
俺は咄嗟に凛の腕を掴み、食べようとする手を止める。
掴んだ拍子に魚が皿の上にぽたっと落ちた。
「それ……俺の箸だよな?」
「そうですけど、何か気になることでもありましたか?」
「い、いや……別に。どうでもいいことかもしれないが……」
「でしたら気にする必要はないですね」
「まぁ……」
気にする必要はある! 大アリだ!
それは声を大にして言いたい。
だってあの箸は、俺がさっきまで使っていた物だ。
それを凛が口に入れるということは……間接キスということになってしまう。
凛は気がついていないのか?
それとも、気にしていないのか?
それはわからない。
リア充の神のことだ。
この手のことは慣れっこという線もある。
だけど……少しぐらい気にしてくれてもいいと思うんだけどなぁ。
もしかして、俺が気にし過ぎなのか……?
だったら——
「わかったよ、凛。もう好きに食べてくれ」
「え……あれ?」
「気にしなくていいよ。俺の分までバクバク食べてくれ」
「いいのですか……? 本当に食べますよ……?」
「ああ。好きにしちゃって」
「わかりました……」
語尾へ近くにつれて声が小さくなる凛に首を傾げる。
……どうしたんだ?
凛は、目を閉じで深呼吸を繰り返す。
そして大きな目で箸を捉えると、意を決するように口を開いた。
しかし、自分の口に魚を入れる直前なぜか急に手が止まる。
途端、みるみる顔を真っ赤にして燃えるように上気していった。
「おーい……凛? その……大丈夫?」
「うぅ……。やっぱり……翔和くんが食べて……くれませんか?」
「あ、うん……そうするよ」
「……すみません」
「つか、恥ずかしいなら最初からやるなよな……」
「それなら最初から食べてください……。『あーん』って言うの、意外と恥ずかしいのですよ?」
「言われる方も恥ずかしいからな……」
「「……………………」」
俺と凛は無言で見つめ合う。
そして無言のまま箸で掴むと、再び魚の身を俺の口元に寄せた。
「……食べればいいのか?」
凛は小さく頷くと、今にも泣き出しそう顔で「どうぞ……」と口にする。
普段の凛々しい姿は微塵もない。
はぁ……なんだよ、今日は……。
いつもの凛と違うと……調子狂うんだよなぁ。
俺は、差し出された物を素直に食べる。
すると凛は、はにかむように微笑んだ。
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