第74話 なぜか、リア神との生活が終わらないんだが④



 魅力的な笑みを浮かべる凛の顔を直視出来ず、俺は目を伏せる。

 そして、そんな自分を誤魔化すようにふと思い出した疑問を口にした。



「そういえば、凛の両親はいつになったら戻ってくるんだ?」



 凛は両手に持ったお茶を上品に飲む。

 そのお茶を食卓に置くと、ふぅと小さく息を吐いた。



「いつでしょう?」


「『いつでしょう?』って……。あれから1週間は経ってるからな……」


「もう1週間ですか……。時間というのはあっという間に過ぎるものですね。やはり、楽しい時間だからそう感じるのでしょか?」


「楽しい時間ね……。ってか凛、他人の家だと疲れるとか気を遣うとかあるだろ? 帰りたいとか思わないの?」


「全く思わないですよ」



 凛は小首を傾げきょとんとした。

 そんな『何を言ってるのでしょう』みたいな表情をするなよ……。

 俺の常識がおかしいのではないか? って思うだろ……。



「そっか……。まぁ、この状況に不満がないならいいんだけどさ」



 そう、リサさんから凛を預かって1週間が経っていた。


 子供を放ったらかして1週間の旅行とは……。

 まぁ、今時の親はこうなのかもしれないけど。

 お土産を買ってるあたり、一応は気にかけていることが窺えるしね……。


 俺は、目の前に置いてある大きめの箱を見てため息をつく。


 この箱は、食事前に届いたリサさんからのお土産だ。

 中には、産地特産の物が色々と入っている…………らしい。


 なんでこんな濁した表現したのか。

 それは単純に中身を見ていないからである。

だから、産地特産が云々は凛が言っていただけで確認はしていない。

 と言うのも、凛が『この整理は、私に任せてください』と言って見せてくれないのだ。

 こっそりと覗こうとしてもすぐに制されてしまうし。


 けど、ここまで見せてくれないと逆に中身が気になってくるんだよなぁ。

 駄目と言われると余計に気になるのは、人間の困った性質だ。


 ま、見ないけどね。

 あの箱を見てから凛の調子がさっきみたいに変だし……。

 なんとなくだが、見てはいけない気がする。



「不満なんてあるわけないです。泊めていただいて嬉しい限りですし……正直、わくわくしています」


「そうなのね……」



 わくわくって……。

 あれか? 小学生が林間学校とかで無駄にテンションが上がるみたいな感じなのか?

 それか、リア充特有の『今日はオールでしょ!!』みたいなノリの一環?


 ……どちらにせよ、俺にはないな。

 わくわくとか皆無だし……。

 寧ろ、心臓に悪過ぎる毎日だわ。



「あー……けど、凛。男の家に外泊って世間体的によくないよな? まぁこれを言うのは、今更な気もするけど……」


「確かに……言われてみればそうかもしれませんね」


「だろ?」



 まだ高1の若い男女が……っていうのがよくない。

 世間の目に俺と凛がどう映っているのか、それを想像することは容易だろう。

 間違いなく好意的な目はない筈だ。


 俺は頬杖をつき、嘆息した。

 そんな俺の様子を見て凛は、箸を箸置きに丁寧に置く。

 そして、くるりとこちらを向くと綺麗な姿勢を保ちながら優しく笑った。



「ですが翔和くん。私は気にしませんよ」



 相変わらず澄んだ声。

 その声には言い淀みも、迷いも、全く感じられない。


『本気でそう思ってる』

 それがわかるには十分な声だった。



「以前にもお伝えした通り、自分で決めています。周りから何か言われようとも、自分の意思を曲げるつもりはありません」


「言ってたな……そういえば……」


「勿論、翔和くんが『そういうのは困る。やめてくれ』ってことでしたら、考える余地はありますが…………。どうですか?」


「特にないな、それは。感謝しかないし……」


「ふふっ。そう言っていただけると嬉しいです」



 そう言うと凛が満足そうな表情で俺をじっと見つめ、差し出すように頭を傾ける。


 まるで『撫でてください』と言いたげな様子だ。

 正直……可愛い。


 だが、俺はそんな凛の可愛らしい仕草に耐え切れず、水を口に含みわざと咽せた。


 苦しそうにゴホゴホと咳き込む俺を凛はジト目で見ている。

 流石に演技くさかったか……。



「な、なぁ凛……。旅行に行くとリサさんって、いつもこんな感じなの?」



 なんとも言えない空気に耐え切れず、俺は話題を変える。

 凛はため息をつくと「そうですね。大体こんな感じです」と少しむくれたように言った。



「え、えっーとさ。置いて行かれて寂しいとかはないのか?」


「ないですね。私のお母さんを見ていただいたので、なんとなくわかるかもしれませんが……。その、大変マイペースで自由奔放でして……」


「あー、たしかに。っことは、常習化してるのね……」


「普段はついて行くことが多いのですよ? ただ、仲が良さそうにしている2人を見ているとこちらまで幸せな気分になるので……。今回は、この機会に羽を伸ばして来ていただこうかと……」


「なるほどなぁ。両親からしたら出来た子だよね、凛は」


「恐縮です……」



 自由奔放な親。

 そんな親だからこそ、凛がしっかりとした人間になったのかもしれない。

 元々の性格という可能性もあるが……、ま、育った環境というのが大きな要因だろう。


 こんな人間に俺はなれないなぁ。



「でもその分、翔和くんにはご迷惑をおかけしてますので……。その、ごめんなさい……」


「別に気にしなくていいよ。困ったときはお互い様だし。それに、親の都合に巻き込まれるのは子供の宿命だから仕方ないさ」


「ですが、いつまでもこの生活というは……。その、ずっと入り浸っていますし……迷惑ですよね?」


「いや、全然」



 3食ご飯付き、住み込み家庭教師、家事全般から何でもこなせる万能っぷり。

 普通に雇っていたら、我が家は破産するレベル。

 これを迷惑と言ったら罰当たりだろう。



「凛の気が済むまで居ればいいよ。気にせず飽きるまでいればいいし」



 俺の言葉に反応した凛は大きな瞳を丸くし、その目はキラキラと輝いているように見えた。



「いいのですか……? そんなこと言われたら、お言葉に甘えちゃいますよ?」


「あー、まぁ……。けど、さすがに限度はあるからな?」



 凛は『うーん』と眉間にしわを寄せ悩む素振りをみせる。



「では“夏休み中”というのは駄目ですか?」


「そうだなぁ……。ま、それくらいなら好きにしてくれ」


「ありがとうございますっ!」



 子供のように無邪気に喜ぶ凛を見ると、心臓を鷲掴みされたような気がして息がつまる。


 ——自分で期限を決めれないのはただの甘え。


 けど、この方が楽なんだよ。

 判断を相手に委ねる方が……気持ち的にも楽なんだ。

 そう、その方が後腐れない。



「これで翔和くんの介——いえ、お世話がし易くなりますね」


「おい、ちょっと待て。今、聞き捨てならない言葉を言いかけなかったか?」


「気のせいではないでしょうか?」



 凛は、あたかも『私は何も言っていません』と言っているような澄まし顔をする。


 これがポーカーフェイス……。

 そんな凛を見て、俺は思わず苦笑した。

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